バイロン文界之大魔王(傍点なし) 木村鷹太郎著 ------------------------------------------------------- 【テキスト中に現れる記号について】 《》:ルビ (例)|Byron《バイロン》 |:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号 (例)|Byron《バイロン》 [#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定    (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数) (例)[#ここから2字下げ] /\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号) (例)なみ/\と *濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」 ------------------------------------------------------- [#ここから2字下げ] 序 [#ここで字下げ終わり] バイロンの偉大なる天才に對して無限の敬意を表し、其詩の美と力と大とを愛し、其社會より受けたる迫害に同情の涙を濺ぎ、其イタリアに於ける義侠の精神に感じ、劍を拔きてグレシアの獨立戰爭を援け、光榮ある死を遂げたる其英風を叙し、茲に此小冊子を著はす。 [#ここから2字下げ] 明治丗五年七月 [#ここで字下げ終わり] [#地から4字上げ]東京芝浦の寓居に於て [#地から2字上げ]木村鷹太郎識 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 凡例 [#ここで字下げ終わり] ○本書傳記に關する部分は、専らムーアの『バイロン卿の傳及び書翰』なる書物(本文中に此書のことあり)に據り、其他の數多の書物、雜誌等、余の現在の位置にて得能ふ所のものを參考にして書きたり。 ○本書第二編たる思想、文學、哲理の部は、全く余自らバイロンの詩集及び書翰を播讀して、組織したるものにて、實に余の本書を著はしたる精神の中心たるなり。 ○引用せる詩は之を散文に飜譯せり。余の不文、詩人中の大詩人たるバイロンの詩を譯して、其用字の當を得、其音調の美を傳へ、其詩の姿を寫すなどは、到底望むべからざるのことなり。若し幸にして原詩の意味精神の万一たりとも之を寫すことを得ば、余は之に滿足するものなり。されども本書に於ける如き飜譯すら、決して容易の業に非ず、余は非常なる苦心を以て爲したることは、本書を讀む者の推察せんことを希ふなり。たゞ不親切に或人等の爲すが如く、原文其儘に引用挿入せざりしを勞とし見らるれば足れり。 ○余は本書に於てバイロンに關する事を細大漏さず記さんとせざりしなり。之を以てバイロンのバイロンたるを表はすに必要ならざることは、余は之を省略せり。 ○第二編中に『バイロンの男性』及び『バイロンの女性』の二章を設くべきなりと雖、余不幸にして此論を草するの時を有せざりしを以て、今回の刊行には之を入るゝことを得ざりしを悲しむ。他日機あらば之を草し、版を重ぬるの時或は補入することあるべしと信ず。 ○余の此にバイロンを叙するや、文學者の見地よりせしものに非ずして、主としてバイロンの人物思想の點よりせしものなり。其詩を謂ふや、其調とか、其姿とか、其用語等詩の「形」に屬することは寧ろ余の領分内に置かざりし所、専ら其詩の精神と意義とを重んじたり。 ○引用せる詩は、一々出所を記入し置きたれば一層精密に研究せんとするものは、幸に原書と對照して直接に原書に依りてバイロンに接せよ。 [#地から2字上げ]著者 [#改ページ] バイロン文界之大魔王目次 [#ここから2字下げ] 第一編 英國に於ける詩人バイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第一章 バイロンの遺傳及び其幼時 [#ここで字下げ終わり] バイロンは苦痛のジニアス○苦戰奮鬪の歴史○バイロンの祖先○大伯父の殺人○バイロンの祖父○バイロンの父の不品行○母の狂性○善血統と惡血統○小學校のバイロン○義侠の萠芽○自尊○バイロン八歳の戀○十二歳にして詩を作り始む○チョウヲース孃のいたましき戀愛○ゲーテのウエルテルの如し [#ここから4字下げ] 第二章 ケンブリッヂに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] バイロン十五歳前に讀みし書物目録○大學生活の不規律○放蕩飮酒○大酒○『閑散詩』と云へる詩集の出版○批評宜しからず○バイロン怒り『英國詩人及びスコットランドの批評家』を著はす○一切の文學者を罵倒す○ポープの詩を好む○舊約書を好む○貴族たるを誇る○耶蘇教徒を罵る○活發なる運動家なり○水泳、乘馬、ピストル、決鬪を能くす○髑髏の酒盃及其詩 [#ここから4字下げ] 第三章 『チャイルド、ハロルド』の旅行 [#ここで字下げ終わり] 旅行奨勵○『チャイルド、ハロルド』の旅行○トルコに於けるバイロン○ダルダネル海峽を泳ぎ渡る○『チャイルド、ハロルド』一、二齣の出版○一時に名聲を博す○最も有名なる人物となる○『チャイルド、ハロルド』○月桂冠詩人評○パイ及びサウゼー等の月桂冠詩人を罵る○政治上には成功せず○スコットと交る○バイロンとスコット○スコット、バイロンとの初會見の感を言ふ○やさしきバイロン○『アビドスの新婦』○『海賊』出づ○『ラゝ』 [#ここから4字下げ] 第四章 結婚─離婚─婦人の關係─英國訣別 [#ここで字下げ終わり] バイロン敵を八方に作る○自ら海賊と稱されしを喜ぶ○結婚は不幸の本○バイロン一世の美男子○女子に對する大魔力○バイロンの著書は女子の腦中に感情の暴風を起こす○カロライン夫人事件○ミルバンク孃と婚す○家政日に惡し○極度の貧困○債權者數度の強制執行○女オゝガスタ、アダ生る○貧困の最中の著書たる『コリンス攻城』及び艶なる『パリシナ』○『コリンス攻城』○『パリシナ』○原稿料は書肆の手より取らず○離婚○理由不明○種々の臆説○バイロン迫害を被り始む○天才及び大人物と迫害○忘恩の社會○バイロンの英國怨慕○英國追放○バイロンと姉○バイロンの胸中 [#ここから2字下げ] 第二編 外國に於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第五章 スウィッツル及びヴェネチアに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] 迫害と貧乏○一層の大怛○バイロンの一生は試練なり○バイロンは荊棘の上に胸を横ふる的の人○『今に見よ』の氣象○豪奢の旅行○莊大なる乘車○其費用の出所○ゼネバ○ドスタエル夫人○クレアモント孃と私通し、女アレグラを生む○當時バイロン心中の憂鬱○『シロンの囚人』○『チャイルド、ハロルド』第三、第四成る○ミラノ及びヴェロナ○トールワルドセン、バイロンを惡魔的容貌と云ふ○『マンフレッド』○マンフレッドの苦悶○愛女アスターテの幽靈○マンフレッドの意志の強固○『マンフレッド』とゲーテの『ファウスト』○テインの評○ヴェネチアに滯在す○此地は男女の愛自由なり○美人マリアンナ、セガチ○夫怒る○有夫婦人にして情郎なきは耻○『ドン、ファン』初め五齣○シエレーのバイロン評○私生兒アレグラの教育○トーマス、ムーア、ヴェネチアに來り遊ぶ○バイロンの自叙傳及び書翰○舟遊を好む○難船○バイロンの度胸○ギッチョリ伯夫人に逢ふ○戀愛相思○アルブルッチ夫人のバイロン評○バイロン、ギッチョリ夫人に由つて眞正の愛を知る○バイロン、ギッチョリ夫人の情郎○ギッチョリ夫人とバイロンとの關係○ラヴェンナに至る [#ここから4字下げ] 第六章 ラヴェンナに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] 『ダンテの預言』○伊太利の獨立運動○ギッチョリ夫人との交情益々密○ギッチョリ伯今や忍び能はず○離婚を訴へて敗訴す○『サルダナパルス』○グリルパルツエルの『サッポ』を評す○バイロン當時の日記○バイロン身躰強壯○ダルダネルを泳ぎ渡る○バイロンの健康も道徳も大に進めり○シエレー此時のバイロンを稱す○『カイン』の出版耶蘇教徒の反對○『天地』○『審判の幻像』○出版者罰金を科せらる [#ここから4字下げ] 第七章 ピサ及びゼノアに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] ギッチョリ夫人ピサに行く○バイロンも行く○ランフランシ殿の住居○幽靈屋敷○小艇を作る○シエパード氏の妻バイロンの道徳進歩を祈る○バイロンの女アダに就て○レゴールンに移る○私生兒アレグラ死す○バイロン慟哭す○姉レー夫人を懷ふ○シエレーの變死○バイロン社會を憤る○『ドン、ファン』○此詩の性質○ドンナ、フリアの艶書○『ドン、ファン』に對する八方よりの攻撃○スコットは之れを頌美す○ゲーテも稱美す○テインも稱美す○バイロン生活の一轉 [#ここから2字下げ] 第三編 バイロンの思想、文學、哲學 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第八章 天地觀及び自我論 [#ここで字下げ終わり] チャイルド、ハロルド○天地自然の愛○天地自然と言語を交ゆ○自然を情化す○自然は最も親しき友○夜は人間の容貌よりも親し○『夜の書』、『他界の書』○夜の美觀○寂たり莫たり宇宙の大調和○自然崇拜○安心立命○夜、暴風、暗黒○すごき夜○暴風の目的及意志○利劍鞘中の感○露けき朝○花の香氣馥郁たり○自然も彼を愛す○天地と合躰するに二樣あり○凡神論的に天地と合躰○死とは何ぞや○唯心論的に天地に全體す○『我』とは何ぞや○ヒュームの唯念論○觀念の來往○恍惚忘我○自然は我精神の一部○天地觀及び自我論の高莊なる大詩篇 [#ここから4字下げ] 第九章 不平及び厭世 [#ここで字下げ終わり] 自尊自重の人と厭世○チャイルド、ハロルドの自尊○暴風及び雷霆の胸中○社會の批評○社會は光明を嫌ふ○社會は忘恩者○社會は嫉妬、中傷を好む○社會は天才を迫害するもの○古來大人皆社會より苦しめらる○マリーノ、フアリエロの不平○耶蘇の心情○人性惡○マンフレッドの不平○人性に絶望す○屈原の不平○社會は甘言と凡人と侫人を喜ふ○人間は豺狼の本性を有す○テインの語○人間は食人動物○白く塗りたる墓○人生は錯誤的○運命の必然○偶然と云へる誤謬の神○運命神の惡戯○愚者より神托を出さしむ○惡人榮え善人苦しむ○社會は磽角不毛の地○人々の識見は狹隘、道理は微弱○此くの如き社會に於ける大人物の赴く所○厭世不平家○破壞黨○道義上の放蕩兒○義侠者 [#ここから4字下げ] 第十章 人道と耶蘇教との衝突 [#ここで字下げ終わり] 宗教と人情○『カイン』篇○アダムとエバとの家族○カイン神に祷らず○父の罪、子は關せず○父は我を生みて我を咀へり○人は死せんが爲めに生く○死とは如何なるものぞ○惡魔ルシファー死を語る○死せざる可からざる生命○『我子生れざりせば幸福なりしならん』○イスラエルの智者の言○子を生むは殺人罪なり○厭死の念○エバの罪○自由意志論○惡の起原○カイン神學者の惡の説明を批評す○ペルシア教の惡の起原論○耶蘇教徒の奴隸的讃美○神意なる故善○カイン、ルシファーと善惡を論ず○強力と善○エホバの殘忍○ノアの洪水○『天地』篇○ヤペテの義侠○ノア族の不人情○耶蘇教の不人情 [#ここから4字下げ] 第十一章 快樂主義 [#ここで字下げ終わり] ○サルダナパルス大主○セミラミス大女王とサルダナパルス○神酒バツクス○サルダナパルス政治に怠る人民怨む○『飮み、食ひ、且つ愛せよ』○戰爭榮譽主義を攻撃す○人民を幸福にせんのみ○サルダナパルスの黄金時代○戰爭歴史を變じて快樂歴史となさんとす○人生の目的は快樂のあり○大人聖王の盡力は皆人民の幸福の爲めなり○長生に非ず、快樂なり○愛の一生○苦痛の千年は快樂の一瞬に苦かず○楊朱の快樂主義○反亂人あるもサルダナパルス酒宴を止めず○『枯れ凋む薔薇よりも摘まれて碎くる花』○可憐なる女子ハイデーの死○生命短きも幸福のみ○一瞬と永久○サルダナパルスとストア學派の人○海賊コンラッド○エピクーロスの死論○サルダナパルス死を畏れず○出陣に鏡○愛妾ミラ、サルダナパルスの愛を名譽とす○彼れの軟弱なる胸中には尚ほ腐敗せざる勇氣存す○農夫に生れしならば王國に達せん○帝王に生れしならんには名を殘すの外一物も遺さゞるべし○酒の讃美 [#ここから4字下げ] 第十二章 女性及び愛戀觀 [#ここで字下げ終わり] 天使なるか惡魔なるか○菩薩なるか夜叉なるか○女子は人事界の大勢力○大魔力○バイロン女子の性情に明通す○婦人の天職○戀愛○生殖○色情は人生の活動力○失戀と厭世○愛は天上よりの光明○『ジアオア』の失戀○女子の性○愛一心○愛は女子の生命○美は人生終局の目的○女子の顏は見る爲めに作らる○女子は生殖機なり○貞操の本性なし○女子の浮氣○愛情海の航海○愛情の海圖○女子は感情によりて思考す○女子の紅涙は至強の武器○クレオパトラの眼の力○愛と盲目○戀は大人をも滑稽にす○愛情の生滅は自然なり○『海賊』篇中の美人グルナーレの言○戀の發生○『壇浦兜軍記』○目の言葉○愛の動搖○女子の初戀と後の戀○相惚れ夫婦の不結果○道徳と幸福との衝突○不貞姦通○ドン、ファンの姦通○プラトーン的愛○男女の情交○肉躰情と交情の親密○盜視の秋波○姦通、夫の死を思ふ○離婚法○女子の性貞操を守ること難し○『七人子は生すとも』○男子の貞操海賊コンラッド○妻の貞操○『ジアオア』の貞操○理想の賢夫人ミラ○バイロン事實を記せるのみ [#ここから4字下げ] 第十三章 道徳觀 [#ここで字下げ終わり] 世間判斷の誤謬○習慣及び憶説の万能○惡魔と眞理○バイロン惡魔を自任す○ルシファーの知、○ドン、ファンの行爲○バイロン各國を漫遊せり○人性の眞相を明にす○各地の風俗、習慣、道徳の異るを觀たり○道徳は各地一ならず○獨斷より懷疑來る○虚禮僞善より公惡來る○英國の僞善と虚禮○バイロン之れに反動す○海賊コンラッドの言○英國の不徳とせる所、イタリアには然らず○マーレーに與ふる書状○イタリアの細君は必ず別に情夫を有す○之れを名譽とす○イタリアは暖氣の國○風物美なり○花は紅白咲き亂る○男女は愛を以て胸を充たせり○美は美ならざる能はず○植物は土地に由つて異れり○道徳も然り○人生は嚴肅まじめのものに非ず○『ドン、ファン』篇中のドンナ、フリア女の姦通○人性は弱し○情欲と健康○酒、鷄卵、及び蠣○姦淫と氣候○南方道徳と北方道徳○道徳と幸福は必しも一致せず○不道徳の幸福○不貞の哲理○耶蘇の姦淫説○不貞とは美の知覺にして吾人官能の一種の擴大○道徳とは社會の一箇人に對する強壓なり○生きて死すこれ人生○人生の輕視 [#ここから4字下げ] 第十四章 海賊及びサタン主義 [#ここで字下げ終わり] 權力と自由○權力と絶對的權利○惡神アリマネスの讃美○エホバの暴戻○暴君○強者の權利○ミルトンのサタン○平將門の權利哲學○バイロンの自由の精神○義侠の神プロメテオス○陸上の反逆人海上の海賊○大望の男子と女子○硬頸と紅唇○ナポレオン○秀吉○優勝劣敗○知者は愚者を制す○一將功成つて万骨枯る○海賊コンラッド○『我船我劍』○海賊の歌○窈窕たる美人我れ劍を以て之れを獲ん○海賊と自由○スカンヂナビヤの海賊○バイロンの祖先○倭寇○大海軍と大海賊○『ドン、ファン』中のハイデーの父なる海賊○自意遂行○善惡は權力に由つて定まる○快樂と道徳との衝突○社會の強壓○プロタゴラスの善惡の哲理○善とは多數の意志○バイロンの惡魔主義○サタン○ルシファーの不屈○強弱と善惡○強者は善敗者は惡○權力なき權利は空想○大洋の權利哲學○大洋の歌 [#ここから2字下げ] 第四編 英雄バイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第十五章 イタリアの秘密政黨及びグレシアの獨立戰爭 [#ここで字下げ終わり] 火山的暴風的詩○壓迫すべからざる意志○イタリアの自由運動○バイロンの盡力○イタリア人を奮起せしむ○文學は慰樂のみ○グレシアの獨立運動○バイロン、グレシアを愛す○グレシアを詠ず○グレシア人を激勵す『活けるグレシアは今は亡し』○『あゝグレシアの諸島』○ロンドン、グレシア義會バイロンに委託す○バイロン、グレシア人を悲觀す○情婦テレサ從軍の意あり○ブレツシントン夫人に訣別す○ゼノア解纜○ゲーテ、バイロンの從軍を送る○バイロンの犧牲的精神○ギッチョリ夫人に送りし書状○バイロン、グレシア政府に民心統一を勸告す○マウロコルダート公に忠告書を送る○バイロンの言は神托の如し○人々バイロンの到着を待つ○バイロン大に尊敬せらる○バイロンの慈惠○辛じてバイロンの船敵艦の捕獲を免る○ミソロンギに着す○救世主の天降りの如し○大歡迎○人々の大依頼○バイロン上陸してグレシア軍の饑難に驚く○バイロン精神のみならず、又た金錢を以てグレシアを助く○バイロン私費を以てグレシア政府の諸拂を爲す○バイロンの此際の詩○『兵士の墓』○大佐スタンホープの報告バイロンを稱揚す○バイロン、トルコ(敵國)の將軍に書を與へて捕虜待遇の寛和を勸む○バイロン總督となる○レパント攻撃の計畫○スリオート傭兵の不穩○バイロン病み始む○書肆マーレーに與へたる書○可憐なる記事○スリオート兵の亂暴○レパント攻撃計畫の中止○バイロン健康の回復と天候の定まるを待つ○バイロン、大政治家、大軍人、大義侠○バイロン、グレシア諸將の不和を憂ふ○トルコ軍外より襲ひ來り、スリオート兵内に擾げり○バイロン確乎たり○神經衰弱す○アメリカを愛す○バイロン米人に『スケツチ、ブツク』絶望篇を讀ましめて、涙を流す [#ここから4字下げ] 第十六章 バイロンの死 [#ここで字下げ終わり] 外債募集の進行は聊かバイロンを慰む○愛する姉より書状到着して大に喜ふ○バイロンの發熱○大苦痛○日々發熱○事務を執る○トルコ軍より書状を得○ガンバ伯バイロンの病を見舞いてバイロンのやさしき親切に泣く○バイロン死の近きを自覺す○病床訪問者皆な暗涙にむせぶ○バイロンうは言を爲す○レパント攻撃の夢○バイロン看護人の疲勞をいたはる○死愈々近づけり○遺言を問ふ○『我姉、我女』○尚ほグレシアを思ふ○バイロン眠る─死す○優さしき『女子』の傍に在つて『看護』するもなし○死の床の周圍○マウルコルダート公の悼惜○バイロン吊悼の布令○三十七の發砲○諸官衞の罷休○興業音樂の禁遇○國民喪二十一日○グレシア人の哀悼○スタンホープの悼惜○人々の言ふ所は『バイロン死せり』の語なるのみ○トレローネーの哀悼○世界は最大の人物を失へり○十僕バイロンの死は父を失ふが如く感ぜり○スリオート傭兵亦棺前に來りて啼泣す○義勇兵及び外債募集に於けるバイロンの名望○人々グレシアに盡くさんとするに非ず、バイロンに盡くすなり○バイロン死して義勇兵も去る○遺體は英國に送る○英國はバイロンをウエストミンスター寺院に葬ることを許さず○ハツクノルの歴代の墓所に葬る○パウルス氏の訣辭 [#ここから2字下げ] 餘論 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第十七章 バイロンの人物及び文學概評 [#ここで字下げ終わり] 變化多きバイロンの生活○『我は反對なり』の主義○詩の主人公は苦悶と奮鬪の人○之れバイロンの反映○日本の文學者等の『泣病』と『涙垂れ』疫○日本の文學者に強意の人なし○バイロンの奮鬪的人物を見よ○激烈強意の男子と天使の如き美しき女子○美しき景色○バイロン種々の境遇の實地を知る○軍陣、難船○狙撃○極端○ゲーテの言を極めてバイロンを稱揚す○ゲーテ一獨逸人をして、バイロンを讀まんが爲めに英語を學ばしむ○『バイロンは空前絶後の人物』○『バイロンは常に新鮮なり』○『レバノンの松柏を灰燼にするの火箒』○『バイロンの剛膽雄大なるは人を教化して高尚にす』○バイロンとゲーテと○バイロンとバーンス○バイロン高卑の性質の兩端○英國四大詩人の一○バイロンは顯微鏡的の妙に非ず○大作と土方○婦女子及び俗人の讀みものを作らず○自己の感情精神を發表す○バイロンの思想は火焔[#「火+稲のつくり」、第4水準2-79-87、㷔]の如し○一語一句は盡く呼吸す○バイロンの『人物』は永久不死○全歐洲に讀まるゝ詩人はバイロンとスコット○詩界のナポレオン○バイロンは讀者に必ず一種の印象を與ふ○バイロンは外國人に非常の感化を與ふ○ゲーテ○ショペンハワー○カステラー○マツチニ○バイロンの種々の異名○バイロン如何ばかり不道徳○女子を愛し女子に愛せらる 何かあらん○バイロン正義を誤りしことなし○世間の評の誤り○バイロンは男子しき男子○故に美人に愛せら○バイロン所謂文士と多く交際せず○朋友と師傳とは一生不和せしてことなし○愛したる女子はバイロンを神の如く敬し愛す○吾人の敬意○廉耻を重んず○バイロンを日本に輸入せよ○腰拔け、骨無文士の多き日本腐敗せる社會の日本にはバイロンの如きを要す○バイロン文士保護を云はず○俗人婦女子に阿らず○戰爭精靈の化身○挑戰の喇叭○進軍の吶喊○これこそは男子なり』 [#ここから2字下げ] バイロン年譜 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ] byron_maou01.jpg バイロンの肖像 BY KAY.--1796 BY SAUNDERS.--1807 BY WESTALL.--1814 BY PHILLIPS.--1814 BY HAROLOWE.--1817 BY THORWALDSEN.--1819 byron_maou02.jpg byron_maou03.jpg バイロンのニューステッドの住邸(月夜の景) byron_maou04.jpg バイロンの女アダ byron_maou05.jpg ギッチョリ伯爵夫人 byron_maou06.jpg バイロン家の墓地 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 第一編 英國に於ける詩人バイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第一章 バイロンの遺傳及び其幼時 [#ここで字下げ終わり] 詩人ゲーテ、バイロンを謂ふて曰く『バイロンは苦痛のジニアスに由つて鼓吹されたるものなり』と。實にバイロンの一生は苦痛なり。彼の歴史的及び周圍の事情は、彼をして苦痛ならしめ、其の内部に有せる所の大天才と大勇氣とは、又た彼をして自ら好みて之に面せんが爲めに、苦痛を作らしむることを爲せり。 [#ここから2字下げ] 憂きことの尚ほこの上に積れかし [#ここで字下げ終わり] [#ここから7字下げ] 限りある身の力ためさん [#ここで字下げ終わり] とは、バイロン一生の心事に適用すべき語たるなり。バイロンの傳記は其遺傳を初めとして、小學校の生徒として、大學の學生として、詩人として、社會の人として、美人の情夫として、イタリヤ及びグレシアの獨立戰爭の政治家として、又た英雄として、徹頭徹尾苦痛と勇氣と奮鬪との歴史に非ざるはなし。 而して彼れの幼少時よりの性質は、初めより、彼れの將來、思想に言行に、其必ず向ふべき方角を前定せるものたりしなり。 實に彼の性質は、著しく遺傳及び境遇等に由て形成せられたるものなるを示めし、彼れの父母祖父及び大伯父等の性質は、皆な此詩人の性質を成すの傾向を有したるものなるを表はせるなり。 バイロンの祖先は、元とスカンヂナビアの海賊にして Burun(バールン)族と稱す。後ノルマンヂーに定住したりしが、ウイリアム、ゼ、コンカラー(勝利者)と共に英國に攻め入りたり。後ヘンリー二世(一一五五年より一一八九年に至る)の時、ロバード、デ、バイロンの代に至り、初めて |Byron《バイロン》 の綴字を用ふ。貴族なり。 詩人バイロンの大伯父ロード、バイロン、已に詩人バイロンの性質を發表せり。一日知人と宴會す、時に親族たるチヨウヲース氏亦此席に在り。酒漸く酣なりし頃遊戯上の事よりして兩人間に爭論を生じ、遂に腕力に訴ふるに至り、兩人席を立て他室に入て鬪ひたり。バイロン劍を拔てチヨウヲースを殺害し、起立して呼で曰く『嗚呼我れ英國中最も勇壯なるものなり』と。殺人罪に問はれて獄に投ぜらる。されども償金を以て漸く免さるゝを得て自家に幽居す、人稱して猛惡なるバイロン卿と云ふ。以て詩人バイロンの性質に惡遺傳あるを知るべし。 されどもバイロンの祖父ジヨン、バイロンに至ては、全く此かる不徳の所行無く、高尚なる志氣を有し、其祖先の海王たりし事を追懷し、奮て海軍の將官となり、遠洋に航してマゲラン海峽に難船す、然りと雖、辛うじて其生命を全くするを得たり。其性剛怛にして水夫等稱して "Foul-Weathered-Jack" と云ふ、惡天氣の水夫と謂ふの意味なり。 其第一子をジヨン、バイロンと云ふ、これ詩人バイロンの父なり。性放恣にして規律無く、ホルダーネス伯の女にしてカーマーセン侯の妻たるコンヤー伯爵夫人たるアメリア、ダーシーに通し、事發覺して夫人離縁せられ、バイロン彼女と結婚す。ダーシー二女を産みて卒す。一は其幼時に死し他はオゝガスタ(レー夫人)と云ふ、これ詩人バイロンの異母姉にして、詩人の常に心に念じ、口に唱へ、又た詩文に書き、唯一の頼りとせし所のオーガスタなり。 ダーシーの死後一年にして父バイロン、ガイトのカセライン、ゴルドン孃に戀着す。孃はアベルヂーンに大なる邸宅を有し、且つスチューアート王家のゼームス第一世の後裔なり。一千七百八十八年一月二十二日バイロン夫人ロンドン、ホルレス町の家に一子を生む、これヂオルジ、ノエル、ゴルドン、バイロンにして、第六代の|貴族《ロード》なり。婚姻後一年にして、「キヤプテン」、バイロン既に其妻の持參金及びガイトの邸宅を賣り拂ひたる金を蕩費し、且借財を逃れて佛國に行き、一千七百九十一年八月其の處に卒す。母は其子を|懷《いだ》きてアバーヂーンなる故郷に歸り、バイロンの十歳に至るまで其處の小き家に住居せり。 バイロンの母の性質たるや、又た極めて放恣にして甚だ父に似たるものあり。其激怒せし時には、或は衣服を裂き、或は帽子を破りなどなせり。其夫の死したる時の如きは聲を揚げて泣き叫び、哭聲街上遠くまでも聞えたりと云ふ。其機嫌一時として定まること無く、其子を愛するや愛に溺れ、怒るや宛も獸類の怒りの如し。 或時の如きは母子の爭ひ甚しく、互に私かに藥店に至り、母は子が、子は母が毒藥を買はざりしやを探りし如きことありしなり。そのバイロンを産する時、産兒の足を捻曲し、一生彼をして跛ならしめ、此の美麗なる大詩人をして、後來非常の苦痛を感ぜしむるに至れり。時にはバイロンを罵りて『びつこ|奴《め》』と呼べり。自ら『びつこ』に産みて、而して之を『びつこ』と罵る、何ぞ其酷なるの甚しきや。或時バイロンの校友バイロンに云ふて曰く『汝の母は愚人なり』と、バイロン答て曰く『我之を知れり』と。子として此答を爲ず豈悲しからずや。古來の大詩人にして、此くまで惡血統と惡遺傳とを有して生れたるもの、果して他に之れあるや否や。 バイロン、ダルウイッチ及びハーロー小學に在る事二年未滿、此の間ケンブリッヂ大學に入るの準備を爲せり。その此等の小學に在るの日は、學術上の事は最も劣等にして且つ甚だ不熱心なりき。只だ彼の好みたる所は歴史及び小説にして、殊に『アラビヤ夜話』を好み、又た東洋に關する書を愛讀せり。習字は甚だ粗畧にして拙く、數學は其最も嫌ふ所なりき。性急激にして冐嶮的なり。受動的に非ずして能動的なり。之を以て人に打たるゝよりも、寧ろ能く人を打てり。然りと雖又た非常に親切なる所ありて、朋友と交はるに感情的たりしなり。 バイロンとピールとの共にハーロー小學校に在りし時のことなり、一日上級生ピールを困しめ、其手掌を鞭打せんとす。バイロン年少にして力足らず、未だ上級生と鬪ふ事能はず、走り行て涙を流して、其鞭打幾何を加へんとするやを問ふ。上級生曰く『汝の關する所に非ず』と。バイロン曰く『否な、願くば余は彼の爲めに其苦痛の半を別たんが爲めなり』と。バイロンの性として、若し他人の苦痛不幸を見る時は必ず之を助けざるを得ざりしなり。此内已に義侠の性質の萠芽を含めり。 バイロンの十一歳の時、チヨウヲース氏を殺害したる大伯父卒す。詩人バイロン貴族の爵を繼ぐ。此時に至るまではバイロン其母と共にアバーヂーンの一小屋に貧しく生活し居たりしが、此に於て貴族の爵を繼ぎ、ニューステッドの壯大なる邸宅を得て此に移轉す。此の時母子の歡喜名状すべからざりしなり。元來バイロン家は英國貴族中舊家の一なり。バイロン貴族の品威を有して傲慢なる所あり。ハーロー小學にありし時、生徒中に爭ひありて黨を作って二分せり、其一方のもの、バイロンを自黨中に入れんと欲す。一生徒ありて曰く『バイロンは人後に立つを好まざるを以て、恐くは我等の黨には加はらざるべし』と、此に於て、バイロンをして其黨の命令者たらしめんとの約束を以て、初めて彼等の黨に加はらしめたり。彼れの不覊獨立の精神は、常に教師の命令を輕蔑し、壓制及び法則に反對し、決して自己の人格を破る事なく、人に降伏せんよりも寧ろ万人を敵として倒れん、毫毛なりとも弱きを人に示さんよりは、如何なる苦痛をも之を忍び、如何なる困難をも必ず之に抵抗せんとの氣象あり。彼れ機械を以て足を治療するの時、人之を見て痛む無きやと問ふ。バイロン曰く『君、憂ふること勿れ。君は我容貌に於て些少なりとも苦痛の徴を見ざるべし』と、これ小兒の時なり、此の情態を以て彼れ大人と成長す。 天才は早熟多し、バイロン八歳の時、メリー、ダッフと云へる少女を慕ふ。宛もイタリアの大詩人ダーンテが、八歳已にベアトリチェを戀慕したるが如し。十二歳の時又た從妹、マーガレット、パーカーに戀着し、爲めに食せず眠らず、念々忘るゝ事能はず、精神休む時あらざりしなり。 此時よりバイロン詩を作り初めたり。其詩はパーカー孃を稱美せしものなり。パーカー孃に對する戀は、バイロンをして詩人たらしむる階段を爲せしものと云ふべし。十六歳の時美麗なるチヨウヲース孃を戀慕す。孃はバイロンの大伯父に殺されし所のチヨウヲース氏の孫女なり。バイロン、孃と結婚せんと欲す、孃時に年十八、バイロンに長ずる事二歳。既に他に婚を約せり。孃の婚したる時、バイロンの母彼れを膝下に呼びて告て曰く『汝に聞かすべき事あり、汝の「ハンカチーフ」を用意せよ』と。バイロン曰く『何の用かあらん』。母曰く『ハンカチーフを用意せよ』と。バイロン其如くなせり。母曰く『チョウヲース孃は結婚せり』と。バイロン直ちにハンカチーフを衣嚢に押し入れ何事もなき淡冷なる如き容貌を以て云ふて曰く『たゞそれのみの事なるか』と。母曰く『汝必ず非常の歎きに沈むべしと思ひたり』と。バイロン答へずして他を言ふ。然りと雖心中の失望と落膽とは實に非常にして。神氣爲めに沈鬱すること之を久うす。後チョウヲースの分娩せし時、バイロン招かれて、行て之を祝す。後再び招かれて行くべきの機有りしと雖、其姉レー夫人止めて曰く『行くこと勿れ。若し行かば汝再び戀愛の情を起し、遂に事あるに至らん』と。遂に行く事を思ひ止まりたり。宛もこれゲーテのウェルテルの苦悶の如きなり。チョウヲースとの關係に就ては、バイロン『夢』の篇中、いと悲しく詠み出し、人をして涙の中に悲哀を語り聞かさるゝが如きの感あらしむ。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第二章 ケンブリッヂに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] 一千八百〇五年、バイロン十七歳にしてケンブリッヂのトリニチー大學に入り、殆ど三年間此處に止まりたり。 天才は早熟多し。バイロン尚ほ少年の時早く已に非常の讀書力を有し、廣く各方面 の書を讀めるを見る。大學に入りし其年より備忘録を記し始む。其内從來讀みたる 所の書籍を列擧して曰く(十五歳前に讀みしもの) [#ここから2字下げ] 歴史類 [#ここで字下げ終わり] ○英國史は─Hume, Rapin, Henry, Smollet, Tindal, Belsham, Bisset, Adolphus, Holinshed, Froissart's Chronicles (belonging properly to France) ○スコトランド史は─Buchanan, Hector Boethius, 兩書共にラチン語なり ○アイルランド史は─Gordon. ○ローマ史は─Hooke, Decline and Fall by Gibbon, Ancient[#「Ancient」は底本では「Antient」] History by Rollin (including an account of the Carthaginians,[#「Carthaginians,」は底本では「Carhaginian's」] &c.) Livy, Tacitus, Eutropius, Cornelius Nepos, Julius Caesar, Arrian. Sallust. ○グレシア史は─Mitford's Greece, Leland's Phillip, Plutarch, Potter's Antiquities, Xenophon, Thucydides[#「Thucydides」は底本では「Thucidides」], Herodotus. ○フランス史は─Mezeray, Voltaire. ○スペイン史は─余は古代スペイン史の知識は専ら Atlas と云へるより得たり。此書今は行はれず。「アルベロニの陰謀」より「平和の君」に至るまでの近世史は歐洲政治との關係より學びたり。 ○ポルトガル史は─Vertot の歴史及びロースの包圍のはなしより學びたり。 ○トルコ史は─余は Knolles, Sir Paul Rycaut[#「Rycaut」は底本では「Rycant」] 及び Prince Cantemir 等を讀めり、此他今少しく近世のものも讀めり。オットマン歴史は、余は Tangralopi[#「Tangralopi」は底本では「Tangrapoli」] 及び其後オットマン一世より一千七百十八年 Passarowitz の平和條約に至るまでの凡ての事變。─一千七百三十九年 Cutzka の戰爭及び一千七百九十年トルコとロシアとの條約等を知れり。 ○スエーデン史は─Voltaire's[#「Voltaire's」は底本では「Voltair's」] Charles XII, Norberg's Charles XII, (後者の方善しと思ふ)三十年戰爭のシルレルの譯、此書はガスタパス、アドルファスの功業を記せるものなり。Harte's Life of Gustavus Adolphus[#「Harte's Life of Gustavus Adolphus」は底本では「Hart's Lif of Guslavus Adolphus」], 余は又た Gustavus Vasa なるスエーデンの經濟者の傳を讀みたれども著者の名を記憶せず。 ○プロイセン史は─少なくともフリードリヒ二世に關する傳記の二十種は之を見たり。プロイセン歴史に於て記すべきはたゞ此王あるのみ。 ○ダンマルク史は─余は多く知らず、ノルエーの書は博物學を知れりと雖、歴史は知らざるなり。 ○ドイツ史は─Histories of the House of Suabia, Wenceslaus, and,[#「and,」は底本では「and」] at length, Rodolph of Hapsburgh[#「Hapsburgh」は底本では「Hapsburg,」] and his thick lipped Austrian descendants. ○スウィッツルランド史は─嗚呼 William Tell, 及び The battle of Morgarten[#「Morgarten」は底本では「Margarten」], where Burgundy was slain. ○イタリア史は─Davila, Guicciardini, the Guelphs and Ghibellines, the battle of Pavia, Massaniello[#「Massaniello」は底本では「Massanielio」], the revolutions[#「revolutions」は底本では「revolution」] of Naples, &c. &c. ○ヒンドスタン史は─Orme and Cambridge. ○アメリカ史は─Robertson, Andrews' American War. ○アフリカは─Mungo Park, Bruce等の旅行記 [#ここから2字下げ] 傳記類 [#ここで字下げ終わり] Robertson's Charles V.─Caesar, Sallust (Catiline and Jugurtha[#「Jugurtha」は底本では「Jugurta」]), Lives of Marlborough[#「Marlborough」は底本では「Marborough」] and Eugene, Tekeli, Bonnard, Buonaparte, all the British Poets, both by Johnson and Anderson, Rousseau's Confessions[#「Rousseau's Confessions」は底本では「Roussean's Conffessions」], Life of Cromwell, British Plutarch, British Nepos, Campbell's[#「Campbell's」は底本では「Compbell's」] Lives of the Admirals, Charles XII., Czar Peter, Catherine II., Henry Lord Kaimes, Marmontel, Teignmouth's[#「Teignmouth's」は底本では「Teigumonth's」] Sir William Jones, Life of Newton, Belisaire, 其他無數 [#ここから2字下げ] 法律書類 [#ここで字下げ終わり] Blackstone, Montesquieu. [#ここから2字下げ] 哲學書類 [#ここで字下げ終わり] Paley, Locke, Bacon, Hume, Berkeley, Drummond, Beattie[#「Beattie」は底本では「Beatie」], Bolingbroke, Hobbes[#「Hobbes」は底本では「Hobbs」] [#ここから2字下げ] 地理書類 [#ここで字下げ終わり] Strabo, Cellarius, Adams, Pinkerton[#「Pinkerton」は底本では「Pmkerton」], Guthrie. [#ここから2字下げ] 詩類 [#ここで字下げ終わり] 英國著名の詩人は、スコット及びサウゼーに至るまで盡く讀みたり。佛國の詩の或者は原書にて讀む、其内 Oid[#「Oid」は底本では「Cid」] は余の好む所、イタリア、グレシア、ローマの詩は多く讀めり、余は是等の國語の詩文は多く譯したり。 [#ここから2字下げ] 演舌書類 [#ここで字下げ終わり] Demosthenes, Cicero, Quintilian, Sheridan, Austin's Chironomia, 革命より一千七百四十二年に至る國會議院の討論筆記 [#ここから2字下げ] 神學 [#ここで字下げ終わり] Blair, Porteus, Tillotson, Hooker(皆な冗長なり)余は宗教の書を好まず然れども神は愛せざるに非ず、 [#ここから2字下げ] 雜書 [#ここで字下げ終わり] Spectator, Rambler, World, &c. &c. 小説數十、 之れ皆バイロン十五歳に至るまでに讀みしものなりと云ふ。然りと雖果してバイロン盡く之を讀み終りしか多少疑なきに非ざるなり。兎にも角にもバイロンの早熟にして他人の爲さゞりし事も早く之を成せしことは否む可からざるなり。バイロン其備忘録に記して曰く、『是等は十五歳までに讀みしものなりと雖、余はハーローを去りて後は甚だ怠惰となり、詩を作り、女を愛することを専らとするに至れり』(一千八百〇七年十一月三十日)と。 バイロンの大學に在るや不規律放縱の生活を爲し、數學及びラチン語等の如きは、其最も嫌ふ所たりしなり。凡て天才の人を見るに多くは數學を好まざるが如し。バイロン啻に學科に怠惰なるのみに非ずして、夜を以て晝となして、其身を放蕩し飮酒にのみ耽り居たり。されども彼れ一箇の伊達者なるを以て、身躰の肥滿せん事を恐れ、食量を減じて饑を感ずるまでに至れり。或時の如きは二日間僅々少量の「ビスキット」及び嚼乳香を食するの外、他に一物だに食すること無く、間斷無く種々の酒を暴飮せり。或時は夕六時より飮み始め、中夜に至るまでに「シヤンパン」一壜「クラレット」六壜を盡くして而も醉ふ事あらざりしなり。然りと雖、此かる不節生は遂に身躰の健康を害するに至れり。之を以て、彼れ時々節生する事ありと雖、其短時間の節生は以て不節生より來りし害を補全するに足らず。胃も今や消化に堪えず、精神亦調和を失し、身躰は精神を害し、精神は又た反射して身躰を害せり。或時は「ヒポコンドリー」を起こして渇を感ずること甚だしく、寢に就くの前「ソーダ」水の三十壜を飮むも、渇尚ほ止まず、怒て壜頭を打破りし事もありたり。 バイロンと共に在りし者の言に曰く『彼れ數日の間殆ど狂せるが如しと雖、一日美麗なるものを見るに當てや、其本心は忽ち覺醒して高尚の人となる』と。バイロン性質傲慢なりと雖、音樂を聞く時は常に涙を流したり。 バイロンのケンブリッヂに在るの日は眞に怠惰にして其『閑散時』と云へる短篇の詩集を出版したるは此時なり。『エヂンバラ評論』の、此の書に下したる批評は最も過酷なるものにして、其詩の包含せる思想は神人共に許さゞる所なりと云ひ、其詩は眞の詩に非ずと批評せり。バイロン大に怒て復讎を企て忽ち『英國詩人及びスコットランドの批評家』と題せる嘲罵の詩を作り、英國文學界の全人物を攻撃し、其敵のみに非ずして、自己に關係無き者、及び後來親く交はりし所のスコット及びムーア等をも攻撃し、八方に敵を作れり。殊に烈く攻撃したるは湖畔詩人にして、コレリッヂ、ヲーヅヲース及びサウゼー等なり。サウゼーを謂ふては『歌曲商人』となし、ヲーヅヲースを謂ふては『其學派の愚鈍なる弟子』『愚朴のヲーヅヲース』『月夜を晝と誤る所の白痴は其詩人の如し』となし、コレリッヂを以て『曖昧』なりとせり。バイロンが湖畔詩人を攻撃するは素より種々の理由あるべしと雖、彼等の宗教家的にして曖昧神秘の言語を並列し、空想なる形而上學に其神魂を奪はれ、古風なる信仰に依頼し、舊法儀式これ守り、毫も眞率なる所なく。外觀悟れる如くにして、内寛俗臭紛々たる僞善者なるに由りしならん。バイロン憚ることなく彼等を攻撃し、思ふ所、感ずる所、盡く之を吐露して殘すことなし。其感情の激烈なる、自らヴェスピウス及びヘクラの噴火山に比較せり。 バイロンの愛讀したる書物はポープにして、之に由て専ら諷刺を學びたり。人或はポープを排撃すと雖、バイロンはポープの詩こそは眞に道理ある詩なりとなして曰く『ポープは至大なる詩人にして其他は野蠻人たるのみ。彼れを建築に比較すれば、一方にはグレシア風の神殿あり、一方には「ゴチック」風の伽藍あり、又た一方にはトルコ風の堂宇あり、又た一方には想像的の壯麗なる塔あるが如きに似たり。人はシェクスピーア及びミルトンを稱して「ピラミッド」なりと云ふと雖、余は夫の瓦石の山よりも、寧ろテシウスの神殿或はヴェヌスの神殿等の美あるを好む』と。吾人往々此感無きに非ず。彼れ又た「バイブル」を讀み、八歳に至るまでに既に數回之を反覆したりと云ふ。されども新約書の神秘曖昧にして、且つ人爲的なるを好まず、舊約書の嚴肅にして且つ音節的のものなるを喜びたり。 バイロンは貴族なり。他の文學者と比較せらるゝを好まず、自ら謂へらく、我は詩人中の貴族なり、又た貴族中の詩人なりと。人若し彼れをボルテールに比するあらんには、バイロン忽ち曰く『彼は記憶惡しと雖我は善良なる記憶を有す、彼は平民なりと雖我は貴族なり』と。されども彼れ人に對して高慢なるに非ず、常に平等の交際を爲し、言行亦丁寧なり。 當時の親友にフランシス、ホヂソンと謂へるクリスト教の牧師あり、公平の見識を有し、度量亦た廣大なる人なり。互に相稱揚し、相補助して進歩せり。バイロン書を與へて曰く『汝の不死説は余の關せざる所、吾人々生の現世の不幸なるより希望を來世に置くに至るは無理ならざる所なり。耶蘇は人を救はんとして此世に來れり、されども善良なる異教人は天國に行き、ナザレ人なりとも惡しきものは地獄に行かん。我れプラトーン派に非ず、又た何派にも屬せず、然りと雖、神を愛せんとして七十二派に分裂する所の耶蘇教徒たらんよりも、やがてパウリシアン教、マニ教、スピノザ學派、異教派、ピロー學派、或はゾロアストル教徒等となるべし。我れ十人のマホメット教徒の眞誠なる善意を以て、汝等耶蘇教徒の一切を恥かしめん』と。これ耶蘇教徒の僞善を罵詈せるものなり。然るにホヂソン敢て此語に怒らずして曰く『彼れ此く激語すと雖も心に怒れるに非ざるなり』と。 バイロン其足跛なりと雖、敢て活溌なる遊戯を爲すに不便を感ずる事無し。其好みたる所は、漕艇遊泳及び潜水等にして。其の潜水の巧みなる、ケンブリッヂの池底十四尺の深きより、能く鷄卵或は貨幣等を拾ひ上ぐるを得たり。又た「クリケット」を能くし。乘馬しては容易に種々の障礙物を超躍せり。決鬪は學理上不可なりと爲すと雖、若し申込を受くるに當ては敢て辭することなく、直に之に應じ、時には自ら申込みし事もありしと謂ふ。短銃の射撃は彼れの最も善くする所。又た屡[#「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢]々劍を揮ひて筋骨を強壯にせり。 バイロン甚だ偏奇の性あり、其ニューステッドに在るの時、髑髏の酒杯を作りて之を使用す。之に書するに詩を以てして曰く [#ここから2字下げ] 『驚く勿れ。又た余は精神の脱したるものとなすこと勿れ。人皆余を視て單に髑髏となすと雖、此髑髏より流出する所のものは、生者の髑髏より流出するものと異るなり。 余も此の如く生活し、戀愛し又た飮みたり。今は死せし我骨は、之を土地に棄て去れよ。我髑髏になみ/\と酒を盛るべし。汝決して余を害せず。地中の虫類或は蛇等の腹を肥やさんより、輝やく酒を盛らるゝは、却て余の喜ぶ所なり。 一度我髑髏中には、智慧は光放を輝ちたり、然りと雖、嗚呼今や腦髓[#にくづきの髓]は去れり。而して之れに代るものは酒を措きて他に如何なる高尚なるものかある』。 [#ここで字下げ終わり] ******* 又た時には、僧衣を着せし事あるが如きは、實に滑稽の所爲と謂ふべし。バイロンの好みたる動物中に熊あり、注意して之を愛育し、來客ある時は常に友人なりとして之を紹介す。此後熊死して犬を飼へり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第三章 『チャイルド、ハロルド』の旅行 [#ここで字下げ終わり] ウィルヘルム、マイステルの主義としたる所に曰く、『地球の廣く作られたるは、吾人の遍歴せんが爲めの空間なり』と。バイロン此主義を以て一千八百九年より一千八百十一年に至るの二年間イスパニア、アルバニア、グレシア、トルコ及び小亞細亞等を旅行し、種々の景色を眺望し、諸處の傳説珍話を以て其頭腦に充たしたり。彼れアテーナイにあるの時、書を母に送て曰く『書物に由て學問し。狹隘なる一島中に在て人民の偏見を苦に病まんより、寧ろ世界に踏み出でゝ、實地に人間を見る事は、却て大なる利益なりと信ず。兒の希望に堪へざる所のものは、一國には年限を定めて青年を外國に送るの法律あらん事これなり』と。始めバイロン高利の大金を借り、ペルシヤ及び印度に關係ある圖書を閲讀調査し、其の知識を得たる後、此等の國に旅行して、歸り來らば政治家たらんとの意志ありしなり。然るに此の企圖は之れを果すこと能はずして、漸く『チャイルド、ハロルド』の旅行をなすことを得たりしなり。 其旅行たるやポルトガルより始めて東はグレシア、トルコ小亞細亞に至るものにして、到る所の天地山川の美を眺め、風俗人情を察し、珍談奇聞に耳を傾け、身は又た種々の生活を爲し來れり。時に或は花の影に宿りては、かりの契を結ひたることもあり、或は路傍のさゝやかなる花にも、思の露を殘せしこともあり。コンスタンチノープルより其母に宛てたる書状中に云へるあり曰く『兒は旅行中高貴なるもの及び下賤なるものと興に住したり。兒は數日間パシャ(副王)の美麗なる宮殿に住したることあり、又た數夜は牛小屋に寢ねたることもあり』と。然りバイロン此旅行に於て、大將、水師提督、王公、パシャ、知事及び種々の人物に接したり。或は軍艦に乘じ、或は陣營を見舞ひたり。其トルコに到りてアリ、パシャに歡待されしは最もバイロンの喜びし所なり。又たアリ、パシャの乘船に由つて諸所を案内され、其ダルダネルに到りし時、其幅一マイル餘の海峽(潮流強き)をセストスよりアビドスに泳ぎ渡りしが如きは、バイロンの永く誇りとせる所なり。此海峽を泳ぎ渡りしは昔しレアンデルなるもの、對岸に住せる愛女ヘラに逢はんが爲め、常に此海峽を泳ぎて往返したりしの故事あるなり。バイロン此事を回想して自己の遊泳力を誇りとなす。意ふにバイロンの此旅行はトルコ、グレシア、小亞細亞等に於て、最も愉快を感じたるものゝ如し。而して種々の變化多き景色に接し、日々異樣の人種、風俗を見、見るもの聞くもの日々新ならざるなく、感覺爲めに新鮮なる活力を得、詩情は勿論一切彼れの生活の態度は非常に活溌となれり。而して其旅行の結果として現出したるは『チャイルド、ハロルド』の第一齣及び第二齣なりとす、(第三第四は此後に出版せり)。これバイロンの二十四歳の時にして一千八百十二年二月二十九日なり。 『チャイルド、ハロルド』は、バイロンの名聲を一時に高からしめたる詩篇にして、二十四歳の青年文學者をして、早く既にスコット、ヲーヅヲース、コレリッヂ及びサウゼー等當時の諸大家を凌駕せしめたり。 バイロン自己すら其名聲を一時に博ふしたるに驚き、當時言へることあり、曰く『一朝我れ、覺む、而て我名の赫々たるを見る』と。此詩出版後四週間にして七版す。購讀者の多き、之に比すべきものは、漸くバーンス及びスコットの或る書あるのみ。此くて讀詩界の耳目は一時にバイロンに集まれり。而してバイロンを訪問するものは、詩人等は云ふを要せず、政治家あり、哲學者あり、戯作者あり、朝より夕に至るまで引きも切らず群集し來れり。又は交際社會に名聲ある貴婦人等より招待さるゝこともありたり。バイロンに向ては、數週前までは倫敦は甚だ興味なき所なりしが、今や高貴の生活の華美なる裡面はバイロンに向て開かれて彼を歡迎し、其有名なる諸賓客中に於ても、バイロンは最も有名なる人物となれり。 『チャイルド、ハロルド』の第一齣は、ポルトガル及びイスパニア等を記るし、第二齣はグレシア、アルバニア及びアイガイオン多島海等を記し、第三齣は其最も高尚なる部分にして、スウィッツル、ベルジウム、ライン等を記し、自然の美及び其高尚、森嚴なる所に合躰して、忘我恍惚の境に遊び、或はナポレオン、ボルテール、ルーソー及び其他此美景に美と大と、歴史的光彩とを加へたる所の人物を詠じ。第四齣はイタリアの最も美麗なる部分たるヴェネチア、フェラ、フロレンス、ローマ及びラヴェンナ等を記し、彫刻美術の不死の死(ラオコーン)及び其他の名作を詠ぜり。其一言其一句盡く視覺及び心情の感動を發表せざることなし。彼の眼の觸れたる所、無情の万物も盡く生氣を得て脈搏す。其の詩、美なるあり、高尚なるあり、爽快なるあり、欝幽なるあり。言語亦た勢力を有し、尋常普通の日記紀行の比に非ず、實に詩の秀麗なるものと謂ふ可し。(日本に於ては紀の貫之を推して紀行の上乘のものとなすと雖も、『チャイルド、ハロルド』の雄大秀麗なるに至ては貫之等の夢にだに及ばざる所なり。國學者等が『土佐日記』等を以て國文の金科玉條とせるが如きは、實に我國の文學の爲めに悲しむべく又た恥づべきの至りとなす)、スコット及びヲーヅヲースの如きも彼の側に在ては單調平凡たらんのみ。イスパニア古代の全盛の追懷、地中海の風景、スウィッツル高尚なる山色、或は天躰星宿の森嚴なる夜の感、或は爽快新鮮なる朝に置ける花の露、或は美術の眞相の哲理、或は大洋の讃美の如き。其精神や高尚なり、其感情や美麗なり。『チャイルド、ハロルド』は英國文學中、實に獨歩のものと謂はざる可からざるなり。 初めバイロンの旅行より歸るや、『ホレース』の詩の注釋を出版せんとし、又た旅行記(チャイルド、ハロルド)の事を友人ダラスに語る。ダラス、『チヤイルド、ハロルド』を見て大に其美を感じ、『ホレース』よりも先づ『チャイルド、ハロルド』を出版せんことを勸む。バイロン世評を恐れて容易に決せず。ダラス、言を極めて其美を稱し、其成功を保證す。バイロン遂に意を決して出版することゝなせり。書肆マーレーとの交りは此時に初まれるものにして、これよりマーレーはバイロン一生の親友となれり。而してダラスの鑑識に違はずして『チャイルド、ハロルド』は大なる成功をなせり。バイロン、ダラスを恩とし、此詩の版權料六百磅を盡くダラスに與へたり。 此時バイロンの母死す。バイロン悲歎して曰く、『まことにグレーの言へる如く、吾等はたゞ一人の母を持つを得るなり、而して今や亡し』と。『チャイルド、ハロルド』(一卷二卷)の出版後即ち一千八百十二年六月バイロン、時の攝政に面會す。彼れ大に『チャイルド、ハロルド』及びスコットの詩を稱賛す。又たトーマス、ムーアも兩人を推して以て當時の最大詩人となし『名譽は兩人よりも王に歸せん』と云へり。これムーアがバイロン或はスコットの何れかを以て|月桂冠詩人《ポエット、ローリエート》と爲さんとするの本意たりしなり。然るにバイロンに於ては全く之と異る精神を以て、書をロード、ホルランドに送て曰く『パイ氏(前の月桂冠詩人)死して我れ朝廷に在て眞理を囀るの大希望無きに非ず。されども思へ、一年一百「マーク」の年金を得、酒を飮ませられ、又た此上に不興を戴かざる可からざることを』と。此後、『審判の幻像』を書きし所のバイロンが、如何でか思はぬ人を詩に譽め立て、以て榮官を求むる事を爲さんや。吾人之を想像だになす事を得ざるなり。彼れは當時の第一流と稱せらるゝ所の紳士と謂ふものを好まざりしなり。第一流の紳士とは、巧言令色氣を降し、言語を修飾し、虚儀虚禮を事とするの人にして。此くの如き人はバイロンの容赦なく攻撃する所のものたりしなり。若し、それバイロンにして少しく王家に媚ぶる所あらしめば、月桂冠詩人の稱號は容易に之を得らるべかりしなり。盖し月桂冠詩人とは詩人名譽の稱號なり。されど必しも第一流の詩人なることは意味せざるなり。今ま月桂冠詩人を表とせば左の如し。 [#ここから2字下げ] エドマンド、スペンサー     自一五九一年至一五九九年 サムエル、ダニエル        一五九九──一六一九 ベン、ジヨンソン         一六一九──一六三七 [#ここで字下げ終わり] 此間少く間斷あり [#ここから2字下げ] ウイリアム、タベナント、ナイト  一六六〇──一六六八[#1660年は1637年の誤り、間斷は1668-1670年] ジヨン、ドライデン        一六七〇──一六八九 トーマス、シヤードウエル     一六八九──一六九二 ナフム、テート          一六九二──一七一五 ニコラス、ロー          一七一五──一七一八 ローレンス、ユースデン      一七一八──一七三〇 コレー、ジッバー         一七三〇──一七五七 ウイリヤム、ホワイトヘッド    一七五七──一七八五 トーマス、ワルトン        一七八五──一七九〇 ヘンリー、ジエームス、パイ    一七九〇──一八一三 ロバート、サウゼー        一八一三──一八四三 (之れバイロンの當時) ウイリアム、ヲーヅヲース     一八四三──一八五〇[#「一八五〇」は底本では「一〇八五」] [#ここで字下げ終わり] 此内スペンサー、ジヨンソン、ドライデン等の名を除くときは、他皆な斗※[#「竹かんむり/悄のつくり」、第3水準1-89-66]の輩にしてその名をだにも知られざるものなり。テニソンは詩人として近世に大なるものなり月桂冠詩人なりと雖、ブラウニング必しもテニソンの下に在らざるべし。シェクスピーア、ミルトン、ポープ、バーンス、バイロン、スコット及びシエレー等は月桂冠詩人に非ざりき。而して第一流の位置を占む。余は此等の詩人が月桂冠詩人中に有らざりしことを喜ぶ。若し彼等にして月桂冠詩人の名稱を得たりしならんには、彼等は決して彼等たる事能はざりしなるべし。否な彼等の彼等たる以上は、決して月桂冠詩人たる事能はざるべし。 バイロン當時の月桂冠詩人パイを謂て曰く『パイとなりて輝かんより、寧ろポープとなりて失敗するの勝れるに若かず』と。サウゼーが月桂冠詩人となるや、バイロン其著『審判の幻像』中、ジヨオジ王の幽靈が、サウゼーが其著の『幻像』を誦するを聞きて言ふ所あるの偶言を以て、ジオジ王の幽靈をして云はしめて曰く、『何ぞや何ぞや、パイ再び來るか、止めよ止めよ』と。これパイは以前既に諂諛したるに、今又たサウゼー再び諂諛せりとの偶言には非るか。又たサウゼーが權謀を以て月桂冠詩人となりし事を言へり。此くてバイロンに向ては月桂冠詩人の榮號は、汚物蔽履の如くにして、彼れ棄てゝ之れを顧みず、以て精神の自由を保てり。此勢を以て一時彼れ文壇の獅王となり、衆人の神となり、何れの社會にも愛寵歡待せられたり。彼れが貴族院議院に入りしは此時にして、三度演説したる事あり。常に平民的の精神を以てクリスト教國なる英國は、異教國なるトルコ等よりも醜態なりと云ひ、貧民等の壓制せらるゝを慨嘆せり。されどもバイロンは政治上の演説には成功せざりしなり、之を以て、自ら此方面に斷念せり。殊に『チャイルド、ハロルド』の成功以來、益々政治問題に縁薄くなれり。此後其日記に政治上の意見を書きて曰く『人皆議院政治を謂ふ。余は何も野心あるに非ず、カイザルに非ざれば凡人たらん。共和政治に非ずんば専制政治なり。中間のものは余は好まず』と。バイロンとスコツトとの交情親密となりしも亦此時にして、これより此兩詩人は互に文壇上に相頡頏[#「頏」は底本では「頑」]し、相提携し、相稱揚せり。 スコットの詩の材料は専ら之を封建の時代物に取りしと雖、バイロンは一新機軸を出して東洋或は希臘等の風俗、習慣、景色及び|修飾《かざり》なき感情に取りたり。而して讀者は其新奇なる趣を迎歡せり。 一千八百十三年四月バイロン『ワルツ』を出版し、同年五月『不信者』を出版す。不信者(マホメット教に對して)ハッサンの妻を盜みたり、ハッサン之に復讎して其妻を水に投ず。不信者一旦逃れたりと雖、再び歸てハッサンを殺し、寺院に行て其身上を語り、絶望的悲哀を述ぶることを詠ず。之と同時にスコツトの『ロケビー』出づ。兩書共にオックスフオード[#「オックスフオード」は底本では「オツクスッオード」]及びケンブリッヂ大學最高級の競技懸賞品となれり。 後一千八百四十年より一千八百六十年に至るの間、非バイロン熱の盛なりし頃は、兩人は義侠病者として代表せられ、後代の「センチメンタリスト」(感情派)は兩人の書を排撃す。其排撃の甚しきは却て兩人の著の初めより勢力ありしことを示すものなり。スコットはバイロンに書して『「不信者」は吾等の山間地方に大に愛讀せらる』と云ひ、バイロンは又た『「ウエーバレー」は我讀みたる小説中の最上なるものなり』と譽む。 スコット バイロンを謂て曰く『我れ初めマーレーの紹介を以てバイロン卿に會ふ。豫想すらく、バイロンは如何に過激に又た如何に奇狂ならんと。然るに此想像は全く誤謬にして、余は失望せり。然り其失望や心善き失望なり。バイロンは親切丁寧の人なり。吾等日々マーレー氏の宅に會合し、一二時間の對話を爲せり。其宗教及び政治上の意見を除くの他は、持説殆ど相一致せり。吾等古代ホメーロスの英雄が爲したる如く、吾等互に物品を贈答し、余は贈るに黄金を以て美しく飾れる所の短劍を以てす。バイロンは世に送るに大なる銀製の葬壺中死人の骸骨を充せるものを以てせり。此骸骨はアテーナイの土壁中に發見せしものなりと云ふ。バイロンは時々大に沈欝することあり、談話中欝憂快爽の去來すること、宛も雲の去來して日光を開塞するが如し。バイロンは余及びムーアを愛す、これ我等が善良なる心情のものにして、高慢なる所無きを以てなり。バイロンは單に天才なるのみに非ずして、又た甚だ寛容なり。彼の書を著すや、自ら好んで之をなし、毫も強制せられて書くに非ず、バイロンとバーンスは實に天才なりと謂ふ可し』と。バイロンも亦スコットを稱して『當時第一流の詩人なり』と云へり。 一千八百十三年十二月『アビドスの新婦』出づ。ジアッアー其女ズレイカを以てカヲスマン、パシャに妻はさんと欲す、女、愛する所の從兄セリムと共に出奔す、兩人捕へられセリム鬪て死し女も亦續いて死する事を述べたるものなり。 一千八百十四年一月二日『海賊』出づ、これ友人トーマス、ムーアに呈せるものにして、バイロンの詩中、最も有名なるものなり。海賊コンラッド、劍と船とを以て血赤色の旗を飜へし、渺茫たる海洋に乘り出で、海を以て自己の版圖と爲し、其旗を以て君笏となし、出逢ふ所のものを盡く降伏せしめ、自由、權力、權利等の哲理を解釋するに劍力と實行とを以てす。家には美麗なる愛情深き妻メドラが窓に倚り海を眺め、以て夫を思ふあり。一日コンラッド。サイド、パシヤを襲撃し、敗れて虜となる、サイドの妾グルナーレ、其囚コンラッドの勇氣に戀着し、コンラッドを助け、囚獄中より脱せしめて共に奔てコンラッドの家に歸る。家には妻メドラ夫を案じ、其歸帆の遲きを待ちわび、遂に死せるを見る。記事高尚雄大にして愛情切實なり。 コンラッド、其爲す所は海賊なり、土地を荒らし、船を燒き、人血を流して悔ゆることなし。然りと雖、其妻を愛するの情は、推して之を女性一般に及ぼし、決して女性を害することなし。彼れは海賊なり、然りと雖、其内心の情や、極めて温和にして懷かしきものあるなり。實に海賊コンラッドはバイロンの理想とせる所にして、妻メドラは又た理想の婦人なり。此詩を讀みて誰か其雄大壯麗なるを感ぜざるものやある。其の反對黨の讒謗嫉妬の批評中に在ても、能く出版一日にして無慮二万三千部を發賣せりと云ふ、以て此詩の如何なる價値なるかを知るべきなり。 八月『ラゝ』出つ。『ラゝ』を讀みし人にして誰か彼の死状を忘るゝ事を得んや。其避く可からざる運命に抗抵して行爲したる人の終焉の悲しき画は、實にシエークスピアに於て之れを見るの外、他に決して見能はざるべし。彼れマクベス(シェークスピアの)の如く寛大なり、而て亦マクベスの如く殺人せり。彼れ肯んじて法度、良心、哀憐及び名譽の念に反對せり。以前に行ひたるの罪業は、又た他の罪行の誘因となり。彼の流せし血潮は彼をして血の池に滑り入らしむ。彼れ『海賊』の如く殺生せり、又た暗殺せり、以前爲したる殺人の幻影は、彼の夢を驅りて再び腦中に歸ること、宛も蝠蝙が其巣に歸るが如し。最後の日は來れり。ラゝ事を起こして敗れて負傷す。矢は飛び來りて彼の胸を射たるなり。創口は鮮血を吐き。生氣次第に退消し、傲慢自尊の精靈も、今や憐むべき土となりて殘れるを描く。 十二月『ヘブリユー國風』出づ、これ舊約書を歌ふものなり。 實にバイロンは言語の使用最も自由にして、音調甚だ心善く、韻あり、抑揚あり、又其力に富むこと、遙にムーア及びスコット等に勝れり。バイロン詩を作る事甚だ速く、自ら云ふ『ラゝ』は舞踏會より、歸りて衣服を脱ぐの間に書き、『アビドスの新婦』は四日間に書き、『海賊』は十日間に書くと。『ラゝ』は七百「ポンド」、『チャイルド、ハロルド』は六百「ポンド」、『海賊』は五百二十五「ポンド」の報酬を得たりと云ふ。(されども報酬は之を取るを潔とせず、依然出版者の手中に置けり。) [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第四章 結婚─離婚─婦人の關係─及び英國訣別 [#ここで字下げ終わり] 前章に記述したるが如く、バイロンのケンブリッヂにあるや、勗めて躰力を鍛錬し、活溌なる氣力を養成し、其後二年間はグレシア、トルコ及び小亞細亞等を漫遊して其風景を眺望し、諸方の風俗習慣を目撃し、東洋的の道徳及び其美を慕ひ、此間又たポープの諷刺を學び、以て自己の武器を鋭利にせり。此の如く武器兵糧は既に腦中に蓄積、準備せられたり。故に今や戰はざるべからず[#「べからず」は底本では「かべらず」]。戰はんと欲せば敵無かる可からず、茲に於てかバイロン自ら敵を作らんとして、社會の欠點を發見し、之を攻撃して開戰を挑みたり。 當時英國人民の思想には、舊習と教會とは神聖なるものにして、苟くも之に反したるものは、協會及び社會の大敵なり。然るに道徳家、政治家及び宗教家等の説く所は、一としてバイロン固有の性情を憤激せしめざるもの有らざりしなり。且つ此の瞬間に於てボルテール、ルーソー等を頌揚し、ナポレオンを崇拜し、英國の人民を以て僞善なり、腐敗なりとし、自ら懷疑家となつて嚴格主義と儀式主義とに反對し、又た文學者等をも攻撃して殘す所無く、敵を八方に控へて其間に屹立し、剩さへ彼等の僞善に反動して快樂放任の説を唱へ、自ら不善を實行し、以て之を誇るに至れり。彼れの漫遊してトルコに到りし時の如きは、手にトルコの劍を拔き、其刄を見つめつゝ、『一度は殺人者の感情を試み度し』とすら云へる事あり。 バイロンの日記に曰く『ホッブハウスは余に語るに余の海賊コンラッドの如きを以てせり』と。秘かにコンラッドに比せられたるを喜べるものゝ如し。而して此かる危險なる語は劍の如く彼に指し向けられたりと雖、彼れ性危險を好みたり。彼れ衆人の※[#「蚣のつくり/心」、第3水準1-84-41]怒が自己一身に集まれる時にのみ、始めて自己を安全なりと感じ、單身以つて、兵を手にせる全社會に對するとも自若として動かず。常人には明瞭にして疑ふべからずとせる所の見解も、彼に向ては毫も權威無く、良心たりとも能く彼に勝つ事能はず。此の危急激烈なるの時に際し、彼の神氣浩然として全心肅として茲に統一す。 然るに一撃バイロンに下るあり、彼の結婚に關する事之れなり。青年未婚者の定行なきは人之を許すと雖も、バイロンは結婚して益々不良の結果を生ぜり。盖しバイロンは一世の美男子なり。スコット彼を謂ふて曰く『我れ詩人に於て我が當時の最上の者を見たり。バーンスの眼晴假令光輝ありと雖、未だバイロンの容貌の如きものあるを見ず。實にバイロンの容貌は夢にも見つべきものなり』と。又たバイロンに熱中する女子等の語るを聞くに曰く『彼の白き容貌は實にこれ我不運なり』と、バイロンの女子に愛せられたる如何にぞや。可愛き「チャイルド、ハロルド」は多くの女子に圍繞せられ居たるなり。然るにバイロンは能く女子の性質を熟知し、其弱點を明言して憚らず。或は女子を以て成長したる小兒なりと云ひ、或は女子を敬するは勳爵士的野蠻時代の遺風なりと云ひ、或は女子には一面の鏡と數箇の果物とを與へ置けば滿足して喜悦せりと云へり。故に或は女子の憎惡を受くる事なきに非ずと雖、彼れの位階の高貴なると、彼れの名聲の赫々たると、彼れの詩章の光華なると、彼れの旅行の冐嶮なると、繪如たる幽欝、神秘なる愛情、及び彼の其席に列せる事とは、實に婦女子の精神を嬌惑するの魔力を有したりしなり。 女子がバイロンに對し、又た其書に對するの情状は、フランシス、アン、ケンブル女の日記に由て明に之を知るべし。其記する所に由れば、彼女は常にバイロンの書を手にして離す事なく、宛も『鋼鐵もて結べるが如く』、或は之を讀みて枕下に隱し置きし事あり。而て此書の彼女に感應したる事は『毒藥の如く』、感情の暴風を起して全身を覆へし、終には之に得堪えずして、『以後斷然此大著述(Great Work)を讀むまじと決心し、其有力なる大魔力を脱せんとせり』と。これバイロンの書の有する魔力にして、又たバイロン熱より非バイロン熱に移るの情状を示めせるものなり。 此時に當り婦人の事に就て、大にバイロンの一身に關係を有することは、カロライン夫人の事件なりとす。初め夫人九歳にしてバーンスの詩を讀み、十三歳にしてウイリアム、ラム(後メルボーン侯)を理想となし、十九歳にして侯と結婚し、無事に數年を經過せり。然るに夫人、ロージヤース(バイロンの友)の紹介を以て、一千八百十二年三月バイロンを見る。時に夫人バイロンに長ずる事三歳、而て夫人の雜記に記して曰く、『狂なり、惡なり、相見ることは危險なり』と。然るに此後バイロン、メルボーン侯の宅を訪問せし時、夫人カロライン大に喜び、之れより兩人の交際次第に親密を加へ、「コンラッド」たるバイロンは其勇壯なる談話を爲し、又た其辛苦を語りて彼女の心を樂しましめ、「メドラ」たるカロラインも亦、心中の秘密を隱す事なく、いと親しく交はりたり。然るにカロラインのバイロンを思ふ熱心の餘りに甚しかりしより、バイロンの、夫人に對する愛情は漸く冷却し、遂に夫人を見棄つるに至れり。此に於て夫人の心中熱して狂の如し。 此時バイロンの愛情はミルバンク孃(一人娘)に傾けられ、結婚を申込みたり。一度は丁寧に拒絶されしと雖、此後再び申込みて承諾を得、一千八百十五年一月二日に結婚す。(孃に結婚を申込みしは孃の十九歳の時にして、後二年間カロライン事件あり、其後に結婚せしなり)カロライン夫人はバイロンの己を見棄てたる事を憤り、其怨みを晴らさんと欲して、『グレナルボン』と云へる小説を著はし、バイロンを惡樣に言ひ做し、種々の捏造附會の事實を書き立てたり。 時にバイロン、スウィッツルに在り(これ英國を出立したる後のことにて、今ま此處にはカロライン夫人のことを主として書く)ド、スタエル夫人其書をバイロンに示して注意を促がせり。されどもバイロン見て心に介せず。然るにカロラインは狂氣の如く、バイロンの肖像及び※[#「髟/兵」、第3水準1-94-27、鬂]髮等に向て罵詈の言を發し、或は彼の書状を燒きなどせり。此かる情態なるを以て、夫人はメルボーン氏より離縁せられたり。されども再び調和して歸家することを得たり。 夫人のバイロンを罵詈するや此くの如く甚しと雖、尚ほ内心未練殘りて戀慕の情遣る方無く、寤寐轉々忘るる能はず、此情態を以て八年を經過せり。然るに一千八百二十四年七月十二日、馬車を驅つて外出を試みたるに、會々一列の葬儀に逢ふ。其バイロンの遺骸を墓に送るものなるを聞き、驚愕と悲哀とは一時に胸に迫り來りて、暫く其塲に悶絶せり。家に歸りてより次第に病を重くし、一千八百二十八年一月遂に死せり。死に當て穩和なる手書を夫に宛てゝ從來の行爲を詫び、バイロンの肖像は之を其友モーガン夫人に|遺物《カタミ》として與へたり。バイロンの女子に對して有する勢力、及び女子のバイロンに對するの情、大抵此くの如きなり。 バイロンミルバンク孃と結婚したる前後より、其家政は、日々困難に向ひつゝありしが、今や其生活の變化と、其れに要する入費とは、日に増加するのみに非ず、久しき以前より未拂になし有りしものは新なる負債と共に愈嵩み來り、バイロン極度の貧困に陷りて、又た如何ともすべからず、遂には所有せる書物等を賣り拂ひて一時を支へんとするまでに至れり。書肆マーレー此事を聞知し、直ちに一千五百磅をバイロンに與へ、二三週間の内には又た他の金額を用立てんことを約して其急を救はんとせり、されどもバイロン原稿料を受取るを潔しとせず、其厚意を謝して其送り來れる爲替券を返へせり。(十一月中旬のこと)バイロン夫妻の常に使用し居たる寢臺の如きも、實は此時已に債權者のものなりしと云ふ。 而してバイロンが昨年中に受けたる執行は、殆ど八九回よりも少なからざりき。女、オゝガスタ、アダの生れたるは此際(一千八百十五年十二月十日)なり。一千八百十六年一月『コリンス攻城』及び『パリシナ』出づ。之れバイロンが財政困難の最中に書きしものなり。 『コリンス攻城』はトルコ人がコリンス城を圍むの時、其軍の壯年の一士官アルプが、敵なるコリンス府知事の女の城中にあるものを愛し、之を助けんとしたるが其効空く、女既に死せりとの情を描けるものなり。殊に攻城の前夜コリンス城外にてのアルプの感慨を寫せるが如き眞に以て悲愴を極む。彼れ獨歩して|陣幕《テント》の外に逍遙す。仰げば磨き澄ましたる明月、岸邊を打つ波の音、疲勞して熟睡せる兵士の陣幕等、凡て皆凄寥寂寞、死の如し。然るに省みて之を自己の心痛に比する時は其心情の不安動搖如何にぞや。 [#ここから2字下げ] 此くばかり經がたく見ゆる世の中に羨やましくもすめる月影 [#ここで字下げ終わり] よし人間は一國に反くと雖、如何でか理想の美に劍尖を向くることを得んや。此に於て彼れ脱走兵となる。彼れ波打つ渚をたどり往くに朦朧として見ゆる所は痩然たる犬の戰死の屍躰を食ひ、頭蓋を噛み腦質を引き出して食ふなり。之れ實に人生の終焉にして生命の熱も、人間の忿怒も、動作も、不平も渇望も、皆な茲に終るなり。葬られたるものと葬られざるものと何の擇ぶ所ぞ。人世眞に慘憺たる悲劇なるかな。鳥獸、皆な人肉を得て腹を肥やして欣々たり。之れ世界生物界の眞相なり。バイロン此に人生觀を偶す。 『パリシナ』─は昔イタリアのフェララにてエステ侯なるものあり、其妻はパリシナと云へる美人なり。エステ侯に私生兒あり美にして勇あり、ヒューゴーと云ふ。パリシナ、(繼母)ヒューゴーと通じ、父たり、夫たるエステ侯探りて之を知り、自ら裁判長となりて兩人を死刑に處し、自ら其大耻辱を天下に發表して自己は生存せり。而して後妻を迎へて多くの兒を生めりと雖、其後は實にものさびしき年を送りたり。之れ此篇の大意なり。パリシナの美、ヒューゴーの剛膽、不義の快樂、纒綿たる其愛、父たり、夫たる人の忿怒と悲哀と耻辱との結合せるの情、寫して眞に迫れり。此詩の書き起こし、何ぞ美にして艶なるや。殊にヒューゴーが法廷に立ちて父に面して辯論せるが如き、其言悲壯、其關係や悲劇なり。 バイロンの財政は當時非常に困難なるは前に云へるが如し。然りと雖、其詩の原稿料は尚ほ之を取るを潔とせざるなり。『コリンス攻城』及び『パリシナ』等の原稿料も依然として出版書肆の手にあり。時にゴッドウィンなる政治學に關する有名なる著者の貧困に迫れるあり、ロージャース及びサー、ジェームス、マッキントシ等兩人、ゴッドウィンを救はんとして、バイロンの原稿料のそのまゝに爲しあるものを融通せんことを乞ふ。バイロン快諾しロージャースに答へて曰く『余は自己は原稿料に手を付くることを好まずと雖、足下の言へる如き有爲の人物を救ふが如き慈善的用途に向くるは余の喜ぶ所なり。余は未だゴッドウィン氏を十分に知らざるを以て、足下或はサー、ジェームス氏の内にて宜しく取計らはれんことを乞ふ。余は得べき金額千五百磅あり、其内ゴッドウィン氏の必要なる金額六百磅を引き去り殘餘は他の目的に使用さるべし。されどもゴッドウィン氏をして、余に對して或は恩とし、或は配慮することなからしむるやう取計らはんことを希望す』と。バイロンの此に「殘餘は他の目的に使用さるべし」と云へるは、當時同しく貧窮せるマツーリン及びコレリッヂ等、有名なる兩人に等分して、之を救はんとするにありて、バイロンは眞に誠意に出でしと雖、此事は其如く成らざりき。吾人は之に由りて、バイロンの親切にして義侠なるを知る。彼れ今や自己の家には數々債權の執行せらるる時なり、而して尚ほ此くの如し。何ぞ其寛大にして侠氣なるや。 時にバイロンの妻暫時父の家に歸る。その途中、夫バイロンに宛てたる書は他事なき戯を交へ甚だ無邪氣のものにして、夫を呼ぶに『愛する|鶩《アヒル》よ』と云ひ、『汝の愛する林檎より』との言語あり。然るに何ぞ圖からん、妻の父より來書ありて、彼女は再びバイロンに歸らざるべしと云ひ、後又た彼女より同樣の書状を得んとは。 此に於て吾人は其新婚者の離縁の理由を説明するに大に苦む者なり。而して其理由に就ては人々の風評一ならず。バイロン夫人の死するの前、口づからビーチヤー、ストーウ夫人に語り、後夫人其を記録せしものを公にしたるより、之に由て漸く其理由を推知する事を得たり。そはバイロン火器を好み、或時は婦人の室内にて發銃して夫人を驚かしめたる事あり、爲めに夫人は夫を以て發狂なりと信じて恐れを懷きたりと、これ離婚の第一理由なり。第二は夫人が財政上の困難なるを厭ひしに由ると云ふことなり。第三の理由は最も恐ろしき猜疑にして、バイロンと其異母姉レー夫人との交情に關する事なり。バイロンの姉を愛せるや甚だ深く、其交はりや純潔なり。然りと雖其文書受送の繁多なると、其兄弟間の相思の情の切なるものあるとにより、時に或は不倫の關係なきに非ずやとの疑念生ずるも亦一概に無理なりと云ふ可からず。然るに實はこれバイロンが厭惡せる所のクラーモント夫人が、バイロン夫人の友にして、彼を夫人に讒言し、夫人の疑心を起さしめたるに歸するものにして、會々レー夫人(姉)女を産むあり、かた/″\以てバイロン夫人の信を強め、之れを以てバイロンと其姉レー夫人との私通兒なり、天罰なりと妄信するに至りしより、遂に此破縁を生ぜしが如し。バイロン自己の言に由れば、一日天氣不良なる時、女優マーチン夫人演劇の事に關して相談の爲めにバイロンを訪ふ、バイロン天氣惡しきを以て彼女を宿す、之が爲めに妻は離縁を求めたりと。新聞紙等は種々不正確なるか、或は捏造憶測等の記事を載せて、バイロンを中傷せり。其眞因は何れなるにもせよ、夫婦間十分の和親無く、バイロンは夫人を愛する事深からざりしが如し。且バイロンの氣質は不覊自由なりと雖、夫人の性質は徳義方正にして、少しく愛嬌を缺きたるに非ざるやの感あり。されども兩人不和なりしには非ず、又たバイロン敢て夫人を嫌ひたるにも非るなり。故に彼れ毫も夫人の缺點あるを云はざるのみに非ず、夫人は性質善良にして忍耐の性に富み、最も尊敬すべき人なり。『忍耐力は世上一切の才知に勝れり』『我が有せざりし所の徳義は彼女之を有せり、我之を愛す』と云へり。 此離婚事件よりして、バイロン頓に名聲を損し、「サーダナパルス」「ニーロ」「チベリウス」或は「サタン」等の惡名を以て稱呼せられ、其善良なる側面は全く埋沒隱蔽せらるるに至れり。而してバイロンと交りたる女優マーチン夫人は、之が爲めに登塲する事を拒まれたり。バイロン亦社會の制裁に由て演劇に行く事を得ず。又た其議會に出づるに當てや、罵詈攻撃八方に起り、之れが爲めに議塲に出席する事も能はざるに至れり。マコーレー、ムーアの著はしたる『バイロン傳』を評して曰く『バイロンの世に出づるや宛も、其母が彼を遇したるが如く。忽ちに愛し忽ちに叱し、絶えて判斷あること無し』一時世人擧てバイロンを愛したり、然るに今や其反動として烈しく彼を嫌惡するに至れり。彼れ離婚するや、人『其理由を知ること無く、只だ何となく烈しく之を攻撃するのみ。其攻撃の方法たるや、先づ始めに其不徳を宣告し、次に事理を審問し、最終に之を告發するが如く。全く事物の順序を轉倒せり輿論は彼の離婚を聞くや忽に火の如くなつて之を攻撃し、而て後其攻撃したることを是認せんとして理由を搆造す。故に風説十、二十を以て數ふべく、皆な衝突して一致ある無し。斯る大陵辱に遭遇しては、精神確固たらん人と雖、尚ほ且つ忍び能はざるべし。然るにバイロン此内に立て能く之を堪受せり。新聞紙は惡言し、演劇塲は讒謗し、以前に彼を仰ぎたる社會も、今は彼を擯斥して興に齒せざるに至れり。嗚呼かの俗人輩の如きは、此高尚偉大なる『自然』の崩落を見て騒然として手を拍て歡笑す。實に彼等は彼等の分を完ふせり。斯る愚物等が此大精靈の苦痛を見て此を喜び、又た其偉名の零落をみることを樂むは、これ今日のみに非ずして古來皆な然らざるなし』と。 然り、大聖耶蘇も、其境遇を實驗せり、謂て曰く『噫、汝等禍なるかな、僞善なる學者とパリサイ人よ、汝等預言者の墓を建て、義人の碑を飾れり、又云ふ我等もし祖先の時にあらば預言者の血を流すことに興せざりしをと。然らば汝等預言者を殺しゝ者の裔なることを自ら證す。汝等祖先の量を充たせ。蛇蝮の類よ』と。社會は皆な云ふ、大人物出でよ、何故に天才出でざる、我等大人物を尊敬し、天才を歡迎せんと。言や甚だ高し、然りと雖、大人物出でゝ其心情を吐露するや、社會は忽ちに立ちて之に攻撃の鋒を向く。天才出でゝ其才を發揮せんとするや、社會は忽ち嫉妬の批評を雨降らして彼れをして餽餓に瀕せしむ。彼れは社會を愛して之れに利福を與へんとすと雖、社會は之を惡むなり。彼は社會を導かんとすと雖、社會は盲目の導者に導かるゝことを好めり。社會は死せる預言者の墓を建て、死せる義人の碑を飾ることを誇ると雖、生ける大人天才は之を苦るしめ、之を迫害す。噫、古往今來大人及び天才は社會より迫害せられざる可からざるか。 此の如く攻撃罵詈八方に起り、バイロン今は忍び得ず、英國に止る能はず、滿腔の不平を懷きて外國に出立せんと決心せり。後ち自ら謂て曰く『社會は何の理由有て余に對して一種の偏見を作れるや、余更に解せざるなり。我祖先はノルマンヂー侯ウイリアムを助けて共に英國に侵入し之を征伐せり、我家は有勳にして高貴なり。然るに今や我家名は涜されたり。もし世間の批評にして正しとせば、我れ英國に價なきものなり。もし其批評にして誤れりとせば、英國は我に向ては價なきものなり。我れ身を引けり、されとも十分ならず。我去て他國に行くと雖、彼等尚ほ我を追躡し、或はスウィッツルに、或はアルプスの麓に、或は碧たる湖水の側に余を追窮す。余は山を起へたりと雖其處にも尚ほ同じ、益々進みて漸く居をアドリアチックの海邊に定め、進退實に窮まりたるの状となれり』と。 此八方より攻撃の中に於て、漸く彼の心の頼みとする所は、姉アウガスタ(レー夫人)一人あるのみ。出立の前、姉バイロンを訪ふ、バイロン、ロージャース氏に宛てたる手書に曰く『我姉今我と共に在り。明朝此處を出立すべし。故に暫時は姉に逢ふこと難かるべし、(嗚呼これ永久の別離なりき)されば、姉と共に別を惜まんと欲す。今夜足下及びシェリダン君に面會すること能はざるなり。幸に諒せよ』と。一意姉を頼みとせるの情、實に可憐と謂ふべし、其姉を思ふや宛も沙漠の清泉の如く、荒野の一樹の如く、寂莫中に烏の來鳴くが如し。 バイロン此くて自國を獵り出され、再び英國の地を見る事無しと誓ひ、流れ、矢を射るローン河邊に、光り|長閑《ノドケケ》きイタリアの|空《ソラ》に、新鮮活溌なる|感動《インスピレーシヨン》を得んとして、一千八百十六年四月十六日英國を出立せり。其出發に際し、一婦人に與ふる書に曰く [#ここから2字下げ] 『余は行かん、而して何所に行くとも、余が爲めに泣きて呉るゝ人は一人もあらざるべし。極めて少しなりとも、親切になしくるゝとも宜き所にだに、毫も親切なる心情あるなし』(雜詠中) [#ここで字下げ終わり] と。彼れの心中思ひやるだに實に哀れなり、而て此後彼の國に於て其名聲益々高く、彼れの詩に詠む悲しき心情は、未だ彼を見ざる英國人に由て涙を以て讀まれたり。 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 第二編 外國に於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第五章 スウィッツル及びヴェネチアに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] バイロンの、英國の社會より被りたる迫害は實に甚し。彼れは此の一年の短時日間に家政上有らゆる不運を經來れり。其火爐の邊は八九回までも法律を以て汚され、たゞ貴族たる特權の保護に由りて、辛うじて獄に投ぜらるゝことを免れたり。バイロンの妻は愛情を彼れより取り去りて、彼を見棄てたり、而して世界は彼を有罪として社會より破門し、又た何事をも爲す可からざらしめたり。彼若し感覺痴鈍にして鐵面皮の人物ならんには、毫も社會の嘲罵の如きは之を感ずることなく、又た其激烈なる攻撃の矢も、其顏面より鈍りて墜つべしと雖、彼れは世間が賞讃したる所を鋭敏に感ずると等しく、又た其攻撃をも深く感じたり。 此く精神上、物質上、一切の困難苦痛に圍繞せれるゝに於ては、普通の、自慢自足に由りて漸く自ら慰むるの輩は、必ずや此に挫屈して起つこと能はざるべしと雖、彼れバイロンに在ては然らざるなり。彼れの心意には力ありて存す、外部苦痛の壓迫甚きに從て、内部よりの反動抵抗は又た大なるなり。 嘲笑罵詈の暴風雨は、彼の上に加へられたり。卑しむべき中傷※[#「飮のへん+纔のつくり」、饞]構は至る所、彼の名の上に積まれたり、而してバイロンをして、他に出づるの方法なく、たゞ彼れの自有せる所の勢力を以て、是等一切の困難に面し、少時に發したるよりも、尚ほ一層の大憺なる、且つ高尚なる勇氣を發せざるを得ざらしめたり。 ゲーテ、バイロンを謂ふて曰く、バイロンは『苦痛のジニアス(天才)に由つて吹皷せられたる者なり』と。然り彼れの一生は、始より終に至る迄苦悶の經過にして、而も其辛苦の内より新鮮なる元氣を再發し來るなり。實に彼れ不具に生れたり、少年時代の愛情は失望に終りたり、其始めて世間に出づるや朋友あるなく、文學上の初陣には容赦なく攻撃を受けたり、是等は一として試練に非ざるなく、苦痛に非ざるなし。而して是等に由りて彼れの偉大なる精神は引き出されたり。 此くて彼れの一生は種々の煩悶と、困難とを以て過ごされたり。若し四周の光景にして、餘りに單調平易なるに於ては、彼れの想像は彼を驅りて荊棘の上に其胸を横へしむるが如きの擧動に出でしむ。 是等種々の困難試練の内、其最も大なるは彼れの結婚と其結果となり。若し此困難苦痛なきに於ては、此大天才の全幅は、恐くは世界に知られずに殘りしならん。 彼れ家政の困難の切迫し來れる時に於ても、尚ほ平然として『コリンス城攻撃』及び『パリシナ』を著はせるが如き、實に其心力を示めすものなり。 彼れの氣力や艱難に逢ひて益々強く、其の意志や蟠根錯節に會ふて益々利堅なり。彼れ云ふて曰く『煩悶及び抗爭に面するに當てや、我が精神は愈々興起するなり』と彼の精神や決して壓伏すべからず。彼れ今や英國より追放の如き身の上となれりと雖、彼の心は却て興起して、凛然たる勇氣は其心中に謂へらく、今に見よ、必ず此かる不淨なる黒雲を照破して、彼に向けられたる懲戒は、以て變じて驚歎となし、彼を貶する輩をして、必ず稱讃の辭を發せざるを得ざらしめんと。 一千八百十六年四月二十五日、バイロン、英國を出發してオステンドに上陸し、非常に誇榮豪奢の旅行を企てたり。隨行するものは從僕、スウィッツル人ベルケル、フレッチャー、ラシュトン、醫師ポリドリ、其他用達及び扈從等にして、到らんとする所はスウィッツル、フランダース、イタリア、及びフランス等なり。 ブルッセルに至り、ナポレオンが乘用したる車に擬して寢室、書室、食堂及び婢僕室等を有する莊大なる馬車を作り、之に乘りて旅行せり。 其從行者の多數と云ひ、其馬車の美と云ひ、共に莫大の費用を要するものなるが、バイロンは、此大金は何れより得來りたるや、今に至るまでも知られざるなり。ニューステッドの彼れの邸宅の賣却は、此後二年なれば、是れよりも此大金は之れを得たるに非ざるなり。 バイロンの以前に旅行したる時は、専ら海に由り、イスパニアよりマルタ、ナポリ及びグレシア等なりしが、今回の漫遊はブルッセルより始めてワートルローに至り、此に彼の莊大なる乘車を廢して他の輕便なる車に代へ、それよりラインに出で、遂にゼネバに至れり。暫く此に滯在しド、スタエル夫人及びシェレーに逢ふ。バイロンのシェレーに會見したるは之を以て初めとなす。兩人常に船を湖水に浮べて遊び樂しむ。 バイロン、スウィッツルに來りて暫時にしてクレアモント孃に通じ、(一千八百十七年二月)私生兒アレグラを生む。クレアモント孃はシェレーの親縁のものにしてシェレーと同居せし婦人なり。 バイロン又た旅行を始む。彼れ當時種々の原因に由て身躰の和を失し、精神爲めに沈欝し高尚なるアルプス山を觀ると雖、彼の心は高尚を感ぜざるなり。自ら謂て曰く『我性自然を愛す、然りと雖憂欝の情去ること能はず、牧羊者の笛聲も、雪崩の墜落する|凄《すさま》しき響も、水流も氷河も、森林も雲漢も、一として瞬時たりとも我心情の重きを輕くすることを得ず。又た自ら天地の壯嚴なること、強勢なること、及び我が上下左右の光榮美觀に恍惚して自我を脱出忘却することも能はざるなり』と。彼の當時の不平幽欝想ふ可きなり。會々降雨して外出する事能はず、旅宿の閉居二日の間に『シロンの囚人』を書けり。 此編は兄弟間の愛情を寫せるものにして、温和悲痛眞に迫れり。兄弟三人─其父及び他の三人の兄弟は皆な既に或は戰死し、或は信仰の爲に焚殺せられ、殘るは今ま此の三人の兄弟のみ。暗黒にして、微かに日光さし入る獄中に投ぜられ、隔離せる柱に縛せらる。故に互に其死を見合ふのみにして又た如何ともする事なし。初めに中間の弟死す。殘れる兄弟、獄人に嘆願するに、せめてもの事に日光照らす所に埋めん事を以てせり。然るに獄人の無情なる、冷淡に嘲笑し去て顧みず。屍躰を目前に横へ、苔無き土を薄く蔽ひたるのみにして、彼を繋ぎたる鐵鎖は其屍躰の上に懸れり。次に父の最も寵愛したる、又た母の|面《おも》ざしある美くしき最も幼き弟は、日に益々凋み行き、花の如きの容貌も今は次第に色を失ひ、|虹霓《にぢ》の色の消え去る如し。往て之を|勞《いた》はらんと欲すれども如何んせん、身は鐵鎖を以て縛せらるゝの悲さよ。只だ弟の絶へ入る呻吟の聲を聞き、悲哀なる有樣を眼前に傍觀するのみにして、詮術更に有る事無く、助を呼ぶとも人影だにも來る無し、──嗚呼これ絶望の極に非ずや──可愛き幼弟は眼前に死につゝあるなり、如何にせん。力の限りに跳躍突進すれば、鐵鎖漸く斷絶せり。されども万事終れり。弟の手を取れば其の冷き事土の如し。兄爲めに知覺を失ひ思念も茲に止みたり──との事を寫す。悲哀切痛眞に我身の如き思ひあらしむ。悲哀文學の上乘なるものに非ずや。人之を讀みて涙なき事能はざるべく、又た其兄弟の豪毅なるを感嘆せずんばあらざるべし。 『チャイルド、ハロルド』第三齣及び『タッソの悲しみ』は此時に成りしものなり。 十月の初めに至り、バイロン、ホッブハウスと共にアルプス地方を後にして、イタリアに向つて發足し、ミラノに至り、法王の美麗なる娘に※[#「髟/兵」、第3水準1-94-27、鬂]髮を得て、自ら「カーヂナル」(君牧師)なりせば彼女と共に幸福なりしならんと思へり。ヴェロナに至りジュリエットのならんと傳ふる墓の花岡石をかぎ取りて之を英國なる其女アダ及び姪等に送り與へたり。ロマを過ぎりてトールワルドセンに自己の半身像を作らしめたり。時に彼れ、バイロンを評して「サタン」(惡魔)の如き容貌なりと詰りたり。これ憂欝悲哀の相あるを以てなり。 『マンフレッド』は此時に成りしものなり。此詩はアルプス地方を詠み込まんとして書きしものなり。『マンフレッド』はバイロンの詩中世界屈指の作にして。當時歐洲文學の二兄弟を爲せるものなり。其一は獨乙のゲーテの『ファウスト』にして、他はバイロンの『マンフレッド』なりとす。ゲーテ『マンフレッド』を評して曰く『彼れ我が「ファウスト」を燒き直したるものなり、されども亦た殆ど新なるものゝ如く作りたり』と。然りと雖バイロンの『マンフレッド』は之を『ファウスト』より得たりと謂ふ可からざるなり。何となれば彼れ獨乙語を知らざればなり。バイロン一度、友人の之を譯讀するを聞きたる事ありしを以て、多少其感化を得たる事無きに非ずと雖、其多く得たる所は他にありとなす。マンフレッドは至極の厭世家なり。其厭世の原因たるや愛の深き源泉の、其自由の流出を杜絶せられ、遂に氾濫して心情の原野を荒らしたるに由るものにして。之が爲めに痛苦禁ずる能はざるなり。皓たる月は雪山の上に照り、燦たる星は峰の頂に輝けり、されども胸中の暗黒は照らすに由なく。牧童の笛の音も、何の感をも心に與へさるなり。マンフレッドの精神の不安の情を見よ。彼れ獨り心に語るらく、 [#ここから2字下げ] 『我寢りしときは眠りに非ずして連續不斷の妄想なり。止めんと欲して止むる能はず。我心中には不眠あり。我眼は外に閉すと雖内に向て開けるなり。然るに我尚ほ生を保ち呼吸ある人の形を有す。苦痛は智者の教師なり、悲哀は人の知識なり。最も多く知れるものは最も深くはかなき眞理を悲まざることを得ず。知識の樹は生命の樹とは異れり。哲學も科學も驚嘆の本源も、亦世界一切の知惠も、我皆な之を知り盡くし、又た之を使用するの力を有せり。然りと雖これ毫も我に益なし。我れ人に善を施し又た世に善人を知る、然りと雖これ亦我に用なし。我れ敵あれども我を害せず、みな我前に斃れたり、されどもこれ亦我に用なし。善惡生命權力感情皆なこれ他人に存せるを見る、されども我毫も痛癢を感ぜす、沙上に降る雨の如し。我れ畏るゝ所無く又た望む所も無し』(マンフレッド一ノ一) [#ここで字下げ終わり] と。これ絶望厭世の極にして、苦痛遣る方無く、轉々反側願ふ所は只だ此苦痛を『忘る』ゝにあり(マンフレッド一ノ一) されども忘るること能はず。鬼神現はれてマンフレッドの希ふ所を問ひて曰く『何を忘れ、誰を忘れ、又何故忘るや』と、マンフレッド心中亂麻の如く混々雜々緒を失ひ語る能はざる思想胸中に湧出して言ふべき所を知らず、鬼神に向て曰く、汝等鬼神よ、我れ祈祷を爲さず、又た問答も試みじ、只た [#ここから2字下げ] 『我胸中を讀め、汝之を知らん、我れ之を語ることを得ず。』 『忘却─自我忘却─これ我冀ふ所』(仝上) [#ここで字下げ終わり] と。之れマンフレッドの胸中なり。人若し此境遇に立ち至らば如何にして之を救ふ可き。王國か、權勢か。否々マンフレッドの失望は、此くの如きものを以て慰め得らるゝに非ざるなり。彼れ曰く [#ここから2字下げ] 『王國も權勢も權力も長命も其願ふ所に非ず。禍なるかな長命。得て之を何とせん、我れ已に其長きを厭へり、』(古) [#ここで字下げ終わり] と。只其心情の苦痛を忘れんと欲するのみ。如何にせば之を得ん。鬼神曰く『たゞ死能く此忘却を與へん』と。然るにマンフレッドの苦惱は、 [#ここから2字下げ] 『死は果して忘却を與ふるや』(マンフレッド) [#ここで字下げ終わり] とまで懷疑せしむるなり。 マンフレッドの此くの如きの苦悶は、何に因りて生じたるや。曰く戀愛の斷絶なり。彼れ一人の或女を愛したり。マンフレッド彼れの面前に現はれ出でたる妖魔に語りて曰く [#ここから2字下げ] 『彼の女の毛髮も、其容貌も、盡く我に酷似せり。人々の言ふ所に由れば、其聲の調子すらも我れの生き寫しなりと云ふ……彼の女の思想も趣好も、皆我に類す。我れ彼の女を愛したり、而して殺したり。…………我手を以てせしに非ず。心を以て殺したり。彼の女をして絶望せしめて殺したり。我れ血を流したり、然りと雖ども彼の女の血には非ず。されども彼の女の血は流されたり。我れ之を見つゝも其をとゞむること能はざりき』(マンフレッド二ノ三) [#ここで字下げ終わり] 此女何者ぞ。マンフレッドの血統上最も近きものたるべし。或は彼れの妹たりしならん。然るに兩人互に戀愛せり。兩人心に其行爲の [#ここから2字下げ] 『恐るべき罪』(マンフレッド二ノ三) [#ここで字下げ終わり] なるを知る、然るに兩人互に愛せざること能はざりしなり。血族の兄妹の戀愛、實に「恐るべき罪」なり。マンフレッド彼女を殺したりと云ふ。其手にてに非ず、心を以て彼女を殺したりと云ふ。彼れ彼女の血は之を流さずと雖、彼女の血は流されたり。而してマンフレッド見つゝも其をとゞむること能はざりしと云ふ。嗚呼これ何たる斷腸の事ぞ。 彼女は死せり。如何に死せしか、吾人知り得ず、マンフレッド死せんとして水に投じたり、然るに水は却てマンフレッドを避けて退き、死すること能はざりしめたり。彼れ此くて生存して苦悶す。 彼の女の名はアスターテ。マンフレッド神秘の能力を有せる精靈に命じてアスターテを死より呼び出さしむ。アスターテの幽靈現れ出づ。マンフレッド曰く [#ここから2字下げ] 『我れ天つ星のある所をめ眺め、又た地を遍歴りておん身を探がしたりしと雖も、其所にはおん身に似たるものだにあらざりき。一言我れに語れ。 アスターテの幽靈『マンフレッド。 マン『語れ語れ、我れ只だおん身の言葉を聞かんことを希ふのみ。 幽靈『マンフレッド。明朝おん身の地上の苦しみは終るべし。さらばよ。 マン『願くば今一言語れ。おん身は我を赦すにや。 幽靈『さらばよ。 マン『吾等再び會ふことを得べきや。 幽靈『さらばよ。 マン『願ひなり、今一言語れ、おん身は我を愛するや。 幽靈『マンフレッド』 [#ここで字下げ終わり] アスターテの幽靈は消え去れり、 此くてマンフレッド自ら「罪」の觀念と、其「絶望」とに苦しめられ、獨り靜寂に在りと雖、多くの妖魔は其四周に圍繞せり、眼を閉ざして寢らんとすれど、外に閉ぢたる眼は内に開きて、妄念續々として息むことなし。死は其怖れざる所。然るに死する能はざるなり。彼れ此くて苦しむ。自ら死する能はざるの情を謂ふて曰く [#ここから2字下げ] 『今我斷崖絶壁千仞の上なる岩角に立てり。俯せば激流渦を卷き、松柏遙かにあるを見る。一瞬、一息、一擧、一躍、忽ち我身は遙か下なる岩上に横はり、永久の休息を得べし。然るに我れ何を以てか之を躊躇す。我れ撥動の内部に起るを感ず、然りと雖我躍らざるなり。我れ此位置の危嶮なるを知る、然るに敢て畏縮する無し。我腦は眩感すと雖我足尚ほ確乎たり。之れ果して何故ぞ、必ずや我内一箇の力の在るありて、以て我を支へて死なざらしめ、此の苦痛なる生活を爲さしむ』(マンフレッド一ノ二) [#ここで字下げ終わり] と。マンフレッド殆ど痙攣して生氣將に絶えんとす。 此處に於て惡魔直に來て彼を服從せしめんとす。マンフレッド忽ち意志を以て苦痛を制御し、巍然として惡魔に面す、其意志の確乎たる、死すとも惡魔の下にあらじと誓ふ。曰く [#ここから2字下げ] 『汝は我上に力を有せず、これ我感ず。汝我を左右し能はず、これ我れ知る。我爲したることは爲したとことなり、我が自ら爲して受くる所の苦痛は甘んじて我之を受けん。不死の我精神は自己の善惡の思想に向て自ら要求する所あり。心は自己の惡及び罪の本源する所なり。我れ若し此肉躰を脱離したる時は、色を外部轉瞬的の事物の借らず。よく自己の知識より生ずる所の、自己の苦痛或は喜悦に呑入せられん。汝等決して我を誘惑し、或は我を亡ぼすこと能はざるべし。……我は自己の破滅者なりき、又た此後も然る可し。去れ、汝等惡靈。今や死の手は我上にあり、汝の手には非ざるなり』(マンフレッド三ノ四) [#ここで字下げ終わり] と。此の尊大剛愎なる「我」は絶待自足にして、毫も他に借る所無し。誰か我を左右し、又た賞罸するものぞ。我が爲したる善惡は我れ能く自ら之を褒貶し、又た能く之を賞罰す。鬼神たれ人間たれ、何物か能く我に加ふる事を得んやとは、これ實に「マンフレッド」なり。然りバイロンの發現なり。佛國のテイン之をゲーテの『ファウスト』に比較して大に其趣を異にせるを云ふて曰く、『「ファウスト」は一般的、普通的の自然の聲なり。神、人、過去、現在、歴史の時代、生活一切の状情、實在の何れの階級にも通ずる所の調和せる聲なり、故に普通的なり、一般的なり、確乎不拔の性質存する事なし。然るにバイロンに在つては確乎として一箇の特質在つて存す。然り、一箇の「人」彼れ一人。ゲーテの神、人、自然及び多種多樣の現象は盡く「マンフレッド」の前には消失し、獨り「マンフレッド」たる詩人のみ存在す。 『此の如し吾人若し「マンフレッド」と「ファウスト」とを相對比する時は「ファウスト」は實に凡庸にして、折中的の人物なるかな。吾人「ファウスト」に於て人世の觀察を爲したるの後は、嗚呼ファウスト、彼れ何人ぞ。果して眞に英雄と稱すべきか。もし然りとせば實に悲しき英雄たるのみ。彼只だ自己の感覺の影を追ひ、諸所に遍歴したるに止まる。而して其惡行は若き婦女子を誘惑し、惡友と共に夜に舞踏し、又た飮酒を事となせり。これドイツ學生の二大事となせる所なり─。一言せばファウストには特有の性質ある無し。獨逸的の事大大抵皆な然らざる無し。之に比較せば「マンフレッド」は實に「男」なるかな。彼れは「男」なり。「男」と云ふの外適當なる言語有る無し、彼れ鬼神の前に立て巍然たり、能く傲慢不遜の精神を存し、確固不拔の意志を有し、死に至るまでも敢て屈せず、又た下らず。「男」なるかな。英雄なるかな。ゲーテは普遍的なりと雖バイロンは箇人的なり。──最も箇特的感情の切なるものなり。シェクスピアは世界の詩王にして、よく無限の心情、多種の人物を有せりと雖、余は其の感情の統一して、激烈燃ゆるが如きに至ては、或はバイロン之に勝れるが如きを感ず』と。 ミルトンに至ては、靜平なる思想のみ、其言辭に美ありと雖も眞理を語る事は甚だ少く、觀たる所の人世亦狹少なり。其非凡の俊才(ジニアス)を有し、精鋭なる眼光を以て人世を觀察するに至ては、ミルトンは遙かにバイロンの下にありと謂はざる可らず。 一千八百十六年の末、バイロン、ヴェネチアに至りて此に滯在す。此地は英國及び其他と、女子道徳の標準を異にせる所にして、男女の關係は。其制限甚だ寛大の地なり。バイロン大にヴェネチアを愛す。其氣候、風俗の彼れの嗜好に適せるものあるにも由らん、されども、男女の關係の比較的自由なるは、最も其の喜びし所なるが如し。ヴェネチア商人の妻にしてマリアンナ、セガチと云へる有名なる美人あり。バイロンのヴェネチアに來りしより親密なる交際を爲し、互に戀慕する仲となれり。マリアンナは年齡二十二歳なり。其夫は少しく好人物なりしが如し。之れバイロンのマーレーに與へし書翰中、バイロンと、マリアンナと密室に在りし時、其夫歸り來りて、兩人大狼狽の状ありしも、又た圓滑に其局を結びしことを書き送れるに由りて知るべし。而して兩人の關係は十八ヶ月に續きしと雖、夫の嫉妬に由りて遂に其關係は斷絶せり。 此間バイロン又たマルガリッタ、コグニなる一女子との關係及び其結末等ありしなり。 バイロン、イタリアの道徳の自由なるを喜び、得々として之を英國の友人に報じ、イタリアにては男女の關係自由にして、夫ある婦人なりとも、情夫を有するは常の事なり、若し情夫ありとも道徳に背くものに非ず、情夫なき時は却て女子としての耻辱とせる由を言ひ送れり。 『ベッポ』、『チャイルド、ハロルド』の第四齣、及び『ドン、ファン』の初め五齣は當時に書きしものなり。『ベッポ』はイタリア流の男女の道徳を記るして諷刺せるものなり。『ドン、ファン』は又た人生及び社會を解剖し、分析し、批評したるものなり。『マゼッパ』は、マゼッパなる者一少女を戀愛す、少女の父大に怒り、マゼッパを裸躰として馬背に天を仰がしめて縛す、馬は悍馬なり。一鞭當てゝ之れを放つ、馬は森林廣野をさまよひ、數日にしてマゼッパ漸く農夫の娘に救はる。此詩は其マゼッパの苦悶の情を描せるものなり。 シェレー、バイロンを評して曰く『彼は天才なり、若し彼にして墮落の國民を救はんと欲せば、彼に向ては易々たる事業にして、十分其功を奏するを得たりしなり。然るに彼の弱點たる所は、其性質の傲慢にして、自己の偉大なる精神と、他の狹小なる精神とを比較し、以て彼等を嘲笑し去りたるにあり』と。又曰く『太陽登りて螢火消ゆ。我れバイロンと競爭せんことに於ては遂に望を失ひたり』と。 一千八百十八年六月、英國より娘(私生兒)アレグラ送りこされ。ヴェネチアの英國領事ホッブナー氏に託す、美麗なる事柘榴の如し。バイロン一意之を愛して餘念なし。後シェレーの勸めに由てローマニヤの宗教女學校に入らしむ。書をホッブナー氏に送て曰く『今や我子送りこされたる上は、余は我子の爲めには注意と費用とは毫も惜む所に非るなり。人或は我に付て種々の故障を爲し、批判を下すものあらんと雖我關する所に非ず。此學校は田舍にありて空氣純良なり。イタリアの不徳なるは宗教女學校の惡しきが故に非ずして、(當時宗教女學校は不評判なりしなり)却て其素朴に過ぐるにあり。喩へば山上に教育したるものを取て、直に海に投ずるが如し、彼れ泳がんとして爲さゞる所無し。其の惡の誘惑を受くるは實に彼等の素朴に失して、徳義惡の何たるやを知らざるに由る。余は我私生兒を英國の教育に委することを好まず、これ其の生れの不利に由り、我子の爲めに將來に不策たればなり。又た彼女は英人と結婚せざるべし、何となれば此地に於ては五六千「ポンド」の持參金を以て尊敬せられて婚姻するを得ると雖、英國にては此金額は實に少額なり。且つロマ教は耶蘇教の最古正統の宗教なればなり』と。其愛情と注意見るべし。會々報知ありてアレグラ發熱すと告げ來る。バイロン驚き且つ憂ひて言語する事能はざりしなり。 親友トーマス、ムーア英國よりヴェネチアに來遊してバイロンを訪ふ。兩人歡極まれり。一夜兩人酒を飮み、|聖《サン》マルコ寺の鐘聲二時を報ずるに至り、バイロン、ムーアを誘ひて小舟(ゴンドラ)に乘り、舟子をして漕がしめ、ムーアをしてヴェネチア市を一望せしむる便利の所に行く。嗚呼、ヴェネチアはムーアの念々夢想し居たる所なり。水に浮べる市街、月光水に映じて一層の美を添へたり。茲に兩人詩を語り、時事を談じ、轉た感慨に堪えざるものありしなり。バイロン此月夜のヴェネチアの美に打たれ、又た人事の有爲轉變の理に思ひ至りて、音聲漸く低く、一種嚴肅なる感を胸中に充たしめたり。 一日ムーア、バイロンを訪問す。バイロン室を出て又た歸り來りて白韋の嚢を示し、手に捧げて曰く『これ見玉へ、君に之を進呈せん、マーレー氏(書林)に向て或る價値のものなり』とムーア其何の書たるやを問ふ。バイロン曰く『これ我が遍歴及び冐嶮の記録なり、之を君に與へん。余が死するまでは出版すること勿れ君必ずこれに依て十九世紀の後年を驚かすを得べし』と。ムーア篤く之を謝して受けたり。此後ムーアの名作『バイロン傳及び書翰』は全く此の書に基けるものなり。(木村曰く、余の此にバイロンの傳に就て叙する所は専ら此のムーアの『バイロン傳』に據りしものなり)後暫くにしてムーア英國に歸る。 バイロン舟遊を好み、ある時の如きは、殊更に暴風の日を撰びて乘り出せし事あり、其祖父たる Foul-weathered Jack を想はしむ。彼の舟事に大怛なるは、種々の塲合に之を證するを得べし。一日サン、フイオレンツォ灣にて怒濤に逢ひ、船殆ど岩礁に衝突するの勢ひあり、遂に沈沒は免る可からざるものゝ如し。乘客或は祈祷し或は氣絶するものもありき。而かのみならず、二人の船長も既に破船を公言するに至れり。時にバイロン衆に向て謂ふ曰く『よし。吾人々間は早晩死すべき爲めに生れたり、虚心平氣に死せんのみ。恐るゝに足らず』と、先づ自ら衣服を脱し、人々にも亦其如く爲さん事を勸めたり。これ此くの如きの怒濤に面して、其生命を助け得べしと思ふに非ず。然りと雖『神が吾人に與へたる生命を保持するは、吾人に向ての大義務なり、故に余は諸君に此事を勸むるなり。遊泳は此かる激浪中に在つて豈に能くし得べきことならんや。されども、宛も小兒が母に向て泣き求め、もがき叫びたる後は、自然に心地善げに睡るが如く、吾等全身の力を盡くし、爲し得る限りを爲したるの後は、死するは實に容易にして苦しきものに非るなり』と。靜かに坐して腕を組み、尚ほ船長と談笑せり。船は次第に岩礁に近けり。バイロン神色毫も變ぜざりき。其精神の確固たること以て觀るべし。 バイロンのヴェネチアに在るや、日々放蕩に其の身を崩し、殆ど遂に救ふべからざるの状情に在りき。然るに幸にして一婦人の爲めに救はれたり。實にスペインの政治家カステラー氏の言ひし如く『バイロン一生の暴風暗黒なる地平に於ける星』とは、此一婦人なりき。一婦人とはギッチオリ伯爵夫人にして名をテレサを謂ふ、芳紀まさに十八。非常の年長なる一富人の妻たり。されどもバイロンを一見して忽ち戀愛の仲とはなれり。夫人自ら其時の順序と状情とを記して曰く、『妾のバイロンと親く交るに至りしは、一千八百十九年四月ベンツォニ伯夫人の夜會に於てなり。當夜妾は出席することを好まざりしと雖、只だ夫に對して參會せり。バイロンも亦參會することを好まず、ベンツォニ伯夫人に對して參會せりと云ふ。時に妾バイロンを視るに、其の高尚優美なる風彩、調和爽快なる音聲、擧止動作の閑雅なる、千百の嬌美は彼より發射して彼を圍繞す、豈に深き感動を妾の腦中に印せざらんや。それより後、妾のヴェネチアに滯在せる間は、日々バイロンと會せざることあらざりき。』と。バイロンは美男子なり、ブレッシントン夫人の記する所に曰く『妾初めに假想すらく、バイロンは容貌魁偉にして、殿として命令的の風彩あらんと、然るに實際彼れを見るに於て、其想像の全く當らざりしを知る。彼は常に頭髮を整理し、廣くして高尚なる前額を有し、盻たる美目は表意的なり』と。 アルブリッチ夫人なる女史あり、「伊太利のマダム、ドスタエル」の稱ある人なり、種々の人物を評せる『ポートレイツ』なる書あり。其中バイロンに就て記せるものに曰く『其容貌の美の中には非常なる心意の存せることを表はせり。靜平なる心意は其廣き前額に坐を占め、其の所には房やかなる環の如き毛髮懸れり。其眼は種々變化の心情を發表す、其色は大空の色の如く、宛も天より其色を得たるが如し。其齒は形に於て、色に於て又た透明なることに於て、實に眞珠と見まがふばかりなり。其双頬は、少しく白色ある薔薇色を以て染められたり。其頸は彼れの出入する社會の許るす範圍に於て之を露出せり、其形状や宛も細工したるが如く、其色や白し。其手の美麗なること、美術家の作りたるが如し。全躰の態度姿勢、優美にして、威あり。おちつきたる其容貌は、宛も春の朝の大洋の如し。若し感情の激するに當てや、忽ちにして暴風怒濤と變ずるが如し。此に至ては優しかりし其眼は、忽ち電光を飛ばすに至る。……バイロン、其至る所、必ず人々の視線の集まる所となる。殊に婦人社會に在ての注目や著しく、皆公々然として、「|其所《そこ》に彼の人あり、其の人はバイロン[#「バイロン」は底本では「バロイン」]なり」と云ひ騒ぐなり』と。 此くの如き威嚴あるバイロンの美は、ギッチョリ伯夫人の心を動かし、バイロン亦婦人の婉なる姿を愛し、茲に兩人間の親密なる情を生じ、之れより日々會合せざることなく、交情日に密を加ふ。バイロンは夫人に由て、初めて眞正純粹の愛情を覺えたりと謂ふ。 夫人の夫ラヴェンナに行くに當り夫人を伴ふ。夫人數々書をバイロンに致す、情緒纒綿たり。ギッチョリ夫人尚ほ若かし、此頃まで宗教女學校にありて社會を知らざりしものなり。婚姻して自由を得、此に社會に立ち入りて樂しき生活を爲さんとせしに、バイロンに會ひしより以後は、忽然として其好む所を變じ、社交的の事を避け、専ら家に居て、讀書、音樂、家事及び乘馬のみを事とせり。其心中を察するに、自らよく自己を教育し、以て此高貴なる愛情の目的物たるバイロンの情婦たるに恥ぢざらんか爲めなり。 ギッチョリ夫人バイロンを想ふの情禁じ難し。如何にもしてバイロンをラヴェンナに招かんと欲す。ラヴェンナはダンテの墓の在る所、又た有名なる古代の松樹の在る所、其他古代の種々の遺物のある所なり。此地に遊覽を名としてバイロンを招待するは十分の申し譯あり、又たバイロンも、此地を遊覽すと云はゞ、又たギッチョリに申し譯あり。バイロン遂にラヴェンナに至る。夫人病重く將に死せんとするの状なり。テレサの夫、ギッチョリ伯バイロンを訪問し、來りてギッチョリ夫人を見んことを乞ふ。バイロン翌日夫人の宅に至り、病を看る。バイロン看護親切を極め、又た其友人たる名醫を薦め爲めに夫人の病の平復早さを致し二ヶ月にして全快せり。 夫人全快後離縁せられん事を恐る、バイロン共に出奔せんと決心せり。然るに遂に事無くして濟みたり。夫人の夫のボロニアに行くや、バイロン夫人に從行する事を許さる。時にバイロンよりマーレーに與へたる書中に云へるあり、曰く『取り急ぎ一書を呈す、余は明朝ギッチョリ伯爵夫妻と共にボロニヤに行くことゝなれり。吾等の活小説は如何に終るべきやを知らず。されど今に至るまでは先づ巧みに進行せり。「ドン、ファン」の如きは、此くの如き活小説に比する時は、眞に兒戯のみ、愚者等は曰く、余の詩は大抵余の實歴を書き込めるものなりと。然りと雖、余の實歴は、余が詩に書ける如きものゝ比に非ずして。一層方外なり、一層危險なり、又た一層面白きなり』と。 伯爵夫妻のヴェネチアに行きし時は、醫師は夫人の健康の爲めに田舍の空氣を呼吸せん事を勸む。而して夫の許可を得てバイロンを伴ひ行けり。會々バイロン病を發す、夫人看護親切を極む。未だ全快に至らざるに、夫テレサを伴ひ去る。兩人暫く文通を見合はせたり。此後夫人又た大に病み、再びバイロンを招けり、バイロン早々行李を整へ、ラヴェンナに向て發程せり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第六章 ラヴェンナに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] バイロン、ラヴェンナに於て、樂しき日月を送り、『一日、一週、一年、一生、我れ此處に止るべし』とまでも感じたり。 『ダンテの預言』は此際に成りしものなり。當時イタリアはオーストリアの壓制とローマ法王の専制との下に呻吟し、數多の小王國及び小侯國に分裂して、毫も統一あるなく、古昔のローマ帝國が有したりし堂々たる趣は地を拂て存せざるなり。之を以て心あるものはオゝストリアの覊絆を脱し、イタリアを統一し、以て大イタリアを作らんとせり。バイロンの如き、亦此精神を賛成し、革命黨に加擔す。『ダンテの預言』はダンテの口を借りてイタリアの統一を叫ばしむるものなり。 バイロンとギッチョリ夫人の交情は益々親密の度を加へたり。ギッチョリ伯今や忍ぶこと能はず、離婚の訴へをなす、然りと雖證據不充分を以て敗訟となれり、加之世人は却てギッチョリ伯を笑ひ、又た夫人の親戚等も皆、伯爵に對して攻撃を加へて曰く『足下は愚人に非ずば惡人なり、其若き兩人の親密になるより生ずる結果を前見すること能はずとせば、足下は愚人なり、又た知りつゝ之れを默許せしとせば、足下は惡人なり。足下何れなりとも其の好む方を擇べ。此十二ヶ月の間、足下の目前に於て、又た如何にとも爲し得るの事情なるに係はらず、此くの如きに至らしむるは、實に笑ふに堪えたり』と。此くてギッチョリ伯敗訟し。夫人は伯爵と共住せずとなし、父の家に住す。而してバイロンは夫人の父ガンバ伯の許を得て夫人と同じ家に住することを得たり。 バイロン此後暫時にして、『モルガンテ、マッヂオーレ』を譯し、また『リミニのフランセスカ』の話を譯せり。 一千八百二十年六月『マリーノ、ファリエロ』成る、脚本なり。ヴェネチア府知事マリーノ、ファリエロが職權を侵害されしを憤り、反亂を企てゝ敗れ、死刑に逢ふことを記るす。マリーノ、ファリエロの沈着剛毅性急なるを寫し得て至れりと云ふべし。 『ドン、ファン』は初め五齣を出したるのみにして、續稿は暫時中止し居たり。何となれば彼れギッチョリ夫人に向て、『フアン』は『ハロルド』よりも永生なるべきやを問ひし時、夫人之に答へて『妾は「ドン、ファン」の永生よりも「チャイルド、ハロルド」の三年間の名譽を撰ばん』と云ひしに由ると謂ふ。 一千八百二十年十一月『ゼ、ブルース(青色)』出で、一千八百二十一年五月『サルダナパルス』出づ、即ちサルダナパルス王の快樂主義、及び其の放蕩の哲理を寫したるものにして、忠君憂國なる宰相サレメネスが、王の政治に怠り國將に滅びんとするを嘆息し、『一千三百年の帝國は、牧童の一夜の物語りの如く終らしむべからず』と云へる口調の如きは、實に宏壯雄大なるものにして、其主人公なるサルダナパルスは、チャイルド、ハロルドの王位に登りたるものゝ如く、王の愛妾ミラはギッチョリ夫人を表はしたるものにして、賢明貞節なる婦人の理想となすに足る。──而して一方には快樂不覊而も優美温和の愛情をサルダナパルスに現はし、又た一方には貞操なる婦人の愛、及び人の妻たるものゝ至情をミラに現はす。實に對照し得て巧みなるものと謂ふべし。 バイロンのサルダナパルスを書くの時、ギッチョリ夫人はイタリア譯のグリルパルツェルの『サッポ』を讀み聞かせり。バイロンは Grillparzer の獨逸發音を大に嫌ひ、人名上の惡魔なりと云へり。又た戀愛は悲劇の至高のものなるやとの問題に對し、バイロンは否と云ひ、テレサ(ギッチョリ夫人)は然りとなし、バイロンは十分イタリア語を語り能はざると、テレサの、女性的多辯との爲に討論遂に敗を取りサルダナパルス中には、戀愛の分子を多く入れざる可からざることゝなれりと、バイロン其日記に書けり。グリルパルツェルはバイロン大に稱揚す。バイロン獨逸語は全く之を知らず、又た好まずと雖、獨逸の女子は大に好むと云へり。(然り、バイロンは何れの女子も皆之を好むべし)。 バイロン當時の日記の一例は此くの如し、又た以て平生の起居を知るべし。曰く 『千八百二十年一月十六日 [#ここから2字下げ] 讀書─乘馬─ピストル練習─歸宅─食事─著述─訪問─音樂を聞く─雜談を爲す─歸宅─。 悲劇の第一齣を急速に書く。毛布を買ふ、時候倫敦の五月の如し。 [#ここで字下げ終わり] 一月十七日 [#ここから2字下げ] 森林中を乘馬す─ピストルを放つ─食事す─英國及びロンバルヂー等より書物到着す。─八時まで其書を讀む。外出。 [#ここで字下げ終わり] 一月十八日 [#ここから2字下げ] 今日郵便遲く着す─乘馬せず─書状を讀む。 [#ここで字下げ終わり] 一月十九日 [#ここから2字下げ] 乘馬す。寒風は忘恩よりも寧ろ不親切なり。シェークスピーアは之れと異る語を爲せども(註に曰くシェークスピーアは『アズ、ユー、ライキ、イット』に曰く [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 『吹け、吹け、汝寒風、 汝は人間の忘恩なる如き 不親切には非ざるなり。』 [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] と。)余は忘恩には北風よりも數度出逢ひて、今は北風の猛激なるに比して、左程に感ぜざるなり。 余は|女《むすめ》アレグラ教育の方法を考へたり……。』 [#ここで字下げ終わり] バイロンの日記の躰裁此くの如し、又た當時のバイロンの起居を知るべし。 否々バイロン當時の日記は、バイロンは單に文筆讀書の詩人に非ざることを示めす、日記に曰く、 『一千八百二十一年二月十六日 [#ここから2字下げ] 昨夜P、G伯使者を以て銃槍、鐵砲、及び彈藥數百發を嚢に入れて我家に持ち來らせたり。素より何の通知も前以てあらざりしなり、十日程以前、此所に一揆の起りし時、自由主義の人々及び余の黨與の某は、一揆黨の爲めに武器の購入を余に委托せり。余は直に武器を購ひ入れ又た彈藥をも用意したり。此くて彼等漸く武裝するを得たり。然るに政府側の蠻人等は、指定の日より一週前に進軍し來りて、直に一揆を鎭壓し、政府は兵力を以て命を下し、武器を藏するものはしか/\の刑に所すと布達したり。而して吾等の友人及び愛國獨立黨は、此後二日間果して何をか爲せる。何故に余に委頼して購入したる武器等を我手に、又た我家に持ち來るや(一言の報知もなく)。 其日幸にレガありて其武器を受取りしを以て事なきを得たりと雖、若し他の家僕ありしならんには、必ずや裏切りして、政府に密告し、余の一身は危急に陷りしなるべし。 [#ここで字下げ終わり] 一千八百二十一年二月十八日 [#ここから2字下げ] 今日はカルボナリ(獨立黨)より何の通信もなかりしと雖、暫時にして、余の階下の室は、獨立黨の銃劍、小銃、及び彈藥等を以て充たされたり。余思ふに、一旦事の失敗する時に於ては、彼等は余を以て一種犧牲に供せらるべき倉庫となせるが如し。然りと雖余に於てはこれ大事に非ず、イタリアにして獨立自由を得んには、何人たれ、又た何物たれ犧牲に供せらるゝも厭ふ所に非ず。之れ實に大目的なり、政治上の眞の詩なり。只だ思へ─自由のイタリア。如何なれは此くの如き大事件は、オゝグスツス大帝の時より、今日に至るまで有らざりしならん……。 和蘭人は七十年戰爭に於て、イタリア人等の爲すべきものよりも、一層上の事を爲したり。 [#ここで字下げ終わり] 一千八百二十一年二月十九日 [#ここから2字下げ] 強風──電光──月光──男子は上衣を着──女子は面を蔽へり──雲は桶より牛乳の流されたるが如くに湧けり──眞にこれ壯快なる詩。風尚ほ止まず、──瓦は飛べり──家は動搖せり──雨は降り來れり──電光は閃めけり──全くスウィスのアルプス山の夕景に似たり。而して海は遙かに怒號せり……Aより報知あり、戰爭は甚だ近づきつゝありと云ひ來る。嗚呼此の暴戻の君主は必ず撃ち倒さゞる可からず……イタリアには必ず甦生あり、世界には希望あり。』 [#ここで字下げ終わり] と。此くバイロン一方には詩人たり、一方にはイタリアの救世主たらんとせり。強壯なる精神は強壯なる身躰に存す。バイロン一方には、美と、力と、大との詩人たると同時に、又た活溌なる躰育家なり。其日常を見よ、乘馬なり、ピストル演習なり、之れ其好む所、游泳の如きは其少時より最も熟練せる所にして、其一千八百九年より一千八百十一年の間にチャイルド、ハロルドの旅行を爲してトルコに至りし時の如きは、ダルダネルの海峽を一時十分間に泳ぎ渡りて甚しく疲勞せざりしなり。之れ十餘年前のことなるが。バイロン此處にラヴェンナに在るの時、ターナーなる者旅行記を著はし、内にバイロンのダルダネル海峽を渡りしことを記るし、之れを昔話のレアンデルが、對岸の戀人に逢はんが爲め、泳ぎて此の海峽を往復せしことに比し、其游泳の強弱を云ひて聊かバイロンを貶したり。バイロン少しく怒る所あり、一書をマーレーに與へて辯護する所あり、又たレアンデルの泳ぎ渡りしことは難事に非ざるを云ひ、且つ今と雖、尚ほ四時二十分間遊泳を續け得べく、又た事に由りては尚ほ二時間以上も水中にあり得ることを云ひ、ターナー氏の僅かに二十五分間にてダルダネル海峽に疲れて渡り超すこと能はざりしを笑へり。 バイロン此くそれ強壯なり。此の身躰ありて此精神あるを得べく、詩界のナポレオンを期し、イタリア獨立に盡力し、又た此後グレシア獨立戰爭の一方の指令官となるを得しなり。此くの如きは、決して尋常一樣の詩人等の、字句を弄し、女々しき言語を爲す者等の企て及ぶ能はざる所となす。躰力此くの如く、内に此氣象あり、宜なりバイロンの詩の力の念に富めるや。 吾人バイロンの當時の状況を見るに、之を其ヴェネチアに在りし時に比較する時は、其健康に於て、其道徳に於て、共に大に進歩せるを知るなり。之れ全く、ギッチョリ夫人の温和貞淑なる感情に接したるより然るものなり。當時バイロン尚ほラヴェンナにあり、シェレー、ピザに在り。バイロン書を以てシェレーを招く、シェレー至り、互に胸襟を開いて快話す。シェレー友人に書を與へてバイロンの近状を報ず、實に之れ一天才が他の天才を記るし、報ずるものにして、又た注意すべき所となす。曰く『バイロン卿は其天才に於て、其性質に於て、其道徳觀に於て、又た其健康及び幸福に於て、凡ての事皆進歩せり。彼れのギッチョリ夫人に接せしことは實に無量の有益なることたりしなり。彼れ甚だ華美に生活せり。歳入四千磅ありて、其内千磅は之を慈惠の爲めに費やすことゝなせり。彼れ余に「ドン、ファン」の未刊の部を讀み聞かせり。而して余は實に彼を以て一切の詩人の上──遙か上に彼を置かざるを得ざるを感ぜり』と。 一千八百二十一年七月『二フヲスカリ』出づ。一千八百二十二年一月『ウェルネル』(木村曰く。此詩はバイロンの作りしものに非ずして以前の情婦たりしカロライン[#「カロライン」は底本では「カロライ」]夫人の親族の一人の作なりと近頃の『コンテンポラリー、リヴュー』雜誌に論ぜるあり。其之をバイロンの名を以て出版したるは、之れに由りて金を得て、イタリアの獨立に寄附する所あらんが爲めなりしと云ふ)出づ。一千八百二十二年『醜人の美化』出づ。 一千八百二十一年九月『カイン』成る。これ英國哲學詩の最も高尚なるものにして、生死善惡等を論じ、クリスト教の淺薄なる樂天主義を攻撃し、又た世間の稱する善惡の何たるやを論破せり。篇中記する所のルシファー(惡側の神)はミルトンの「サタン」の大意志に加ふるにゲーテの「メフィストフェレス」の大智シェレーの「プロメテオス」の威嚴とを以てせしものなり。カインがルシファーに導かれて天空に飛揚し、天躰間に逍遙する時、渾沌未成の夜の景を記する語の如きは、實に雄大森嚴を極め、英國詩人中殆ど他に其比を見ざるなり。又たカインが其妻アダと共に我子を寵愛する趣の記載の如きは、實に温和美麗なるものと謂ふべし。シエレーは此詩に就てバイロンを謂ふて曰く『バイロンはミルトン後の無雙の大詩人なり』と。スコット此詩を評して "Grand and tremendous drama(宏壯雄大なる劇)と云へり。トーマス、ムーアも亦評してバイロンに與ふる書に曰く、「カイン」は實に驚くべきなり、其恐ろしさ決して忘る可からず。若し余の見にして誤らずば、一方には不敬神として排斥せらるべしと雖、世界の人心に徹底して永久に存すべし。而して萬人其壯大雄偉なるに感じて、「カイン」の前に平伏すべし。エスキラスと其プロメテオスとは、實によく詩人と惡魔との結合したるものなるに、足下のカインは|眞其《まつそ》の如きなり』と。ゲーテは此の書を以て空前絶後の大著述となし、英國文學中亦他に之を比すべき高尚のものある無しとせり。而してゲーテはエッケルマンに英語を學ばん事を勸めたり、これ只だ『カイン』篇を讀ましめんが爲めなり。されども其耶蘇教を攻撃するの甚しきより該教徒は之を以て有害の詩なりとなし、不敬神なりとし、靈魂死亡を説くものとなし、非常に之を攻撃す。故に批評其當を得ざるること頗る多し。 後『カイン』を僞版したるものあり、然るに法官は出版書肆を保護することなく、全然之を放任せり、又以て此書の或一部の人より惡まれたるを知るべし。バイロン怒りて曰く『實に奇なり、政府はプリエストレー、ヒユーム、ギボン、ボリングブローク及びボルテール等の出版を許可して書肆の權利を害することなしと雖も「カイン」の權利は之を保護せざるなり』と。 同年十月『天地』篇成る、これ亦耶蘇教の攻撃にして、ヤペテの博愛的厭世を寫したる、悲壯にして高尚なる大文子なり。『眞鍮時代』は一千八百二十三年の一月に出で『島』篇は同年二月に出づ。 『ロバート、サウゼーは詩人なり、月桂冠詩人なり、』──と。これバイロンがサウゼーを冷笑せる語なり。而して今其詩才をバイロンに比較する時は、彼れのバイロンに劣るや數等にして、殆ど比較すべからざるなり。然るに彼れ自己の力量と才能とを計らず、敢て攻撃をバイロンに試む。サウゼー素と詼※[#「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74、譃]機才無し、之れ第一バイロンに及ばざるの點にして、彼れたゞ小兒の如きのみ。而て自己の力量足らざるを世に示して、却て傍觀者の笑ひを買ふ。バイロン諷刺を以て彼を嘲弄し、サウゼーの背教、權謀、及び讒構的の月桂詩人なる事を公言して憚る所無し。一千八百二十一年、サウゼー『審判の幻像』を出版し、緒言中にバイロンの『ドン、ファン』を攻撃して、最も恐るべきの嘲弄と猥褻なる事との結合なりとし、バイロンを以て「サタン派」の頭領なりと呼べり。バイロン之に應へて、サウゼーを以て臆病怯懦にして、死を恐れ、辛くも幻像に由りて、慰安を得たるものなりとす。バイロン亦自己の『審判の幻像』を著はし。耶蘇教を攻撃し。又たサウゼーを嘲弄し英國の宗教界を罵倒し毫も借す所無し。内に聖テテロをして一塲の滑稽を演ぜしめ、聖書中の記事を根據として彼をして天國の門番たらしめ、手に|錆鍵《さびかぎ》を持ちて居睡せしめ、又ヂョーヂ三世の天國に行きしときの状情を記し、ペテロの朴吶、其昔しゲツセマネの園に於て、劍を以て人の耳を斬切せしことを想起せしむるなど、其状觀るが如く、思はず吾人をし抱腹絶倒せざるを得ざらしむ。其極端過激の甚しきより、マーレー及びロングマン等は其出版を謝絶せり。一千八百二十八年之を雜誌『リベラル』に掲載す。此詩英國人の心量以外に出で、出版人ジヨン、ハンターは罰金百「ポンド」を科せられたり。然りと雖吾人今まサウゼーの幻象を繙く時は、彼れこそは却て其宗教の神聖を褻涜せるものなるを知るなり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第七章 ピサ及びゼノアに於けるバイロン [#ここで字下げ終わり] ギッチョリ夫人の父ガンバ伯はイタリア獨立運動に携はるを以て、政府は之をローマニアに於けるカルボナリの首領なりとし、保安條例を以ててラヴェンナを去らざる可からざらしめたり。 ギッチョリ夫人は其夫より離婚に非ずして別居し居たるが、ローマ法王の裁判に由れば父の家に住するか然らざれば尼寺に入らざる可からざるなり。而して此度、父ガンバ伯はラヴェンナを去らざる可からざるも、夫人はバイロンと離るゝことを好まず、されど父の家に住せざらんか、尼寺に入らざる可からず、茲に於て人を介して「離婚」の事を取り計らはじめたり。之れ一千八百二十一年九月上旬なり。 ガンバ伯ピサに至りて住す。バイロン亦ピサに至りて住することゝなせり。然れどもラヴェンナよりピサに行くことはバイロンの好まざりし所なるが、たゞガンバ伯とギッチョリ夫人との關係に由りてピサに行きしなり。 バイロンのラヴェンナに在るや、人々に善を爲し、社會を益したるや少々に非ざりしなり。バイロンの心情の善なることは、其天才の偉大なるに決して劣らざりしなり。其ラヴェンナを去るや、實にこれラヴェンナの不幸たりしなり。 ギッチョリ夫人のラヴェンナよりピサに至りしは一千八百二十一年八月にして、バイロンの來り住すべき家にとてランフランシ殿の準備を監督せり。ランフランシ殿は當府中最も古代より存せる、又た廣大なる建築たりしなり。バイロン移りて此に居る。家僕、車馬、犬、猿及び鷄等も亦携へて至る。マーレーに與ふる書中ランフランシ殿のことを記して曰く『余は當時に於て、アルノ河岸に有名なる古昔封建時代の一大宮殿を得て住家となせり。此家は十分保壘となすに足るものにして、地下には牢獄あり。壁には小房あり、而して又た多くの幽靈も住居せり。 『余の從僕にして學問あるフレッチャーは室を變ぜんことを要求せり、何となれば、其室は他の室よりも幽靈の數多きに由ると云ふ。實に此建築中には、一種異樣の音響あるは事實なり。(古建築には皆な之れあり)此くて我從僕は余に願ふ所ありしなり。此家はランフランシ家のものにして、其當時の家主中には、最も猛惡なる一二人ありしなり。 『此等幽靈は余自身は未だ見もせず、又た聞きもせずと雖、他の者等は、數々異樣の音を聽きたりと云ふ』と。フレッチャーは天井裡に皿の回轉する如き音を聽けりとて恐れ居りしなり。 ピサにはシェレー及び其他數多の英國の友人居るあり。ピサに於けるバイロンの起居は、朝晩く起き、午後客に接し、玉突きをなし、馬に乘り、「ピストル」を放つを以て樂みとなす。其遊ぶやシェレーと共にす。「ピストル」の術の巧みなるに至てはバイロン、シェレーに勝れり。バイロン又た夏期の遊びの爲めに一小艇を建造せり。ソマーセットシャイアに住せる一紳士シェパード氏より來状ありしは殆ど此時なり。其來状とはシェパード氏の妻死せし後、二周年忌に於て妻の書類を調べし中に、妻は私かにバイロンが道徳に進み、耶蘇教にかへり、精神の平和を得んことをバイロンの爲めに祷りし文のありしを發見し、其書を封じてバイロンのピサに送りしものなり。バイロン返書に丁寧に其親切を謝し、シェパード氏を慰め、彼の妻の徳を美とし、其バイロンの爲めに祈祷せる厚意の貴きはホマー、カイザル及びナポレオン等の名譽の結合せるにも代ふること能はずと云へり。 バイロンの女アダ本年十二月は六歳なり、バイロン遙かに在りて之を懷ふの情禁する能はず、マーレー氏に由りアダの肖像を得んことを求む。バイロン夫人肖像に添へて※[#「髟/兵」、第3水準1-94-27、鬂]髮を送る、バイロン見て己れに似れるを喜ぶこと限りなし。又たブレッシントン夫人に由てバイロン夫人の肖像を得んことを求む、(故ノエル夫人(即ちバイロン夫人の母)有したり)ノエル夫人遺言して之を否む。且ノエル夫人はアダをして其父の書をすら見ざらしめたり、故にアダは全く父の關係を知らざりしなり。〔然るに此後(バイロンの死後)アダの死する一年前、一日ウイッドマン、アダをニューステッドに招き、詩を讀み聞かせり。アダ大に之を喜び誰の作りし詩なるやを問ふ、ウイッドマン壁額のバイロンの肖像を指さし、アダの父たることを示めす。アダ初めて父を知り大に感じ、父の室中に閉ぢこもりて父の詩を讀み、初めて父が深く己を愛せることを知りたり。 『チャイルド、ハロルド』第三齣の初めに愛女アダを詠み込みて曰く [#ここから2字下げ] 『汝の容貌は汝の母に似れるか、我が|愛《うつく》しき子、|我家《わがや》と我心との唯一の女アダよ。我れ分れ來し時には汝の若き青き眼はほゝゑみたり。而して我れ今の如きに非ずして、再び逢はんとの希望を以て分れたり』 [#ここで字下げ終わり] と。此後久しからずしてアダ死す。アダ死の近きを知り、ハックノール寺の父の側に葬らんことを願ふの文を書けり。〕 一千八百二十二年三月バイロン等乘馬して郊外に出遊せる時騎兵の一醉漢來りて其同伴中に亂入し、誤りてか或は故意にてか其内の一人を馬より落したり。バイロン怒りて騎兵を追ひ遂に捕へて役人に渡せり。其物音を聞きてランフランシより家僕等戸外に出でゝ之を見たり。而て騎兵の言ふ所は甚だ確實ならずと雖、「ランフランシ」の家僕の一人の暴行に由て騎兵は痛く傷つけられたりと云ふ。其事の審問の末ガンバ家は遂にトスカナに住すること能はずなり、友人等は離散し、シエレー及びトレローニー等は移てスペツチア灣のほとりに住し、バイロンはテレサと共にレゴールンの濱邊に移る。 同年四月二十二日バイロン、私生兒アレグラ死せりとの報に接す。初め此報知を得たる時は、全く支躰の力を失ひて平伏横臥せるのみにして、翌日口にする所は『アレグラは死せり、されども我等よりは幸福なり。これ神意なり。我此事に付ては語ることを止めん』と。其遺骸は之を英國に送り、マーレー氏に葬儀の事を委托し、バイロンの少時常に往きて遊びし所のハーローの|楡《にれ》の木の下に葬るバイロン碑文を作りて曰く [#ここから2字下げ] 『我は我子を追ひ行けど、 我子は我に歸り來ず』 [#ここで字下げ終わり] と。バイロンの子に對するの情の深き見るべきなり。 バイロン艱難及び悲哀の事に遭遇する毎に必ず其姉レー夫人を懷ひ起せり。常に曰く『英國の地平線上に輝く一點の光輝はたゞ彼女の愛情あるのみ。我れ過つ時は彼女益々我を憐れみて忠告す』と。甞て其の姉に與へたる詩に曰く [#ここから2字下げ] 『我運命は轉變し、我愛は遙かに去り、憎惡の矢は迅速に集まり來るの際に於て、汝は唯一の希望の星にして、決して永久に光を失ふことなし』 [#ここで字下げ終わり] と。又た常に人に語て曰く、レー夫人はバイロンを呼びて "Baby Byron"(べービー、バイロン即ちバイロンぼつちやん)と云へりと。 バイロン當時南アメリカに移住せんと企て其地理に就て調査する所ありたり。其意別に深き意味あるに非ず、只だ獨立して氣樂に生活せんとするにあるのみ。然るに此事單に企圖にとゞまりて止みたり。 アメリカの軍艦に招待され、歡待され、又たウエスト氏に自己の肖像を書かしめしは此時なり。 バイロン英國を驅り出され、英國を憤るの心ありと雖、英國は尚ほ故國なり、怨慕の情なき能はず、又た若し能ふべくんば英國人心を改良進歩せしめんとの意あり。茲に一種の望みを起し、自ら文學世界の首魁となり、文學界の大革命を行ふの發動者となり、イタリアより英國の人心を支配する事、猶ほボルテールが外國に在てフランスに爲したるが如くせんと欲し、レー、ハントの助けに由り、月刊雜誌『リベラル』を發行す。然るに茲に一大不幸こそ起りたれ、即ちシェレーの變死是れなり。シェレー常に舟遊を好む。一日レゴールンより小舟に乘り、一友と舟子と共にピサに歸らんとして、スペツチア灣に來りし頃、一陣の暴風吹き來て舟を覆へし、三人共に溺死せり。翌々日シェレーの死躰海邊に打上げられ、土地の法律に從て火葬せり。バイロン遺灰をローマなる新教の墓地に|埋《オサ》む。嗚呼シェレーは當時有爲活溌の詩人にして、英國人民の僞善因循を攻撃し、眞率、誠實、燃ゆるが如きの感情を以て、高尚有力にして美麗なる精神を歌ひ、其哲理及び其感情を以て、共にバイロンを提携し、バイロンを吹鼓したるに、今や不幸にして夭死す、悲ひかな。バイロン爲めに慟哭す。而して曰く『世界は惡しゝ。彼は死せり。世は彼を誤解す。彼等の如きは現在の哲學及び壓制を打破るに必要なり。援劍せよ、戰はざる可からず』と。雜誌『リベラル』も漸く一二箇月を支へしと雖も、種々の災厄の爲め、遂に廢刊するに至れり。 バイロン又たピサに歸りしと雖も巡査の迫害に由てゼノアに移りガンバ伯と同一の家に住す。此家は政治運動上安全なるものなり。バイロン一時ギッチョリ夫人の忠告に由て中止し居たりし『ドン、ファン』の稿を繼續し、六卷より十六卷に至れり。されども遂に完結に至らざりき。『ドン、ファン』は元來諷刺的のものにして英國人の僞善を攻撃するにあり。其據りし所の材料は、イスパニア古代の人物ドン、ファン(英語讀みにてはドン、ジュアンとす)を主人公とせるものなり。ドン、ファンは十六歳の美少年なり。他人の妻ドンナ、フリア(二十二歳)と云へる美人に愛せられ、遂に大破裂を來し、外國に旅行して其恥辱を避けんとし。途に難船して海に漂ひ、辛くも泳いで一小島に上り、海賊の女たる美麗なるハイデーに助けられて無邪氣の愛を盡くし居たるが、ハイデーの父の知る所となり、賣られて奴隸となり。女裝してトルコの妻妾室の中に起臥し、其中の女と異しき行をなし。事發露して遁れてロシヤの軍隊に入り、時の女王エカテリナ二世の寵幸を得、人々より其勢力を羨まれ、英國に使ひして滯在せるの時、他家園中の花に情の露をそゝぎたるなどの事あり。バイロン其傳を叙して十六卷に至る、已に非常の長編の詩なりと雖、未だ完結せるに非ざるなり。而して此詩、格言名句夥しく、人生の問題に就きて審理を語れる事實に吾人の意表に出づ。バイロンの性質多く此書に表はる。『フアン』はバイロン其の人なりと云ふ可し。余甞て人の爲めに『ドン、ファン』第一齣百九十二節より百九十七節までを譯す、即ちこれドン、ファンのイスパニアを出立せんとする時、其情婦ドンナ、フリアより與へたる送別の書状なり。左に記せるもの即ちこれなり。 [#ここから2字下げ] 『一筆しめしまゐらせ候。ほのかに承り候へば、あなた樣には愈々御出立に定まり申候由、まづは宜しきことゝ存じまゐらせ候。されども妾に取りては輕からざる苦しきことにて候。此後妾事、決しておん前さまの|若《わか》やかなる御情を被ることは叶ひ申さず。たゞ妾の心は|犧牲《いけにへ》に供せしものと存じまゐらせ候。妾の用ゐ候術は、たゞ一意に熱心におん前樣を愛し申しゝことに候ひしなり。此の手紙は人目をぬすみて走り書き致し候ものに御坐候へば、若し紙面によごれたる所も御座候ふともそは外目に見ゆる如き意味のものには御座なく候。妾の眼は燃えて熱し居り候へば、涙と申すものは、少しも無之候。 妾のおん前樣を御愛し申す此愛情は、國も、位置も、天も人も、亦妾自身の身分をも失はせて、而も少しも惜しと思ひ申さず。過ぎにし夢の思ひ出は、まことに得がたく貴く覺え申し候。自ら誇るには無之候へども、若し妾自らの罪を申し上ぐるとならば、妾自ら其身を判決するよりも嚴しく判決し得る者は無之候。妾の心は、|得安《えやす》み申さず候故、此手紙を認め申候。妾は自ら怨みも致さず、また要むることも御座なく候。 男子の愛情と、其生命とは別物に御座候へども、女子の愛情なるものは、女子の全生命に御座候。されば男子の御方は、或は朝廷に、或は戰塲に、或は寺院に、或は海上に、或は商業に─或は劍、或は衣冠、或は苦痛或は名譽─是等は其交換として自慢、名譽、及び大望等の念を生じ、以て男子の胸を充たすを得べく、誰しもこれに洩るゝ者はなかるべしと存候。此くの如く男子は凡て是等のものを持ち得ることに候へども、我等女の身に在りては、たゞ一つ、再び愛することあるのみに候。されども再び愛することはもはや叶ひ申さず候。 おん前さまには、此後とてもいと樂しく、多くの婦人に愛されつ、また愛しつゝあらせらるべけれども、妾は是等のことは、此世にありての望みは全く絶えはて、たゞ此後數年と云ふものは、我身の耻と悲しみとを自らの心の奧深く隱くしおくことのみに御座候。これ尚ほ堪へ得らるゝことに御座候へども、なほ棄て去り難きは以前の如く猛り狂ふ情緒に御座候。されども、今は別れを告げ申さん。妾をゆるし、なほ此後も愛し玉へかし。あゝ、否々此言葉は今は益なき言葉なるぞまことにくやしく存候。然し、儘に御座候。 妾は實にふがひなく弱く候ひしが、今もなほ其如くに御座候。されども尚ほ放散せる妾の心を集め得べしと信じ居申候。妾の血は、なほ妾の心を定めたる所に突き進み申すことは、宛も風吹く方に浪の激して進むが如くに御座候。まことに女の未練さに、只だおん前さまの姿のみ、寢てもさめても忘るゝこと能はず、たゞ戀にこがれ居申候。たとへば如何に磁石を振り動かすとも、其針はなほ北極を指せるが如く、如何に狂ひ候ふとも、妾の、これと定めしおん人さまに、妾のなつかしき切なる情は指し向ひ申候。 妾は、此上、もはや申し上ぐべきことは無之候へども、いまだに此手紙を封ずることをためらひ申候。妾は、爲すべきことは、爲し申すべく、妾の受くべき不幸は未だ十分に御座なく候。若し悲しみが妾を殺し呉れ候ひしならんには、妾は今までながらへ居らざりしなるべきに、好みて死なんとする者は、『死』は嫌ひて避け申候。されば惜からぬ|生命《いのち》をも此の最終の御別れの言葉の後までもながらへて、玉の緒絶ゆる時まで、なほおん前さまを戀ひ、おん前さまの爲めを祈らねばならぬぞ是非もなき次第に御座候。先は取り急ぎあら/\かしこ。』 [#ここで字下げ終わり] 此書の性質大抵右の如し。爲めに攻撃八方より起り、サウゼーは恐るべき嘲弄と猥褻との結合なりと評し、(前に記せり)『ブリチシュ、マガジン』は『彼の貴族たる品位を落すものなり』と云ひ『ロンドン雜誌』は『墮落の諷刺』と稱し、『ブラックウード雜誌』は『人性の善良なる情を蹂躙す』と云ひ、ジェフレーは『道徳の實在を破壞するものなり』と云へり。 然りと雖も、之れバイロンが世間に觀たる見解にして、社會及び人性の此くの如きを如何にせん。彼れ敢て此くあれと云ふに非ず、事實此くありき、又た此くあるを云へるなり。スコット眞情より此詩を稱美して曰く『「ドン、ファン」はシェキスピーアの如く多趣なり。「チャイルド、ハロルド」及び其他バイロンの以前の最美の著作なりとも、此詩中に散在せるが如きの美あることなし』と。シェレーは曰く『余は一新體を以て時勢に關することを詩とせんとせり、而して彼れ之を爲す、而も其美たるや思ひに超へたり』と。ゲーテは素よりバイロンびいきの人なり、其『ドン、フアン』は最も賞美する所なり。而して獨逸人は多く『ドン、ファン』を好む。否々單に獨逸人のみに非ず、フランス人テインが如何に此書を稱揚せるやを見よ、曰く『バイロンは赤裸の眞理を明示し、人をして人間の最醜なる部分をも知らしめんとせり。人生は空なるのみ。學術は不完全なり。宗教は儀式以外果して何物かある。人は詩を以て神聖なるものとなすと雖、バイロンに取ては神聖に非ずして宛も蔽衣の如し。ハイデーの眞情の最も眞面目に感ずべき時に於てすら、彼れ尚ほ滑稽を交ふ。初めはファウストなり、後にはメフィストフェレスなり。其温和なる眞情を表はす時にも、或は殺戮の悲慘なる塲合にも、尚ほよく諧謔の言を爲す。而て「ミユーズ」を笑ひ。「ペガソス」を嘲り、万物を笑ひ去りて何をか殘す。只彼一人此破滅中に立て自己の記憶、忿怒、嗜好及び持論を語るのみ。彼の詩は想像豊富にして花を感情及び思想に咲かせ。悲哀、喜樂、高尚、卑陋等相推し相交りて存す。彼れ今神聖なることを談ずるかとすれば、忽然一轉滑稽雜談等に移り、而も其圓滑なるを以て吾人其の機轉する所を知らず、吾人の心は只だ彼と共に知らず識らずに飛び行くなり。彼れ此の才智を有し、新鮮なる智識、觀念及び想像を地平線の八方より集聚す、吾人は其奇拔輕快なるに恍惚とし、際限あるを知らざるなり』と。言を極め、文を盡して稱揚讃美せり。 バイロン今や殆ど人生の觀察を終りたり。旅行に倦みたり、放蕩に疲れたり。詩亦樂しむ所に非ず、又其詩才も漸く退潮に向はんとせり。 然りと雖、彼れの如き活動不息の能動力を有し、彼れの如き功名心に充てるバイロンにして、安んぞ無味單調なる生活を爲し、文筆塲裡に老耗することを爲さんや。今や其内部の撥動力は彼を驅りて實行活動の人とならしめたり。イタリアの獨立運動に應援し、身をグレシアの獨立軍に投じて指令官となるが如き、實にこれバイロンに相應はしき、新方面の大事業となす。 彼の詩や偉大なり、然りと雖、此新活動や又た一層高尚にして偉大なりと云ふべし。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 バイロンの詩人としての生活は、殆ど此に一段落を告げたるものなり。之れより後はバイロンの生活は政治家たり、又た英雄たるなり。余は今ま英雄としてのバイロンの生活の記事に進入するに當り、暫く此に歩を止めて、詩人としてのバイロンの思想文學及び哲理等を一瞥せんと欲す。 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 第三編 バイロンの思想、文學、哲學 [#ここで字下げ終わり] チャイルド、ハロルドたりしことあるバイロン、素より天地觀及び自我論あるべきなり。彼れ種々の境遇に在り、又た無限の迫害を被りたり。此に於て不平及び厭世の言あり。彼れ耶蘇教徒の不人情なるを憤れり。此に於てカインとなり、ルシファーとなりて耶蘇教徒の不人情を鳴らせり。バイロン又たサルダナパルスたり、ドン、フアンたり、而して快樂を以て人生の目的となす。バイロンは美男子なり、多くの婦女子に接し、又た愛されたり。此に於て女性及び愛戀觀を得たり。彼れチヤイルド、ハロルドとなり、ドン、ファンとなりて世界の種々の方面に旅行し、人情道徳風俗を觀、其結果として道徳觀を得たり。社會はバイロンを迫害せり。内に彈力に富めるの彼れ、其力感と反抗的精神は、彼をしてサタンたらしめ、又た海賊的たらしめたり。 バイロンの思想及び哲理は概要此にあり、之を中心として彼の詩は生じたるなり。 [#ここから4字下げ] 第八章 天地觀及び自我論 [#ここで字下げ終わり] バイロン、其性放縱なり。自ら人に謂ふて曰く『余はチャイルド、ハロルドたりし時日よりも、ドン、ファンたりしこと、其年月長きなり』と。然り、バイロンは寧ろドン、ファン其人なりと云ふべく。肉欲に放縱し、以て一生の多くの時間を費やしたり。然りと雖其胸裏には高尚雄大なるものありて存し、其若かりし時にはチャイルド、ハロルドとなりて宇宙自然の宏大なるもの、美麗なるものを觀じ、高尚なる情想を以て、天地を愛したりなり。 然りと雖、バイロンは人生の僞善に富み、競爭甚しく、衝突至る所にあるを經驗して、人間社會を以て好ましきものに非ずとなし、又た一方には天地自然の莊嚴優美なるを觀じ、時に人間社會を脱出して、自然界に於て身心の靜穩平和を得るを以て善なりと感ずる時あり。而して其自然を觀ぜる時に於ては、バイロンの人物や、純潔高尚なるものたるなり。 バイロンの天地自然を愛するや、其情實に親密なるものにして、眞に以て友となし自然と共に語り、其言語は、人間の言語よりも明瞭なりとなす。 バイロンたるチャイルド、ハロルドは、自國の人々に何となく迫害を被りたり、心中素より平ならざるものありて、一方には社會人生に向て正面的攻撃と解躰的批評とを加へて其不滿を漏らせしと雖、亦時には人間社會を脱して靜かに其平ならざる心を休め、以て聊か心をやりしなり。 バイロン天地を家とし、山川河海を友として之れと言語を交ふ。彼れの感情の盛なるや、自家の主觀的に感ずる所の情は、其身躰より溢れて、流れ出で、以て自然萬物に瀰漫し、自然を情化して以て生氣あること自家と同一なりと思ふに至れり。之を以て曰く [#ここから2字下げ] 『星も山も生けるに非ずや、岸打つ波は精神を有せざるか。露滴も洞窟も共に幽默なる涙を流すの情無きか』(島篇十六) [#ここで字下げ終わり] とバイロンに取りては、是等皆情あり意あり、彼れ之を愛せば、是等も亦彼を愛す。之を以て、バイロンの往く所皆なその家なり、接する所、皆其友なり。然り彼れの最も親しき友たるなり。 [#ここから2字下げ] 『山の高き所、彼の朋友あり、大洋怒濤の逆卷く所、其上彼の住所あり。天晴れて蒼く、氣候和煦なる所、彼れ其所に逍遙するの力と情とを有す。沙漠も洞窟も又波濤も、彼に向ては皆な朋友たるなり。彼等は其語を以て語ること人間の言語よりも明瞭なり。自然の文字は日光に由て湖面に寫影せらるれて存すればなり。』(ハロルド三の一三) [#ここで字下げ終わり] と。此くて彼れ天地と親密なる關係を結び [#ここから2字下げ] 『山及び星辰、及び宇宙の活靈を友として、それと共に談話せり。宇宙も、山も星も、亦彼に魔術を教へ、彼に向て「夜の書」を繙き、幽玄よりは聲ありて宇宙の嘆驚及び其秘密を啓示せり。』(夢八) [#ここで字下げ終わり] バイロン夜を好む。其森嚴なる趣を愛するなり。「マンフレッド」が夜に當りて獨り其感に堪えざるを寫せるは、之れ即ちバイロンの意を寫せるものなり。バイロンに取りては、夜は人間の容貌よりも親しとなす、曰く [#ここから2字下げ] 『星は進み、月は雪山の戴きに輝く─美なり。我れ自然と共に逍遙す、何となれば夜は人間の容貌よりも親しければなり。而て星光微かにして、蔭ほの暗き所に於て、吾れ他界の言語を學べり。』(マンフレッド四) [#ここで字下げ終わり] と。『夜の書』及び『他界』の書、嗚呼何ぞ陰欝厭世神秘の甚しきや。夜の美は吾人之を愛す、然りと雖、陰欝なる神秘的感情を此間に起こすは吾人之を好まざるなり。 バイロン素より時に此くの如き陰欝にして病的の感情を起こすことなきに非ずと雖、之れ一時マンフレッドたりし時の感に過ぎず。其チャイルド、ハロルドたるに於てや、彼れの夜の觀相は極めて健康にして且つ美麗なるものたるなり。 夜は深し。宇宙の夜に當り、一人此處立ちて、其高尚森嚴にして、又た無限なるを觀て誰か神氣を高めざるものあらんや。チャイルド、ハロルド觀ずらく、 [#ここから2字下げ] 『星辰これ天の詩なるかな。汝の輝く紙面に於て我れ帝國及び人間の運命を讀む。我れ偉大ならんと感奮せるときは、吾人の歸向する所は、此肉躰を脱却し、以て汝と同躰ならんとするにあり。實に汝は美麗なり、又た神秘なり。而て遙かに在て愛情と敬意とを我が心中に起さしむ。吾人運命、名譽、權勢及び生命等は皆な稱して「星」と謂ふ。 天地寂莫。これ眠れるに非ず。されども萬物呼吸を收む。吾人の深き感情に熱中せる時の如し。寂たり莫たり吾人の幽玄なる思想に沈める時の如し。天地萬物寂莫たり天上の衆星より靜けき湖水、山なす岸邊に至るまで、皆な強盛なる生活に於て一統せり。一條微細の光線も、空氣も樹葉も一として冷々たる無く、皆な造物者及び防護の存在及び感情を分有す。 此の寂莫に獨居して嚴肅「無限」の感情起り、眞理は我躰に溶解流入し、以て我が「本我」を清む。嗚呼これ音樂の|調《しらべ》なり、精神なり、又た源泉なり。而て人をして大調和を知らしめ以て嬌美を注ぎ、宛もサイテレア(女神)の帶の如く、美を以て萬物を連結し我をして死を恐るゝの念をも去らしむ。 古代のペルシヤ人が神机を高山の頂上に設けたるは、豈意味なからんや。此處に墻壁無き殿堂に於て大精靈を求めたり。而て人工的の祭壇は此かゝる高大なる禮拜に向ては微弱なり。社殿の梁柱、偶像の家屋、「ゴチック」式の伽藍、或はグレシア風の神殿等と、此の自然の崇拜處たる地球、空氣及び墻壁を以て祈祷を限らざる所のものとを比較せよ。』(チャイルド、ハロルド三齣八八、八九、九〇、九一) [#ここで字下げ終わり] と。此句は『チャイルド、ハロルド』中、有名なるものなり。此感情、此精神、之れやがてバイロンに取りての宗教なり。彼れ宇宙の大調和に融合し、此に安心立命す。彼の宗教家等が、區々として殿堂を建て、信條を作り、以て其感情と信仰とを限り、以て得々として自縛するが如きの比に非ざるなり。バイロン此『深玄なる思想を以て自然を崇拜』せり。嗚呼仰げば肅々たる天躰何ぞそれ森嚴にして宏大無邊なるや。 天候變化せり。然り、 [#ここから2字下げ] 『天候變化せり。甚しいかな、此くも變化せるや。嗚呼夜及び暴風、及び闇黒、汝の強力は驚くに堪へたり。されども強力なりともその愛らしきことは、宛も女子の黒き眼の光の如し。峰より峰に亘り岩間には活雷殷々として轟き、衆山皆な口舌を有して言語を爲す、ジュラ山は其濛々たる雲霧の中より、樂しけなるアルプス山に呼び對ふ。』(チャイルド、ハロルド三の九二) [#ここで字下げ終わり] 寂莫たる夜─星辰空に輝かきたる夜は、忽ちにして變化して、激しき夜とはなれり。活雷殷々たり、電光閃々たり、山嶽爲めに鳴動す。嗚呼天候の變化甚しいかな。然りと雖、其寂然たる夜を好みたるバイロン、又た其「力」の發現たる恐ろしき夜景を好む。曰く [#ここから2字下げ] 『之れ實に夜に於て存す。最も光榮ある夜、汝は睡眠の爲めに作られたるに非ず。我をして、汝の恐ろしさと、且一層の樂しさとを受け得しめよ。即ち暴風及び夜の樂しさ之れなり。湖面は輝き海上には燐火燃え、篠突く雨は、舞踏して地上に來れり。忽ちにして暗黒となり。又た忽ちにして衆山聲を揚げて樂しむ。宛も之れ若き地震の生誕を欣賀するが如きなり。』(仝九三) [#ここで字下げ終わり] バイロン自己の胸中を暴風に比して之に同情的疑問を發して曰く [#ここから2字下げ] 『嗚呼汝暴風よ、汝の目的何れにかある。尚ほ人間の胸中に欝屈するが如きものなるや否や。或は鷲の如く他に高崇なる巣を發見せるや』(仝九六) [#ここで字下げ終わり] と。嗚呼暴風の胸中(もしありとせば)恐くはバイロンの胸中の如きものなるべし。暴風意あらば必ず云はん、我胸中は汝バイロンの胸中なりと。 バイロンの思想は力に充てり、故にアルプスの高山を見ては、 [#ここから2字下げ] 『地は如何ばかり天を突き得るやを示めす』(ハロルド三の六二) [#ここで字下げ終わり] ものなりとし、人間をして下に在りて、後に瞠若たらしめ、空しく其高きを仰がしむるに比し、以て自然の莊大なるを敬畏せり。 バイロン此くそれ力の感に充てり、又た欝勃たる不平胸中に蟠屈す。之を吐露せんには如何なる言語を用ゐんか。如何なる言語かよく一時に之を爆發せしむることを爲す。雷霆霹靂、の一喝あるのみ。曰く [#ここから2字下げ] 『若し最も深く我胸中に存せる所のもの─感ずる所、知れる所、精神も、感情も、又た思想も、一切心中に存する所、大となく、小となく、強となく、弱となく、凡て我欲する所、求むる所、堪ゆる所、知る所、感ずる所、盡く之を一語に含蓄せしめて之を發表することを得ば、且此一語にして雷霆ならんには我れ語らん。然りと雖、余は現在あるが如くにして此く生活し、人に聽かるゝことなくして死し、無聲の思想を持すること、宛も利劍を鞘中に藏するが如くならん。』(ハロルド三の九七) [#ここで字下げ終わり] と。然り、雷霆霹靂の大喝、之れ不平を一時に爆裂せしむるに最も適當せるものとなす。 天地陰あり陽あり、靜あり動あり、今や夜は去り晝は來る。陰闇たる暗黒、恐ろしき電光は影を收めて笑ましき朝となる。 [#ここから2字下げ] 『朝は再び昇れり、露けき朝。其呼吸は|馥郁《かほ》り其頬は花咲きつ。いと樂しげに雲霧を吹き去り、宛も地は墓を有せざるが如し。而て晝となり吾等再び生存の途に進軍す』(ハロルド三の九三) [#ここで字下げ終わり] バイロン此く自然を愛し、自ら自然と合躰し、時に暴風たらんことを希ひ、又た時に天躰其物たらんことを思へり。 此くて天地の美と大とに打たれて、恍惚として我を失ふこと數々なりき。彼れ此く自然を愛せば自然も亦彼を愛して [#ここから2字下げ] 『其範域中に我を抱き、此泥土の身を溶解し、以て自然の大海に冥合せしむ』(『島』篇一六) [#ここで字下げ終わり] となす。天地と合躰して我は我を失ひて天地其物となるなり。 バイロン天地と合躰することを云ふに二樣の立論あり。一は凡神論的にして、天地萬物の躰の一なる點より云ふなり、他は唯心的にして。天地萬物を自家の精神中に收入して一躰となるか、或は「我」を忘れ、之を無にし、其心念は天地萬物に吸入せられ、我身を以て天地萬物の一部となすかにありとなす。 『カイン』篇のカイン、仰て天躰を觀、俯して地を觀て、其美の感に堪えず、ルシファーに向て、此等天地も亦死すべきこと、猶人間の死するが如くなるやを問ふ。ルシファー答へ曰く、『汝等よりも永生なるべし』と。カイン喜びて曰く [#ここから2字下げ] 『我れ之を喜ぶ、我等天地の死せざることを望む。彼等實に愛すべし。抑も死とは何ぞや。』 [#ここで字下げ終わり] ルシファー答へて曰く [#ここから2字下げ] 『土地に溶解することなり』 [#ここで字下げ終わり] カイン曰く [#ここから2字下げ] 『地となることは我に取ては惡しきことに非ず、我遂に塵土に外ならざればなり』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] と。我とは何ぞや、元來泥土たるのみ。土より出でゝ土に歸る之れ一生なり。仰て天躰を觀、俯して地を觀る、高尚なり、美麗なり、死は我をして此の美と、此高尚とに合躰せしむとせば、カインの胸中に於ては、敢て土地となりて寂滅するも、恐ろしきことには非ざりしなるべし。──此くの如きは凡神論者的に、或は肉躰の點より我と天地との合躰を言へるものなり。 然らば我れ死して我躰の土地に溶解するを待つに非ざれば、吾人は遂に天地と融合すること能はざるか。何ぞ然らん。精神的に我れの「我」を無にするに於ては、吾人天地に合躰するを得るなり。元來我とは何ぞや。物質的には云はゞ我身躰之れ我なりと雖、精神的、哲學的に云ふ時は、觀念聯合作用の一の結果或は關係たるに過ぎす、決して靈魂論者(スピリチスト)等の云ふが如き、一の不變常住の「我」或は「心躰」なるものあるに非ざるなり。(此點我哲學論に屬す、今此に之れを略す、讀者幸に諒せよ) 我「心」は我の本躰なりとは一般哲學者の云ふ所なり。然りと雖、余は進みて分析せんに、心とは何ぞや。曰く觀念の來往なることヒユームの言の如し、心の實質は「念」なり。茲に於て吾人若し天地の念を以て心を充たし、之れに恍惚として他事なき時は、吾人の心は天地其物のみにして、吾人の「我」は天地其物となりしなり。 バイロン之を以て彼の靈魂論者、或は心躰論者の誤れるを云ひて曰く [#ここから2字下げ] 『此の我か戀々たる、而も誤信なる自我不變の念を去れ。天空の美を眺むるのとき誰か「我」を思ふ者あらんや』(島篇一六) [#ここで字下げ終わり] と。然り、我天空の美を以て心を構成せる時は、我の本躰は天空の美たるなり。此くの如きに當りては、彼れは [#ここから2字下げ] 『地球に住せずして其恍惚(エクスタシー)に住す、彼れの周圍には、時日も世界も無意識に經過するなり。吾人自然界を讃美せるときは、一切の時間を忘却す』(同) [#ここで字下げ終わり] と云ふべきなり。花を愛づる時は、花は心なり、心は花なり、然り花は我なり、我は花なり。『タッソの悲哀』中タッソが其愛せる女を念ふ時の言に曰く [#ここから2字下げ] 『我は我を失ひ、全々汝に呑入せられ世界亦消滅す。汝は我に對して實に世界をも打ち壞れるものなり』 [#ここで字下げ終わり] と。タッソの此瞬間は、全く愛女其物となれるなり。我あるに非ず、愛女あるのみ。天地を愛せるバイロン、其瞬間は全く天地の美其物の外あることなし。此に於てバイロン曰く [#ここから2字下げ] 『山も波も皆な我精神の部分たること、猶ほ我(身躰)が天地の一部たるが如きに非ずや。』(ハロルド三の五七) [#ここで字下げ終わり] と。凡神論と唯心論との結合して天地と我との合躰するを言へるバイロンの有名なる句に曰く [#ここから2字下げ] 『我は我身に生活せるに非ずして、我周圍のものゝ一部となれり。而して我に取りては高山も感情なり。然りと雖人間の作れる都市の騒ぎの聲は我れの苦しむ所。我れたゞ肉躰的連鎖の結繩を以て、動物中に分類さるゝを嫌ふの外、我精神は自由にされて或は蒼空、或は峰嶺、或[#「或」は底本では「式」]は大洋、或は星辰等と合躰するは我が毫も嫌はざる所なり。 此くて我れ天地に呑入せらる、これ生命なり。我れ過去の人間界は、宛も苦悶と紛爭の塲所にして、我は或る罪科に由りて、或は悲しみ、或は勞苦せざる可からざる爲めに、此塲所に投置せられたるか如しと觀ず。然りと雖、終に新鮮なる翼に乘じて、たとひ若しと雖強壯なる勢力を以て、樂しげに、陣風の如く飛揚して、我れの繋縛たる所の寒冷なる泥土たる我身を後に蹴棄つるが如きを感ず。 而して精神は蠅となり虫となりて人間よりも幸福に生くるの外、遂に全然此墮落したる肉躰より分離して自由となり、我を構成せる諸原素は、もとのまゝの原素に歸し、我塵土はもとの塵土に歸する時は、凡て我見る所のものは、其まばゆさを少うし、一層の温かさを以て感ぜられざるか。即ちこれ無體の思想、各處の精神には非ざるか。之れ今と雖、我等の、時に、獲る所の不朽の得分には非ざるか。 山も、波も、又た大空も皆我れ及び我精神の一部たること、猶ほ我は彼等の一部たるが如きに非ざるか。我心情に於て是等を愛するの深きは、純潔なる情には非ざるか。一切の物を是等に比較する時は、實に輕侮すべきかな。人皆其眼は只た地上にのみ向ひ、毫も高尚熱誠あることなく、困難多き、而も俗世界の冷淡なることに對して、此純潔なる感情を棄てんよりも、寧ろ俗界の苦勞に面することを爲さん』(ハロルド三の七二─七五) [#ここで字下げ終わり] バイロンの天地觀まさに之れなり、而して此時のバイロンの我は天地たりしなり。バイロン耶蘇教を攻撃す。若し強て彼れの宗教なるものを求めば、此所に彼れの宗教を得べきなり。バイロン此く天地自然に對しては全然無我の境界を説くと雖、一度自然界に背を向けて人間社會に立ち入るに於ては、強固不撓の『我』の念勃然として起り、主義を生じ、不滿を生じ、忿怒を生じ、輕侮を生じ、熱罵を生ず。而して其極遂に一種の不平的厭世の言をなすに至れり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第九章 不平及び厭世 [#ここで字下げ終わり] 古來自重自尊の念の大なるものにして、不平家ならざるもの盖少し。何となれば、此くの如きの人は讓歩、調和なるものを知らず、一意自己の思想を貫徹せんとするを以て、徹頭徹尾、一切の事に衝突を生ずるなり。衝突と云ひ、抵抗を云ふ、之れ皆不快の感覺の原因たるものなり。 若し至大至強の力を有したらんには、或は多くの抵抗に打勝ちて心に滿足を得べしと雖、意ふに人力には限りあり。意志の大なる者に向ては、抵抗は無數にして、到底一切に打勝つこと能はず、終りに至るまで不平は去ることにあらざるべきなり。而して茲に彼れ遂に所謂不平家なるものとなりて世間に遠ざかり、獨り自ら高しとするに至る。バイロンのチャイルド、ハロルドは即ち此種の人なり、彼れ尊大なり。 [#ここから2字下げ] 『自己の思想を他人に服從せしむることを知らず。其青年なるに當ては、彼れの精神は自己の思想に由て壓屈せらるゝことありと雖。彼れの意志に反對せる者に對しては、一歩も自心の領地を讓ることを爲さず。假令其身は零落すと雖も、神氣依然として尚ほ高く、自己の生命は自己の中に存せりとなし、獨り超然として他人以外に立ちて呼吸す。』(チャイルド、ハロルド三の一二) [#ここで字下げ終わり] 此る強大なる意志を有して遂ぐる能はず、此る高揚せる精神を有して人に屈せずとせば、至る所に衝突あり、不滿あり。不滿の極は苦痛を感ずるに至る。古來世に容れられざる人の、厭世に陷ゐるは、皆な此理由なり。「チャイルド、ハロルド」胸中不滿の情を抱きて歐洲大陸を漫遊す、物に觸れ事に接し、其不平の聲を洩らせり。然りと雖、彼れ女々しき言語を爲すことなく、寧ろ默々として之を其の胸中に藏し、大不平をして一時に爆發するを得ば之を吐露せんとなす。暴風及び雷霆はバイロンの胸中に蟠まりて欝々勃々たり。之れ實にバイロン不平不滿の原因たるなり。バイロン、チャイルド、ハロルドをして言はしめて曰く [#ここから2字下げ] 『若し最も深く我胸中に存せる所のもの─感ずる所、知れる所、精神も、感情も、又た思想も、一切心中に存する所、大となく小となく、強となく、弱となく、凡て我が欲する所、求むる所、堪ゆる所、知る所、感ずる所、盡く之を一語の内に含蓄せしめて之を發表することを得ば、且此一語にして雷霆ならんには我語らん』(ハロルド三の九六、九七) [#ここで字下げ終わり] と。暴風の如く雷霆の如く、火山の如く地震の如く、思ふ所は霹靂一聲一喝、以て我意志を吐露し、之を貫徹せんと欲す。然りと雖此の如きは遂に爲し得べきのことに非ず。其の能はざるを知るが故に、彼れ [#ここから2字下げ] 『現在あるが如くにして生活し、人に聽かるゝこと無くして死し、無聲の思想を持すること、宛も利劍を鞘中に藏するが如くならん』(ハロルド、三の五七) [#ここで字下げ終わり] とす。嗚呼此れ利劍鞘中の心、實にこれ意志の壓迫遮遏せられたるものにして、胸中の不平欝勃裂けん計りの情意なりと云ふべし。古來不平家なるもの通じて此くの如きものあるなり。バイロンの厭世も此邊より來ること少しとせず。彼れのチャイルド、ハロルドは實に利劍鞘中の人たるなり。 バイロン社會を攻撃し、之を批評し、之を罵詈せり。然りと雖、決して人々の思ふが如く罵詈攻撃を以て快となし、之を目的となせるに非ず。社會を攻撃するには之を改良せんと欲すればなり。人性を分解して批評するは、之をして正に向はせ、僞善を去らしめんが爲めなりしなり。故に彼の罵詈及び攻撃は、社會は以て恩と爲さゞる可からざるなり。然るに社會は却て彼を惡む。嗚呼『光は闇きに照れども闇きは之を覺らざりき。』 バイロン、初め大に社會の爲めに盡くさんとの心ありしが如し、之を以て社會を攻撃し、其僞善をあばきたり。 吾人は己を以て人を推し、社會なるものは、己の如く恩を知り、徳を徳とし、能を能とし、以て社會の爲めに盡くしたる人に報ゆべしと思へり。然るに之れ全く然らざるなり。 社會は凡人多し、猜疑、嫉妬、誤解、中傷、離間を喜ぶ性質のものなり。之を以て大人一と度出でゝ社會の爲めに盡くさんとするや、社會は先づ嫉妬の情を以て之を迎へ、誤解、中傷、妨害等之れに繼ぐ。 天才一と度出でゝ大に其才を揮はんとするや、社會は先づ之を妨げ、之を惡口し、あらゆる迫害を之に加へ、衣を得しめず、食を得しめず、家を得しめず、而して不平を懷いて死せしめて、棺を蔽ひて後、初めて彼れは天才なりきと謂ふて之を尊敬せんとす。 ソクラテース此くの如く苦しめられたり、耶蘇も此くの如く苦しめられたり、バイロンも亦此くの如く迫害せられたり。古來天才の士大抵社會より苦しめられざるはなし。 バイロンの『マリーノ、ファリエロ』も亦此種の人なり。彼れヴェネチア知事となり、陸軍に將としてハンガリー王を攻めて之を破り、非常なる功あり、後又た海軍を指揮して大功を立つ、或は又たローマ及びゼノアに大使となりて使命を全ふし、其國家國民の爲めに盡くしたるや甚だ大なりき。然るに人民其恩を恩とせず、無禮を加ふ。嗚呼人々は恩を知らざるか。此に於てマリーノ、ファリエロ怒りて曰く。 [#ここから2字下げ] 『我れ惡時に生れ、我血統は我をして無禮を得せしむる所の知事となせり。我れヴェネチア國及び其國民の爲めに、或は兵士となり、或は忠僕となりて働きたり。我或は戰ひ、或は血を流し或は兵士を命令し、又た勝利せり。苟も我國に利益するものならんには、或は陸し、或は海することを厭はずして、孜々として、我義務を盡くすこと此に殆ど六十年。一として躬の爲にせしものあらざるなり。汝等往てかの血を流せる塘鵞に問へ、汝何故に其胸を裂くやと。鳥若し言語するあらんには、只だ其雛の爲めなりと答ふべし』(マリーノ、ファリエロ一の二) [#ここで字下げ終わり] と。昔し耶蘇已に此感情を經驗せり。其人民の頑愚にして恩を恩とせざるを嘆じて曰く、『噫エルサレムよ、エルサレムよ、牝鷄の雛を翼の下に集むる如く、我汝の赤子を集めんとせしこと幾次ぞや、然れども汝等は好まざりき』と。聖哲已に此感あり、マリーノ、ファリエロの心情亦此くの如し。然るに人民其職權に對して無禮を加ふ。忘恩なり、背徳なり。マリーノ、ファリエロ此に於て、知事の職冠も制服も今や何の價値あらんやとなし。胸中不平遣る方なく、遂に職冠を床上に擲ち、足下に之を踏み付けたり。而て不平は遂にマリーノ、ファリエロをして反亂人の首領たらしめたり。 人性或は惡に非ざるか。人間の性は善なりと思ふは不平の元なり。社會は嫉妬と忘恩とを以て特性となす、之れに好意を盡くし、恩を施こすと雖、誤解と嫉妬とは、却て迫害と無禮とを恩人に加ふるなり。恁くて人性及び社會の性質の誤解は、人をして後悔的不平を生ぜしめ、一種の失望的厭世の人たらしむ。 バイロンのマンフレッドは此種の人なり。彼れ救ふ可からざる大厭世の人なり。其厭世に就きては種々の原因ありと雖、亦人性の誤解と、一旦人性の惡なることを知りて失望したることは、其原因の一たるなり。彼れ一と度社會國民の爲めに盡くさんとしたることありき。然るに彼れ社會を誤解して善なりとしたるの夢の醒むるに當つてや、彼れ失望し去りたり。自ら其情を謂て曰く [#ここから2字下げ] 『我れ青年なりし時は、至高の熱心を有し、我心を以て他人の心となし、以て自ら人心を照らす者たらんとの幻像を抽き、以て高く登らんとせり、─何處に上らんとせしやは知らずと雖も─之れ實に失落せんが爲めなりき。而して假令失落したりと雖、猶ほ山上より落下する瀑布の如く、|眩《めくら》む高きより落下して、深黒なる淵に突入し、其反動を以て水柱をはね上げ、霧を作り再び雨となして之を降さんとの勢を有し、よし、失落せりとも尚ほ有爲の勢力を存し居たり、然るに今や此氣力無し、我思想は誤りぬ』(マンフレッド三の一) [#ここで字下げ終わり] と。彼れ高尚なる精神、不屈の氣力を以て、人民に盡くす所あらんとせり、然るに今や其氣力を失ふ。これ何故ぞ。曰く、人性の誤解を發見したるにあり。吾人常に人性は善なるものなりと信して事を爲す。然るに其内實を分析するに及では、みな其虚僞にして又た利己的のものなるを知るなり。故にマンフレッドは人々と與にするを斷念し、人生に遠ざかるを主義とするに至れり。而して曰く、 [#ここから2字下げ] 『若し人の上に立て之を支配せんと欲せば、人に仕へ人に服從し、配慮憂心至らざる所無かるべし。これ僞りを以て生活するものにして余の|潔《いさぎよ》しとせざる所なり。假令我れ其の首領となるとも─豺狼の首領たらんよりは寧ろ獅子となりて獨歩するの勝れるに若かざるなり。』(同) [#ここで字下げ終わり] 此種の人、吾人は支那の屈原に於て是を見る。屈原道を正し行いを直くし、忠を竭くし智を盡し、以て其君に事へたり。讒人之を間す。窮ると謂ふ可し、信にして疑はれ、忠にして謗られ、能く怨み無らんや。憂愁幽思して『離騒』を作る。屈原既に放たれて三年、心煩ひ慮亂れて從ふ所を知らす、乃ち往て大卜鄭・尹を見て其不平を訴へて曰く『世溷濁にして清ならず、蝉翼を重しとなし千鈞を輕となす。黄鐘毀棄せられ瓦釜雷鳴す。讒人高く張り賢士名無し。吁嗟默々たり誰か我の廉貞を知らん』と。又た江潭に遊び澤畔に行※[#「口+金」、第3水準1-15-5、唫]し、漁夫に處世の法を教へらるゝと云へとも、彼れ身の察々を以て、物の※[#「さんずい+(吝−口)」、第3水準1-86-53、汶]々なるものを受くること能はざるの人なり。皓々の白を以て世俗の塵埃を蒙らんより、寧ろ湘流に赴き江魚の腹中に葬らんと。乃ち「懷沙」の賦を作り石を懷き自ら汨羅に投して死す。 嗚呼社會は暗愚にして黒白を判せず、賢愚を辨せず、凡庸を貴び駿傑を誹疑し、侫を喜び徳を嫌ひ苦言を厭ひ甘言を喜ぶ。此くの如きは多數の性なり、又た社會の性なり。硬直にして飾らざる人にして、此くの如きの社會に盡くさんとすと雖、豈成功することあらんや。 社會は侫人と、凡人と、甘言者とを好むものなり。大人は一世に友なし。多くの大人及び天才の士の不平の人となり、又た厭世の人となるは、實に此くの如きより來るなり。 バイロンの心中には、種々人生の暗黒なる側面の觀察は集まりて、厭世の思想を構成せり。吾人々性は善なるものと信じたり、社會は恩を喜ぶものと信じたり。然るに、嗚呼これ失望の基なりき。人間は豺狼の本性を有し、又た自利心強きものなり。之れ亦バイロンの厭世觀を形成せる一分子たるなり、テインのバイロン論中に人性に就て云へるものに曰く、人或は人間は道徳的のものなりと云はん。然り、余は今日のみは其語を許さん─汝若し十分飮食し、愉快なる室内に起臥し、身心機關の運轉整和を得てよく油を以て圓滑せるときは、吾人は人間の道徳的のものなるを許さん。然りと雖、一旦機關に損所を生し、破船戰爭飢渇等の危急に際するに當てや、汝忽ち狂人の如く、或は叫[#「口+斗」、呌]び或は吼へ、或は白痴の如くならん。文明も、教育も、道理も、健康も、此處に至ては果して何の益か有らん。吾人上衣を脱き去るが如きのみと。實に人間の多數は此くの如きものたるなり。 バイロンが人間の弱點及び暗黒なる側面を觀察するや眼光鋭利なるものあるなり。其人性の惡しきことを見ては、之れに對して嫌惡の情を發せざること能はざりしなり。曰く [#ここから2字下げ] 『人は瑣少の事になりと雖、忽ちにして豺狼と變ず』(フアン九の二〇) 『若し道徳世界のコロンブスあらんには、よく人心の地圖を明にするを得べし。大人の心情には寒冷なる氷山あり。自愛は其中心に極を爲す。王國を支配する者の十中八九は食人者たるは豈驚くべきの事に非ずや』(ドン、ファン) [#ここで字下げ終わり] と。人間の僞善果して眞に此の如きか。白く塗りたる墓の如く外觀美なりと雖内部は腐敗に充滿す。思ふて是に至らば豈嫌惡の情無きを得んや。 厭世思想を形成する所の分子少なからず。バイロン又た人生全躰を達觀して、錯誤的なり、轉倒的なりとなす。曰く [#ここから2字下げ] 『人生は錯誤[#「誤」は底本では「語」]的のものにして、事物と調和を有せざるなり。此の鞏固なる命令、此斷滅すべからざる罪惡、此無限の毒樹。地は其根蒂たり、天は其枝葉たり。而て惡疫を人間の上に降らすこと露の如し。疾病死亡囚虜─此等の患苦は眼以て見るべしと雖、尚ほ一層の患苦にして眼以て視るべからざるは精神中に脈搏つ所のものにして、常に新なるの心痛これなり』(ハロルド四の一二六) [#ここで字下げ終わり] 此人生の錯誤的なる。亦之れ厭世思想を構成する分子たるなり。而して茲に又た一種不如意を來すものあり、其物の爲めに我意志沮遏せられて遂ぐることを得ず、希望も亦屡[#「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢]々空に歸す、其物何ぞや─曰く運命なり。必然なり。バイロン一切のもの皆『一定の必然なり』又た運命なりとなす。故に曰く、 [#ここから2字下げ] 『万事盡く運命のみ。血統、富貴、財産、健康、醜美、みなこれ運命の偶然のみ。我等時に運命に逆ふて叫ぶことありと雖、運命は其與へたるものゝ外、敢て一毫も取り去らざることを心得ざるべからず。運命の取り去りたる殘遺は、只だこれ赤裸の身躰のみ、欲情のみ、空想のみ。……飢渇は人を下等なる欲望中に呑入し、太初に受けし命令の如く、人をして汗を流して働かざるを得ざらしめ、單に飢渇を恐るゝの情のみとなす。而て之れみな下等にして虚僞たるなり。人は終始泥土たることを免る可からず。王侯の遺灰を盛れる壺瓶なりとも、只だこれ陶器師の壺瓶に過ぎず。我等の名譽は他人の呼吸に存するのみ。我等の生命は彼等の呼吸よりも一層微々たるものに存す。我等の生命は日々にあり、日々は時候にあり。而て我等の一身は全く我等以外の物に由て存す。至大なるもの、これ至微なるものなり。我等盡く奴隸にして、万物我意志の左右する所に非ず。我意志すら暴風に依頼するよりも、寧ろ一小藁に依て存するを得るものなり。我れ事物を左右すと想ふときも、實は他に左右せられ居るなり。我れ必然に生れたるが如く又た必然に死の方に向ひ行くなり。』(二フヲスカリの二) 『境遇は人の玩弄物と見ゆるときすら、人は境遇の玩弄物なり。』(フアン五の一七) [#ここで字下げ終わり] 万事万物みな運命の手中にあり、吾人如何ともする無し。而して吾人は又た運命と同一家族にて偶然と云へる一物ありて、運命の兄弟たるを見る。バイロン曰く [#ここから2字下げ] 『偶然と稱する誤謬的の神は、吾人に來らんとせる所の惡中に働き、其叉状の棒を以て觸るゝときは、吾人の希望も忽ちに變じて塵埃と化す、然り、吾人の足下に蹂躙する所の塵埃と化す』(ハロルド四の一二五) [#ここで字下げ終わり] 万事盡く運命なり、又た偶然なり。我有したりし幸福も、我れを喜ばしめたる希望も、一旦偶然の手が觸るゝに於ては、希望忽ち消散し、幸福跡を留めざるべし。運命轉變定めなく、榮枯得失常あることなし。茲に於てか悲哀の感不安の情生じ、厭世隱遁を發心するに至る。實に万物盡く偶然なり、我亦偶然の子なるのみ。曰く、 [#ここから2字下げ] 『偶然は我を我とせり、又た我を無とし得べし』(サルダナパルス一の二) [#ここで字下げ終わり] 彼れ與へ、彼れ取る、我に於て得喪無きが如し。然りと雖其實際に苦痛なるを如何んせん。運命は鐵鎖の繋縛の如し、動かす可からず、解く可からず、『マンフレッド』中の大惡神アリマスネスの配下たる運命神曰く [#ここから2字下げ] 『我れ都市に黒疫を飛ばして數千人を仆したり、數万又た死せん……。悲哀苦痛、害惡及び恐懼は人民を圍繞す……。これ我が數代爲し來りし所にして、今も尚ほ盛に行へり。』(マンフレッド二の三) [#ここで字下げ終わり] 運命の惡行は尚ほ此に止まらざるなり。或は又た [#ここから2字下げ] 『滅亡王國を再興し、……愚者を高め、智者を狂とし、愚者よりは世界を支配する所の神託を出さしめ、或は王位を天秤に計り、平等自由説を人々に唱へしめつゝありき』(マンフレッド二の三) [#ここで字下げ終わり] 運命と偶然とは、人間社會の有力なる支配者なり。一旦運命に向はんか、貧者忽ちにして富者となり、一旦運命去らんか、貴人一朝にして卑賊となる。偶然は凡人、惡人をして富貴ならしめ、正直勤勉の人を苦しましむ。古來小人跋扈し、大人君子の苦しむは、皆之れ運命と偶然との惡※[#「言+墟のつくり」、第4水準2-88-74、譃]なり。此偶然に由りて愚者時を得て社會に横行し、智者爲めに狂を發す、あゝ、罪なく辜なくして讒口囂々たるあり。あゝ、驕人好々たり、勞人草々たるあり。愚者の世界を支配し惡人の時を得て榮ゆる、皆な之れ『偶然』なるもの存せるに由る。世事は全く偶然なるかな。バイロン之を觀たり、豈不平なからんや。才能の士、皆此種の不平あり。不平の極遂に又た厭世に至るものなり。 此くの如きは人間の社會なり。此に於てバイロン社會を罵りて曰く [#ここから2字下げ] 『此くの如き磽※[#「石+角」、第3水準1-89-6、确]不毛の地より、吾人は果して何物をか收穫するを得ん。吾人の感覺は狹隘なり。吾人の道理は微弱なり、生命は短くして眞理は深きに隱るゝを好む寶石たるなり。一切の事物は習慣の最も誤謬なる權衡に由りて計られ、輿論なるものは全能の力を有せり。而して輿論なるものは暗黒を以て地球を蔽ひ、善惡の判斷を偶然ならしむ。又た自己の判斷の餘りに明瞭に輝き、自由なる思想は罰とせられ、地球には餘り多く光明なからしめんが爲めに人々戰々競々たり』(ハロルド四の四三) [#ここで字下げ終わり] と。然り此くの如きは社會なり。 然り此くの如きは社會なり。人々の識見は狹隘なり、其道理や微弱にして誤謬多し。習慣或は輿論なるものは至大の勢力を有し、善惡の判斷者なりと自稱せり。社會は人々が明瞭なる判斷を下すを惡み、平々凡々、定見なく、思考なき、頭腦の鈍なる者を喜ぶ。 社會は愚人の子なるか、惡魔の子なるか、何ぞそれ『光』を嫌ひて『闇を』好むの甚しきや。此くの如きは社會なり。大人を苦しめ、天才を迫害す、之れ自家の正當なる防衞なるべし。嗚呼、蝮蛇の後裔たる社會、!! 此くて不遇の人、或る者は不平より厭世に至り、人間社會を遠離して、チャイルド、ハロルドの如く天地山川を友とするに至るあり。 或者は厭世の極死を希望し、マンフレッドの如きに至ることあり。或者は破壞黨となりと社會に復讎せんとするあり。ルシファーの如き、コンラッドの如き、マリーノ、ファリエーロの如き即ち之れなり。 或者は破壞主義の一現象たる道義上の放蕩者となり、以て社會を嘲笑愚弄するに至るあり、ドン、ファンの如き即ち此種の人なり。 或者は義侠の人となりて弱者を助け、不遇の人を思ひやり、以て愚昧なる有力なる社會と戰爭せんとするに至るあり。プロメテオスの如き、又たバイロン彼れ自身の行爲の如きもの即ち之れなり。 而してバイロンは一時チャイルド、ハロルドたりしと雖其時間は長からざりしなり。マンフレッドの如き心中の苦痛はバイロン素より經驗せし所なりと雖、マンフレッドの如く、厭世し、絶望し、死を希ふが如き無氣力なる厭世に陷りしことあらざりしなり。 バイロンの不平は、時に彼れを驅りて、破壞黨たらしめしことありしと雖、寧ろ其の性質は、彼をして、ドン、ファンたらしめしと同時に、義侠の實行者たらしめたり。而してバイロンの不平哲學の結論は、グレシア獨立戰爭に於て、彼れの光榮ある死たりしなり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十章 人道と耶蘇教との衝突 [#ここで字下げ終わり] 善を好むは大に善しと雖、惡を惡みて惡人の不幸に陷るを見て之を喜ぶは人情に非ざるなり。人情は道徳界に於ては正義よりも高尚なる權威を有す、故に正義を完ふするも人情を破りたる者は決して道徳界の人に非ざるなり。宗教家が宗教に熱心なるは可なりと雖も、單に自家の信ぜる誤謬の信仰を以て、道徳唯一の標準となし、狹隘にも他を以て外道となし惡人となし、以て其信ずる所の神罸を受くるを見てこれを喜ぶは、これ全く吾人の道徳とせざる所にして、吾人の攻撃せざる能はざる所なり。詩人バイロンの耶蘇教及び耶蘇教徒を攻撃するや、先づ其神學の淺薄なるを笑ふに初まり、而て該教徒の不人情を鳴らすものなり。 バイロンの『カイン』篇(Cain: a Mistery)は、英國哲學詩の至高至美なるものにして、人生、善惡、生死及び世界觀等を有し、莊嚴なるあり、温和なるあり、高尚なるあり、優美なるあり。其深玄透徹的の見識に至てはミルトンの『失樂園』等の決して及ぶ能はざる所なり。獨乙の大詩人ゲーテ之を評して、空前絶後の大文學と云ひ、其友をして此詩を讀ましめんが爲めに、英語を學ぶことを勸めたりと謂ふ。バイロン又『天地』篇の詩あり(Heaven and Earth)。これ宗教家の不人情を鳴らす慷慨の詩なり。耶蘇教の論評多く是等の内に存す。其攻撃する所は大抵舊約書の信仰にありと雖、亦耶蘇教徒の徳義上の反省を促がすに足るもの少なからざるなり。 神は果して存在せるやと云はゞ、バイロンは耶蘇教徒の謂ふか如き人間樣の神なしと云はん、何となれは、バイロンは凡神論者なり、物質論者なり、或は唯心論者なり、又た觀念論者なればなり。然りと雖、彼れ耶蘇教を攻撃するに當りて、暫く神の存在を許し、而て之を嘲笑愚弄す。バイロンの始めに攻撃の鋒を向けたる所は主として該教の淺薄なる樂天主義にあり。バイロン攻撃の材料を舊約書に取り、以て耶蘇教及び耶蘇教徒を其内に偶言す。人祖アダム、其家族を集めて神を讃美して曰く [#ここから2字下げ] 『嗚呼神よ、永遠無限の全知なる神よ。』 『永久なる神よ、汝は萬物の父にして一切の善と美とを作れり。』 『神よ、汝は萬物を惠めり。』(カイン一の五) [#ここで字下げ終わり] と。これ即該教徒の淺薄なる樂天主義なり。一方のみを見て他を見ざるの信仰なり。若し果して彼等の言へる如く、神は全知全能仁愛ならんには、洪水、地震、雷霆、火山の破裂等、一切の苦痛害毒も亦これ神の仁慈なりと云はざる可からず、故に苟も全般の事實を觀察せる者には、該教の云ふ所の眞に非ざることは一目甚だ瞭然たり。之を以てアダムの長子にして惡人の開祖たるカインは父母弟妹等の神を讃美し祈祷せるにも係はらず、獨平然として佇立せり。父母其故を問ふ、カイン答へて曰く [#ここから2字下げ] カイン『我れ神に求むる所有らざればなり。 アダム『又感謝する所もあらざるか。 カイン『無し。 アダム『汝は神に由て生けるに非ずや。 カイン『我れ又死せざる可からざるに非ずや。』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] と。カインは智言を爲せり、誰れか其論法を破るものぞ。 神は萬物を造れりと謂ふ、然りと雖カインは [#ここから2字下げ] 『人生は勞苦なり。』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] となす、何となれば人は始めエデンの樂園にありし時は幸福のみなりしと雖、今や [#ここから2字下げ] 『エデンの樂園より放逐せられ、萬物とは戰爭し、萬物には死來り、萬物には疾病あり、苦痛あり、煩悶有る。』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] を以てなり。果してこれ何の原因する所ぞ。耶蘇教徒が人生の苦痛及び害惡の原因を説明するや至て簡單なるものにして、只神に禁ぜられたる所の果實を食したる結果となす。若し眞に然りとせば果實を食ひたる者こそは咀はるべきものなり。カイン其父を咀ひて曰く [#ここから2字下げ] 『我父エデンの樂園に在りし時、神の命令を守らざりしより世上一切の害惡生ず、父の罪行我關する所に非ず。何となれば、其時我れ未だ生れず、又生れんことをも求めず、又生れ來りし所の状情をも求めざりしを以てなり。如何なれば父は女(エバ)に惑はされたるや』 [#ここで字下げ終わり] 父は最初に誤れり、之を怨みざるを得ず、 [#ここから2字下げ] 『父の愚昧と母の無思慮』 [#ここで字下げ終わり] これ罪惡苦痛の大原因なり。只アダムとエバとの失行に由て神意に違ひ宇宙の大和を破り苦痛罪惡は人世に入り來り、生活には勞力を要し、尚ほ此に止まらずして、遂には不死なりし身にも死亡來るに至れり。嗚呼これ何たる怪事ぞ。カイン怒て曰く [#ここから2字下げ] 『父母の罪我に於て何かあらん、若し父母罪を犯さば父母をして死せしむべし、我れ固より罪無し。我れ他人の罪科の犧牲に供せらるべき如何なる事を生前に爲したるか』 [#ここで字下げ終わり] 且父母は其色情に由て、願はざるに我を生み、而て我に勞苦を感ぜしむ、甚だ以て迷惑となす。これカインの其父母を咀ふものなり。然りと雖疾病及び不良なる身心を遺傳したる所の父母は、皆此怨咀を受けさぜざる可からざるなり。子之を怨咀するは決して子の不幸なるに非ずして却て父母の不慈たるなり。故にカイン曰く [#ここから2字下げ] 『父は我を生みて先づ我を咀へるに非ずや、我を生むの前、神の禁じたる果實を食ひて我を咀ひたるに非ずや。』(カイン二の一) [#ここで字下げ終わり] 父母一時の色慾より我れは人となりたるものにして、謂はば『誤りて人生に置かれたるなり』。我此く偶然に人生を禀けて世間無限の苦痛を受く。加之、人生の終る所を尋ぬるに、惟だ一ツ死するあるのみ。これ人生の盡く趨向する所。一念此に至らば吾人豈人生の空なることを感ぜざるを得んや、 [#ここから2字下げ] 『人は只死せんが爲めに生けるなり』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] 然りと雖死とは何ぞや。聖書に記せるが如き太初の經驗なき人間等は、未だ死の何たるを知らざるなり。バイロンの『カイン』篇の趣向に由れば、天上にエホバと戰ひ敗を取りたる惡魔ルシファー、地上に論談す。時にカイン、ルシファーに語て曰く [#ここから2字下げ] 『父は死を以て一種の畏るべきものと云ひ、母は死の名を聞きて啼泣し、弟アベルは天に向て手を揚げ、妹ジラは手を地に突きて祈り、我愛する妹アダは我を見て默然たり、而て我胸中には言ふ可からざる思想群起して燃ゆるが如し。我れ死の名を聞く時は、死は一種の強力を有するものならんと思はる、我れ幼なりし時、獅子と力を角して勝ちし如く、又死に勝つことを得べきか』 [#ここで字下げ終わり] ルシファー答へて曰く [#ここから2字下げ] 『死は形躰を有せずと雖、よく地上の萬物を呑食し盡くすものなり』 [#ここで字下げ終わり] カイン問ふて曰く [#ここから2字下げ] 『能く此くの如きの惡を爲すものは、吾れ一箇の存在者なりと信ず』 [#ここで字下げ終わり] ルシファー曰く [#ここから2字下げ] 『彼れ破壞者なり、又造物者なり、只汝の好む所の名稱を以て之を呼べ。彼は破壞せんが爲めに萬物を造りたり』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] と。嗚呼死とは如何なるものぞ。吾人は何れの時か死の眞知識に躰達するを得べきものぞ。若其知識を得るの時は吾人は實に幸福なるべし。ルシファー曰く [#ここから2字下げ] 『然り言ふ可からざる苦悶に於て死の啓示せらるゝ時は幸福なるべし』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] 萬物此一瞬の爲めに生けり、死はこれ萬物の終歸する所か。神は死するが爲めに萬物を造れり、而て父母は死せしむるが爲めに我を生めり。 [#ここから2字下げ] 『死せざる可からざる生命を發明したるものは咀はるべきかな』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] 然りと雖、カインは花の如き我が子の心よげに眠れるを見て。自己の不平を推して其子の將來を思ひ、己れが父を咀ひたる如く、我子も亦我を咀ふべしと思ひ、其既然現在の人生を嘆くの情は、一層重きを加へたり。嗚呼我子、 [#ここから2字下げ] 『花の如き、眠れる我愛子。嗚呼此内已に永遠無限の苦痛存す。寧ろ此く寢れる間、握み取つて岩角に投じ、微塵に碎きて死せしめんこそ、却て其生けるよりも遙かに優れり。若し我子生き居らんには、一人苦痛を受くるのみに非ずして、又其苦痛を後代に遺さゞる可からず。之を以て其生きんよりも死せるを以て優れりとなす。否々、此可愛き我子、如何でか之を殺すを得べき、―生れざりせば幸福なりしならんと云ふのみ。』 [#ここで字下げ終わり] カインの心痛思ふ可きなり。大凡河内躬恒の歌に  今更に何生ひ出づらん竹の子の      憂き節しげき世とは知らずや と云へるは正に此情なるなり。イスラエルの智者曰く『茲に我れ身を轉らして、日の下に行はるゝ諸の虐遇を見たり、嗚呼虐げらるゝの者の涙流る、之を慰むる者あらざるなり。又虐ぐる者の手には權力あり。我は猶生ける生者よりも既に死せる死者を以て幸なりとす。又二者よりも幸なるは未だ世に在らずして日の下に行はるゝ惡事を見ざる者なり』と。人は世に出でゝ種々の苦痛に逢ひ、又空く死に終る。生れざる者の幸なるに若かざるなり。父母が、我を生みたるは第一の誤謬なり、次に我の子を生みたるは又根本的の罪惡なり。而て我尚ほ生存して子を生むとせば、罪惡苦痛止む時無けん。 [#ここから2字下げ] 『我れ死せん、多年苦しみて後死すべき者を生むはこれ死の種子を播くものに外ならず、而て又殺人を増殖する所以なり』(カイン二の一) [#ここで字下げ終わり] 故に我死せん。されども死する能はず [#ここから2字下げ] 『死を厭ふは生命の抵抗す可からざる天性なるらん。我れ死を畏るゝを卑むと雖ども、尚ほ畏死の念に勝つこと能はず、此くて我尚は生存せり』(カイン一の一) [#ここで字下げ終わり] と。畏死の天性抗す可からず、人間の色慾斷つ可からず、生慾と色慾とは益々人間を増加して苦痛と死とを増殖せり。而て此苦痛の本源に溯れば、耶蘇教の言ふ所に由れば、人間太初の母たるエバがパラダイスに在て惡魔に誘惑せられたるにありとなす。此に於てか罪行の責任問題起らざるを得ざるなり。エバ自己の罪行の責任を遁れんとして罪を誘惑者サタンに歸す。然るに詩人ミルトンは人間の自由意志と云ふものに責任を置けり、即ち『パラダイス、ロスト』中に神をして其責任を論せしめて曰く [#ここから2字下げ] 『其過ちは果して誰の過ぞや。彼れ(人間)の過には非ざるか、我れ(神)人を正しく造れり。或は自由に墮落し得んと雖、又十分直立し得るやうに造りたり。自由に直立し、又自由に墮落す』(パラダイス、ロスト三) [#ここで字下げ終わり] と。人は選擇を爲すの點より見る時は、或は全く絶對的に自由、本源的の意志と云ふものあるが如しと雖、吾人が決意し選擇するは、これ實は自動に非ずして生理的及び心理的の必然にして、實は所動的、即、他より『せしめられたる』なり。『自ら事を爲したりと思ふ時も實は他より爲さしめられたるなり』とはバイロンの所説なり、今若し生理上より云ふ時は、人心は肉躰の情状に由て變化するものにして、之を心理的に云ふ時は、人は動機或は心念來往同伴の状態に由て決意如何を生ずるものにして、或は必然と云ふべく、或は偶然と云ふ可し。自由意志論者は、要するに意志を意志すと云ふものなり。然りと雖これ能はざるの事なり。吾人は未だ心念に浮ばざるものは念ず可からず、意志とならざるものは意志す可からず、「我れ決意せり」と云ふは、既に心理生理の必然に由て決意せしめられたる時なり。自由意志論の如きは未だ以て道徳責任を説明し得ざるなり。 萬物もし神の力に由て造られたりとせば、人間の意志も亦神の造りたるものにして神の支配に屬し、人の意志する時はこれ神が人をして意志せしめたるものと云ふ可く、或は神が一定の意思を爲すやう人間を造れりと云ふべく、吾人の一切責任は神に歸すべきものなり、而て若し人間の意志が罪惡を行ふ時は、これ神が罪を犯すものと云ふべし。 論此處に至らば耶蘇教は神を以て一切の責任者となし、人間は無責任者となし、遂に道徳上有害の結果を生ぜん、豈思はざる可けんや。吾人は他に人間の責任論を有せりと雖、今此に之を述ぶるの塲所を有せざるなり。 茲に又他の難問生ず、即ち惡魔の起原これなり。耶蘇教の云ふ所に由れば、惡魔は本來惡なるに非ずして、初め天上に在りし時は、大天使として神の榮光の御坐に親近せり、然るに一旦大望を起し、神に對して反亂を企て、戰敗れて遂に天上より墮落したるものなりとなす。されども惡魔も亦神の創造する所なり、假令彼れ自由意志を有せりとなすも、猶人間の自由意志に於けると同一たるのみ。且罪惡の責任を以て惡魔に歸せしむるとするも神の計畫したる所の創造の事業は、全く之に由て破られたるものと云はざる可からず。意ふに神は必ず至善、至美、至樂なる天地を造らんとせしや明なり、然るに其目的は惡魔の爲めに攪亂せられたりとせば、惡魔も亦大能力を有し、神は全能に非ざることを示めすなり。是を以てカインは此世界に存在せる苦痛と云へる事實を捕へ來り、以て神の全能仁慈ならざるを論じ、ルシファーに語て曰く [#ここから2字下げ] 『何を以て我は存在するや何故に汝、不幸なるや、又萬物盡く不幸なるは何故ぞ。神は不幸の源因として、神自身も亦不幸なりと謂はざるを得ず。此く破滅の不幸を造るもの又決して幸福なる者には非ざるべし。然るに我父アダムは云ふ神は萬能なりと、然らば善たる神は何故に惡たるや。我之を父に問ふ、父答へて曰く「惡は善に行くの道なり」と、恐ろしき反對物より其反對物を生ずるとは、豈奇妙なる善に非ずや。過日我れ小羊の蛇に刺されて轉々苦悶するを見たり、時に我父一種の草葉を摘み來りて之を揉みて其刺されたる所に塗りたり、之に由て苦痛漸く去り、小羊喜ばしき風情あり而して父曰く「我子よ、惡より善の生ずるを見よ」と』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] 耶蘇教徒の惡を説明すること大抵此くの如し。人を苦しめて後其苦しみを救ひ、人を飢渇せしめて之に食を與へ、而して以て善と稱す。或は天災地變惡疫等(これ神の事業か)に由て人類の害を被ること少しとせず、然るに耶蘇教徒は神意なりとして之を救助すと稱し、而して「神は讃むべきかな」と云ふ。此の如きは宛も小羊が蛇に刺されたるの苦痛を救はれ、而して之を恩とし善と云ふが如し。吾人はカインの鋭利なる眼光を稱せざるを得ず、又バイロンが此く優さしき例を取り來り、可愛く之を云ひ表したるを面白しとなす。 ルシファー、カインが父に向て何と答へたるやを問ふ、カイン曰く [#ここから2字下げ] 『我何事をも言はず、彼れは我父なればなり。されども我思ふ所に由れは、かの中毒の激烈なる苦痛を感じ、消毒藥を以て之を治療し、而して其生命を助けんより、寧ろ初めより刺さるゝの苦しみなきに若かずとなす』。(同) [#ここで字下げ終わり] 善と惡、快樂と苦痛、是等は如何にして善と稱する一箇の神に調和するを得るか。如何に物質的に議論的に之を一にするを得るとするも、吾人の感覺に來る時は決して一たること能はざるなり、―苦と樂と。此點に於てペルシヤの二原論は論じて曰く『善性は如何にするとも惡となることなく、惡性は如何にするとも善化することなし』と。又曰く『彼等(耶蘇及びマホメット教徒)に問へ。神もし善ならば惡を許すは何故ぞ神之を知らずとせば、これ全智に非ざるなり。神もし惡を禁ずることを勉めずとせば、神の善果して何れにかある神もし之を爲すこと能はずとせば、其全能何處にかある……彼等は惡魔樂園に入れりと云ふ、若し果して然らんには、神は何故に之を拒ぐに堅固なる墻壁を作らざりしか、惡は今も尚ほ盛に行はれ、何れの世にも善に勝てり。これ神は惡魔の己れに反對するを前知せざりしなり、豈之を全能なりと云ふを得んや。もし神にして眞に善のみならんには。素より惡のあるべき理なし。今、世上の事物を大別せば善と惡との二たるべし、此二者神より出でたりとせば、惡も亦神にして、一概に卑しむべきに非ざるなり』と。これペルシヤ教の經典「パレヴィ、テキスト」中に存する議論なり、此他尚面白き批評等ありと雖、此處に引用するの紙白なし。されども道徳的に耶蘇教の神を攻撃して曰く『神は誠心より言ふか、或は單に虚言なるか、「我は善の友にして惡の敵なり」と云へり、然るに世上、惡は善より多きに非ずや』と。神は善なるや、智なるや、又全能なるやの點に就て、豈懷疑の念起ることなからんや。否、神は果して存在せるや。 バイロン、『カイン』編に於て無邪氣なる少女(ジラ)の祈祷の飾りなき言語中に、ペルシヤ哲學の議論せし如き意味を含めて、耶蘇教の神學―神が惡魔をして樂園に入るを容るしたるを刺しれり。少女祈りて曰く [#ここから2字下げ] 『愛する神よ、汝は萬物を造り之を惠み玉へり。されども只蛇(惡魔)をして樂園に入るを許るし、我父を樂園より追ひ出し玉へり。されども神よ、此他の惡より我等を守り、惡なからしめ玉へ。讃むべきかな讃むべきかな』(カイン篇) [#ここで字下げ終わり] と。惡魔をして樂園に入らしめ、而して人類の父母を追ひ出さゞるを得ざるやう爲せし神は讃むべきかな。彼等實に神を讃美し、「永遠、無限、全知、全能、善美の神」なりと云へり。バイロン之を稱して [#ここから2字下げ] 『奴隸的讃美の歌』(天地篇) [#ここで字下げ終わり] と云ふ。眞に然り。然りと雖此詈りは。單に宗教家に向けらるゝのみに止まらずして、高遠を以て自認し(人は認めず)宇宙は道徳的理想を有す、道徳的組織に成れり、天地は善なりなど云ふ所の獨逸流の形而上學者等も亦此の宗教家中に分類せられ宗教家に向けられたると同一の詈りを受けざる可からざるなり。 又善惡の性質を考へ見よ、神の善なりと稱せらるゝは、其強大なる力を有するが故なるを知らん。彼教徒の云ふ所に由れば、罪惡は禁ぜらたる知識の樹の果實を食ひしにあり。智識を求めたるが罪たりしなり、實に奇妙なる罪と謂ふ可し。神は何故に此美麗なる知識の樹の果實を食ふことを禁じたるか。何故に此果實を食はざりしことが善なりしか、其理由如何ん、『何故』に非ずして [#ここから2字下げ] 『神意なるゆえ善』(カイン篇) [#ここで字下げ終わり] たるなり。されば神意は常に必ず善なるか、神若し父母兄弟を殺さしめんとせば、我之を殺すを以て善とすべきか。彼等或は然りと答へん、故に神アブラハムに其愛子イサクを犧牲に供せよと命じ、エプタに其女を需めたる時、アブラハム、エプタ共に神意なりとして之に從ひたり。之に由て之を觀れば、神は必ずしも殘忍なることなきを保ぜざるなり。或は神は吾人の父母を殺せ、或は汝の國に裏切りせよ等と命ぜざること無きにしも限らざるべし、何となれば神意には上に法則あるなく、全く絶對的のものなればなり。彼等もし、神は善のみを意志すとせば、アブラハム、及びエプタの事は果して如何ん。耶蘇教の信仰史上に重きを置きて稱揚する所は、之れ實に神の壓制殘忍と、該教徒の不人情とを世界に廣告するものなり。今若し、神意は善なり、何となれば神は善のみを意志するものなりと云はゞこれ神意外、業已に、善惡の標準あるを許すものにして、神は法則の下にありと云はざる可からず。而して耶蘇教の神學は此思想を取らざるなり。 嗚呼善なるが故に神意たるに非ず、神意たるが故に善たるなり。嗚呼無道、壓制と云ふの外なし。只神が暴力を以て善惡を宣言したるに由て善惡定まる。 [#ここから2字下げ] 『全能なるが故に又善なりと續く者なるや』(カイン) [#ここで字下げ終わり] とは、これカインの心中の疑問なり。吾人は此くの如き暴力主義を嫌ふ、然るに吾人は猶、耶蘇教神學の云ふが如く、強力なる故善なりとの語の眞理なるを認めざるを得ざるを悲しむ。カインよ、あきらめよ、世上の善惡は強者の定むる所たるなり。假令自ら是なりとするも、世は必しも之を是認せざるべし。若し強者の善とする所が我善とする所と衝突せば、今は止むなし、只道徳理想の戰あるのみ。ルシファー(惡魔)とエホバ(神)の戰爭は此理に因れり。カイン、ルシファーに問ふて曰く [#ここから2字下げ] 『剛愎なる靈躰よ、汝此く傲慢なる言語を爲すと雖、汝は尚奉戴すべき上位者を有せるに非ずや』 [#ここで字下げ終わり] と。然り。ルシファーはエホバの爲めに敗られたり、然りと雖彼決してエホバを戴かんとはせざるなり、即ちカインに答へて曰く、 [#ここから2字下げ] 『否、我天地に誓て否と云はん、我は實に我に勝ちたる強者を有せり、然りと雖奉戴すべき上位者は之を有せず。彼れエホバ萬人より讃媚を得ん、されども我のみよりは一語だも之を得ざる可し。我天上に戰ひたる如く、尚何處に於ても戰へり。全永遠に於て、陰府無限の深底に於て、空間無限の際に於て、徹頭徹尾彼と戰へり、大千世界も、星辰も全宇宙も此戰爭の止まざる以上は、其衡平を得んとして震動すべし……彼は勝利者として、敗北者たる我を惡と云ふと雖、我若し彼に勝ちしならんには、彼れの事業は惡となり、善惡所を代ふべきのみ』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] と。善をして眞に善たらしめんと欲せば、其後楯として強力を要す、虚名の善惡何かあらん。カイン神に供物を捧げし時の祈祷を聞け、曰く、 [#ここから2字下げ] 『神よ我惡ならば、我を罰せよ、汝は全能なり、誰かよく汝に敵せん、若し我善ならば或は罰し或は愛せよ、只汝の意に任せん。善と云ひ惡と謂ふ、其物自ら力を有せず、只汝(強者)の意志に由て力あるが如し、我全能者に非ず、又全能者を判斷するを得ず、是を以て何れか善たり何れか惡たるを知ること能はず、只命ぜられたる所に從ふのみ』(カイン二の二) [#ここで字下げ終わり] と。ルシファー天上の戰爭に敗られたり、之を以て勝者之を惡魔と呼ぶ。彼れ若し、天上に敗れざりせば、彼は善にしてエホバは惡の名稱を得べく、善惡所を異にすべし。今やエホバは勝てり自ら善と稱し其意志を以て善惡の標準となす。耶蘇の使徒パウロは暴君主義の辯護者にして、『造られたる者は造りし者に向て不平を鳴らすの權利なし』と云へり。 耶蘇教徒は云ふ、神は愛なれば罪を免するものなりと、バイロン之に答へて [#ここから2字下げ] 『神はサタンを赦したるや』(マリーノ、フアリエロ) [#ここで字下げ終わり] と評す彼等は又云ふ神は愛にして仁慈なりと、されども舊約書の神は殘忍にして蔬菜の供物よりも、羊の犧牲を好みたり。カイン野菜を供へ、弟アベル羊を供ふカイン祈て曰く [#ここから2字下げ] 『神よ、此處に兩種の供物あり、汝若し鮮血滴たり、苦みて死したる羊の犧牲を好み玉はゞ我弟(アベルの供物)にあり。若し柔しき氣候に花咲く、美麗なる果實を好み玉はゞ、我捧げたる供物を饗けよ、我供物は血を流さず、又生命をも苦しめしものに非ざるなり』(カイン三の一) [#ここで字下げ終わり] と。然るに神はカインの供へたる美はしき、花咲く野邊の果實を取らずして、羊の犧牲を饗けたり。嗚呼羊の犧牲―小刀を以て刺し殺し、火をもて燒き、母羊をして其子の爲めに悲しましめ而て之を神に捧げ神喜びて之を饗くると稱す、カイン憤て曰く [#ここから2字下げ] 『此く殘忍にして血腥さきことは、實に天地創造を涜がすものなり。』(同) [#ここで字下げ終わり] と。 耶蘇教歴史の殘忍なる記事はノアの洪水を以て最と爲す。舊約書の記する所に由れば、神の人類を造りたる以來、種族非常に繁殖し、又甚だ罪惡の性質となれり、茲に於て神は洪水を以て之を滅ぼし人類を新にせんとす。されども唯、信神なるノアの一族のみは之を救はんと欲し、箱船を造りて、難を之に避けしむ。實に神の決心恐ろしと云ふ可し。元來人間が神をして、此く決心せしむるに至りたるは何が爲めぞ、舊約書は、こはアダムの時に蒔かれたる罪業の種子にありとなす蒔かれたるものは生へさるを得ず、幹枝繁欝して後に之を切斷せんより、其二葉の内に切り去る時は、罪種を斷滅するは容易なりしならん。然るに神は此方法を取らずして、滔々たる洪水を以て罪もなき禽獸虫魚に至るまで盡く之を殲滅せんとし、遁げ叫※[#「口+斗」、呌]ぶ老若男女を怒濤の中に溺沒せしむ。 バイロンの『天地』篇の趣向に由れば、時にノアの子にヤペテと云ふ者あり、義侠の性なり、ノアの一族なるを以て救はるべきなり。然るに萬人の死を悲しみて箱船に入らず、獨り父母兄弟等より離れて岩上に坐して此の悲劇を觀て之を悲しむ。時に一人の母あり、嬰兒を携へ來りてヤペテに、其子のみは助けて箱船に乘らしめんことを乞ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『此兒のみは箱船に乘らしめよ、妾に取りては此兒の妾の胸に懷き付き居らんことは幸福たるなり、されども今や胸より離して汝に托して救はんことを願ふ。悲いかな。我子何故生れしならん未だ乳をも離れざるに、エホバの憤怒を起すべき如何なる惡を爲したるならん。妾の乳汁中、我子を破碎せんが爲めに天地を怒らしむるものありしか。汝願くは我兒を救へ、然らざれば汝を造りし神と共に汝は咀はるべきかな。』(天地) [#ここで字下げ終わり] と。ヤペテ『神に祈れ』と云ふ、時に人類の精靈の聲空中にありて曰く、 [#ここから2字下げ] 『祈祷か、嗚呼祈祷か、雲は降り、浪は逆卷き來るの時、嗚呼何處にか祈祷は達せん、汝(ヤペテ)及び汝の父を造りたる者(神)は咀はるべきかな、されども我咀ひは無益なり。我等如何でか此赦さゞる全能者に向て膝を屈して讃美を爲さんや。讃美するも、讃美せざるも、死は一たるものを。神は世界を造れり、これ彼の耻辱たれ、何となれば世界を苦しましむる爲めに造りたるものなればなり。』(天地) [#ここで字下げ終わり] と。これ神性の攻撃なり。バイロン又甞て耶蘇教徒の不人情を鳴らす。即ち一方に悲哀にして愛情に富めるものを描きて對照法に由て自然に其意を寓す、ヤペテは其悲哀の人なり。今や洪水臻りて人類滅し、只己等の一族のみ救はるゝことを思念し心中無量の悲哀に滿ち哭して曰く [#ここから2字下げ] 『嗚呼我同胞たる人々よ、誰か汝等一般の墓上に立ちて汝等を哭するものぞ。我の外、誰か汝等を吊ふ爲めに生殘るものやある。嗚呼我れ生殘りて汝等に何の優る所あらん。』(天地) [#ここで字下げ終わり] と。此く思ひつゝ沈欝す。時に一種の精靈來る、ヤペテ之と問答す、ヤペテ先づ問ふ [#ここから2字下げ] ヤペテ『汝は何物ぞ。 靈躰『ハー、ハー、ハー、〔笑ふなり〕 ヤペテ『語れ……。 靈躰『ハー、ハー。 ヤペテ『我聞く、天地今や破滅し、黒雲盡く水となりて地を覆はんとすと、我汝を知らずと雖、恐ろしき影の如き靈躰よ、此事に就て語れ、汝何故に此大破滅を笑ふや。 靈躰『汝何故に泣くや。 ヤペテ『全地球及び其子供等の爲めに。 靈躰『ハー、ハー、ハー。 [#ここで字下げ終わり] 『ハー、ハー、ハー、』靈躰笑ひ去れり。無情なるかな。バイロン之に由て耶蘇教徒の不人情を表はす。吾人宗教家が善を好み惡を惡むを以て至當なることとなす。然るに惡人假令其相當の罰に由て苦しむとも、其の苦しむを見て之を快とし喜ぶは人情に非ざるなり。『喜べ、神命を守らざるものは滅ぶべし』(天地篇)と云ふが如きは吾人之を不人情となす。 宗教家は一方より見る時は、甚だ道徳的にして、又甚だ愛情に富めるが如しと雖、他方に於ては甚不人情と利己的の側面を有するものなり。彼等は己等の救はるゝを樂しむと雖、不信者は苦しむことを説き、或は之を快となす。耶蘇の如きすらも、不信者は地獄の火に投げ入れられ、其處にて切齒して悔むべしと云へり。これ不知不識の不人情たるなり。宗教的道徳的の下等なるは實に此點に存す。バイロン大に之を攻撃す、即ち諷して曰く [#ここから2字下げ] 『遁れよ、ノアの子遁れよ、汝の箱船に於て安樂に生息し、而して汝の若き時の友たりし、世界人類の死骸の浮べるを眺め、而してエホバに讃美の歌を上げよ』(天地) [#ここで字下げ終わり] と。最も耶蘇教徒を叱呵せしものなり。又滅ぶる人間に同情を有せる精靈の口を借りてノアの一族を詈りて曰く、 [#ここから2字下げ] 『救はれたるものゝ子等よ、汝等獨り逆卷き來る洪水を遁れ、以て幸福なりと思へるか。……汝等苟も生を偸み、飮食男女の慾を逞ふし、世界の大破滅を目撃しつゝ之を憐れむことなく、又勇氣を以て激浪に面し、同胞たる人類と共に其運命を同うすること能はず、父等と共に船に遁れて世界の墓上に都市を建てんとす、汝等之を耻ぢざるか。』(天地) [#ここで字下げ終わり] と。萬人盡く死す何の顏ありてか生き殘りて飮食男女の慾を逞うするを得んや。耶蘇教の云ふ所に由れば、不信者は盡く滅び只信者のみ天國に行かんと。バイロン曰く『さらば我一人天國に匍ひ行かんより人々と共に地獄に行かん』と。此感を有せる者極めて多し。或人の書の記せる所に曰く、一少女の父少女の頭を撫でつゝ曰く、假令余は耶蘇を信じて天國に至るを得るとも、若し我娘にして地獄に呻※[#「口+金」、第3水準1-15-5、唫]することあらんには、余は寧ろ天國の歡樂を受けんよりも、直に馳せて地獄に降るべしと。ラッドボッドはスカンヂナヴィヤ古代の王にして、久しく耶蘇教に反對したるが、一朝之を信奉して將に洗禮を受けんとし、其左足を水に浸しながら僧に向て問ひて曰く、朕は天に於て朕の皇祖高宗に再會するを得るやと、僧曰く、洗禮を受けざりし異教徒は地獄に於て永遠の苦痛を免る能はずと。王直に足を水中より引き出して曰く。朕は汝等と共に天國に在らんより、寧ろ皇祖高宗と共に地獄に陷落せんと。遂に洗禮を受けざりしと云ふ。宗教家此精神なし、之を以て吾人は根本的に宗教的道徳を卑しみ、宗教家を擯斥して、利己的下等の人物と云ふなり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十一章 快樂主義 [#ここで字下げ終わり] サルダナパルスは太古アッシリアの王にして、快樂主義に由りて身を滅ぼし國を滅ぼしたる放蕩王なり。而してバイロン稱して『聖王サルダナパルス』と謂ふ。 ドン、ファンは西班牙小説の主人公にして、人の妻に通じ、少女を愛し、女王に愛せられ、交際社會の美人等を操り、一種の人生觀を形成し、快樂を盡くしたる者なり。然るにバイロン之を稱して『古の我友ドン、ファン』と謂へり。 如何なれば斯くの如き人物は、バイロンの眼には聖人たり、又た彼れの友たるや。曰く、彼等人生の眞價の快樂なるを知りて之を實行せるを以てなり。然り快樂は實に人生の眞價なり。其他の事物は快樂の方便及び條件たるに過ぎざるなり。サルダナパルス。彼れ勇壯なる大セミラミス女王の孫なり。然るに其擧動全く婦女子の如し。顏には白粉を塗り、唇には紅を點じ、花環を冠し、輕衣を着流し、多くの宮女等に圍繞せられ、種々の音樂を奏せしめ、日夜歡樂宴飮し、毫も祖母セミラミス女王の如き雄大なる氣象あることなし。宰相サレメネスの妹は皇后たりと雖、サルダナパルス之を愛せずしてグレシアより獲たる所の妾ミラを愛して其愛に溺る。宰相サレメネス、王が、皇后たる自己の妹を愛せずして、他の女子を愛するは、素より不滿足なりと雖、尚ほ妹が皇后たる以上は彼は王の兄なり、又たサルダナパルス、假令放蕩豪侈に流ると雖、尚ほ一國の君主たるなり。『我れはニムロッド及びセミラミスの血統斷絶して地に墮ち、一千三百年來の帝國は牧童の話しの如く終らしむ可からず。彼は警醒せしめざる可からず』となし。祖父ニムロッドの大功、及び女王セミラミスの偉業を説きて王を諫むるや、王は是等の諫言は馬耳東風に付し、却て戰爭主義に反對し、大王の名を攻撃して曰く、 [#ここから2字下げ] 王『然りセミラミスの印度を征伐したるや事實なり。然りと雖其歸國の状情如何ん。 宰相『男子の如く、英雄の如く歸國せり。假令軍敗れたりと雖其勇氣毫も衰ろへず、殘す所の親兵二十を以てバクトリアに退きたり。 王『而して印度に殘して鷲鳥の餌としたる所の死者の數は幾何ぞや。 宰相『我國の歴史には記載なし。 王『余は云ふ。祖母は多數の兵士を後に殘こして、貪鳥、猛禽及び人間─此三者中最も猛惡なるは人間─の食となし、僅に親兵二十を以てバクトリアに遁れ歸へらんよりも、寧ろ王宮に居て二十の衣服を織らんこそ、却て其勝れるに若かざるなりと。此くの如きは果して榮譽なるか。もしこれ眞に榮譽ならんには、我れ其不榮譽を擇ぶべし。 宰相『セミラミス女王は假令印度に敗れ玉ひし雖、ペルシア、メヂア、及びバクトリアを其版圖に入れて一度之を支配し玉へり。陛下亦之を支配し玉ふを得たりしなり。 王『我れは彼等を支配すと雖、セミラミスは彼等を征服せしなり。 宰相『陛下の君笏を以て彼等を支配し玉ふ前に、必ずセミラミス女王の劍威を要し玉ひしなり』(サルダナパルス一ノ二) [#ここで字下げ終わり] と、人を殺し、國を荒らし、血を流す、これ豈眞の榮譽ならんや。此に於てサルダナパルス意へらく若し他國を征服するを好まば、一層有力なる勝利者ありと。論漸く快樂主義に立入れり。曰く、 [#ここから2字下げ] 『我れグレシアの女に聞く、彼國にはバツクスと謂へる神あり、これ我がアッシリアに無き所なり。此神は有力の勝利者にして祖母セミラミスに打勝ちたる所の印度國をも征服したる神なり……酒杯者來れ……我れ新神たる古代の勝利者を禮拜せん。此神とはこれ酒の謂なり。……彼れ全印度を征服せり。然らずや。……卿は血を流す人を以て英雄なりと謂ふか。此の神は葡萄を化して魔法となし悲しむ者を樂しましめ、老いたる者を壯にし、壯き者をはげまし、勞れたる者をして其勞を忘れしむ…………余は云はん、凡て人は善たれ惡たれ、其極端まで行ひて世を驚かすを眞の人となすと』(仝上) [#ここで字下げ終わり] 云ひつゝ大杯を傾けたり。然り酒は大征伏者なり。然り、アシシリアに勝ちし所の印度をも征服せり。昔しテオスの聖人アナクレオンも亦酒を讃美し『我心の歡喜せる時、嗚呼王國は何ぞや王冠は何ぞや、若し是等のものにして我足下にあらんには、我之を蹴散らさんのみ』と云へり。酒の貴きこと王冠よりも上にあり。酒神の威力の強きこと古昔の印度王國よりも大なり。 サルダナパルス此く一意快樂を盡して政治の如きは其顧みざる所たりしなり。人民の怨言漸く起る。宰相サレメネス、王を諫て政治に勉めしむ。サルダナパルス茲に人民を咎めて曰く [#ここから2字下げ] 『忘恩の奴輩なるかな。彼等の不平を唱ふるは、我が彼等の血を流さゞるに由るか。又は彼等を導きて、數万の骨を沙漠に乾かし、或は彼等の白骨を以てガンガの岸を白くせしめざるに由るか、或は壓制野蠻の法律を以て彼等を束縛せざるに由るか、或は彼等をピラミッドの建築に苦役せず、或はバビロンの城壁を築かしめざるに由るならん』(右) [#ここで字下げ終わり] と。宰相サレメネス曰く『然りと雖是等は彼國民及び君主の凱旋の標にして、或は、歌、或は笛、或は酒宴、或は嬪妾等よりも優れるなり』と。サルダナパルス答へて曰く、 [#ここから2字下げ] 『されども我れ凱旋の標としてタルソス及びアンキアルスの都府を創立せり。然るに勇壯なる我が祖母セミラミスは血を好み、多數の都府を破壞したるのみ』(同) [#ここで字下げ終わり] と。サルダナパルス都府を創し、紀念碑の銘を刻して曰く [#ここから2字下げ] 『アナシンダラキセスの子なるサルダナパルス王、一日の中にアンキアルス及びタルソスの都府を建てたり。飮み食ひ且つ愛せよ其他は一切指彈すべきのみ』(右) [#ここで字下げ終わり] と。而て曰く [#ここから2字下げ] 『此等の短句は、能く人事の全歴史を示せるものなり』(右) [#ここで字下げ終わり] 宰相サレメネス此る主義を嘲笑して曰く『善良なる道徳なるかな、賢明なる語なるかな王として其臣下に示すに實に適切なる格言なるかな』と。然りと雖サルダナパルスは此等の攻撃に對する十分の哲理を有し、却て夫の戰爭榮譽主義を攻撃して曰く、 [#ここから2字下げ] 『若し汝をして紀念碑に銘せしめたらんには、汝必ず此く記さん曰く「サルダナパルスは此處にて敵の五万を殺せり、此等は其墓なり、而て之れ其凱旋標なり」と。されども此かることは戰士に任ず。我れ只だ人民の苦痛を少くし、彼等をして苦しむこと無く墓中に滑り込ますることを得ば幸福なりとす』(同) [#ここで字下げ終わり] 而して進みて快樂主義の理想とせる黄金時代、或は極樂なるものを云ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『我に向て戰爭は名譽に非ず、勝利は榮光に非るなり。我れ我が治世をして人民に嫌はれざらしめ、此の血腥き年代記中、我世代をして太平無事の世たらしめ此年代記の沙漠中翠滴る樂地となし、後代の人民をして、其往時を回想して、サルダナパルスの全盛黄金時代を謳歌せしめんとす。我國を樂園となし、日月の變化を新快樂の時期となし、賤の男女の樂める、其觀笑を愛となし、親友の呼吸を眞理となし、婦人の唇を我が唯一の報酬となさんと欲す』(同四) [#ここで字下げ終わり] と。從來の歴史は戰爭史なり、サルダナパルス之を『快樂史』となさんと企て新快樂を以て一新時期を區分せんと欲す。高尚なる精神と謂つべし古來帝王中、誰かよく之を試みしものぞ。又た古來歴史家にして誰か能く此主義を以て歴史を觀たるものぞサルダナパルスは全々快樂主義を行ひたり。 然りと雖其快樂たるや一個人のみに非ず。己を推して人に及ぼし、自己の苦痛を嫌ふと共に他人の苦痛をも嫌へるなり。即ち己の欲せざる所を人に施さべるものに非ずや。曰く、 [#ここから2字下げ] 『我は人に苦痛を與ふるを好まず、又た人より受くることをも好まざるなり』(同上) [#ここで字下げ終わり] と。さればこそ優々快樂を盡くし、殘忍なる戰爭を好まず、徹頭徹尾快樂主義を取れり。 此に或道徳家は曰く『樂快主義は惡なり、倫理の標準は快樂なる可からず』と。されども之れ小道徳家の言なるのみ。苟も道徳の眞價を知り、大人、君子、賢人等の價値及び目的を理會せる者は、決して快樂主義を惡とせざるのみならず、却て人生の目的の此に在ることを知るべし。吾人は問はん、道徳何が故に貴きか、大人何が故に貴きか。吾人答へて云はん、人生の目的は快樂にあり、これ絶對的純粹の善なり。徳義とは止むを得ざる社會必然の條件にして決して人間終局の目的たるべきものに非ず。古來の仁人志士の貴きは果して何の理由ぞや。彼等單に身を殺したるが故に然るか。或は徒に千辛万苦を甞めたるが故に大人なるか。もし果して然りとせば大人志士たるは其苦しみたるにありと謂はざる可からず。又た道徳は、苦しむ爲め、或は死する爲めの方法と謂はざる可からず。嗚呼果して然らば大人の大人たるは、其徒らに苦しみたるに由ると云ふべきか。 彼等眞に身を殺して仁を成すは徳義其物の爲めに爲せしには非ずして、必ずや人間の爲にせんとの心なりしや疑ふ可からず。人間の爲めにするとは如何なることを云ふか。これ決して人間の苦痛を増し、或は人類全躰をして身を殺さしむることを目的とせるに非ずして、必ずや人民には快樂幸福利益を得させんが爲に盡くすものに外ならざるべし。これ大人の大人たる所以にして、又道徳の道徳たる價値の存する所なり。大人の精神は快樂主義にあるものなり。もし彼等をして人民の幸福の爲にするに非ずして、單に徳義其物の爲めに自ら苦みたりとせば、吾人は毫も彼等を尊敬することあらざるべし。何となれば彼等の行爲は世に何の益する所もあらざればなり。無益のもの何ぞ之を貴ふに足らん。實に徳義は人生の目的に非ずして、社會を形成するの一種必然の條件なるのみ。徳義は制限的の形式にして、快樂之れが内容たり。人生の幸福利益の爲めに盡力する人こそ、吾人稱して眞の大人とは云ふなれ。徳義の爲めに徳義を行ふ人は、人間を愛することを目的とせざる人なり、何ぞ尊敬するに足らんや。カントの倫理説は徳義の爲めに徳義を爲せと説く、これ人生の福趾を目的とせざる者なり。彼れ眞正の道徳家に非ず、何ぞ敬するに足らんや。且つカントの倫理説は、誤謬の觀念の上に建立せられたるものにして、取るに足るべき所甚少し。凡そ大人たるものは皆な生民の安樂皷腹を目的とする者なり。バイロンのサルダナパルス假令其方法に於ては誤りしと雖、其の精神に至ては否む可からざる大人なり、聖王なり。民を親しみ、幸福ならしめんとするの人なり。而して快樂を以て單に飮食色に限りたるが如きは狹隘なりと雖、人生の目的は快樂にありと云ふ所の根本哲理に至ては、吾人其眞理なるに同感の意を表する者なり。其『我國を樂園となし、日月の變化を新快樂の時期となさん』と云ふが如き、其精神何ぞ高尚なる。大道徳家、大宗教家、大政治家の心とすべき所は眞に此にありと云ふべし。 バイロンのサルダナパルスの快樂に關する理想と哲理とは此くの如し。而も彼れ生命主義に非ずして快樂主義なり。生命の長短は其心とせざる所、只だ現在の快樂を求めたり。其意に謂へらく、若し快樂ならんには、一日も千年なり。苦痛の生命はよし千年に續くとも、これ快樂の一日に劣るものなりと。されば人々相猜疑し、心に憂を懷くが如きはサルダナパルスの快樂主義に非ざるなり。生命の長短は問はざる所、只快樂のみを思へば可なりとなす。人民漸く、王が政治に怠るを怨み、叛を謀るものあらんとし、王に之を告ぐると雖、王は平然として曰く、 [#ここから2字下げ] 『如何なる危難迫れるか我れ之を知らず。一々此かる細事に配慮して、此短き生命を短縮せしめて可ならんや。若しそれ死を恐れ反亂人を探索し、或は我身に關して猜疑を懷きて生き居るが如きは、眞に死時に前き立つて既に死せるものと謂ふ可し』(同) [#ここで字下げ終わり] と。自己の王位を竊ひ生命を奪はんとする者ありと雖、毫も之を拒をんともせず、人其危急を告ぐると雖、少も之を信とせずして曰く [#ここから2字下げ] 『明朝汝等其空想なりしを知らん。……人を疑ふは間者の職なり。我れ無益の談話及び無益の恐懼に貴重なる光陰を消費せり』(同) [#ここで字下げ終わり] と。尚ほ一意快樂を止めずして曰く [#ここから2字下げ] 『彼等若し我を滅ぼし、併せて王國を奪はんか、嗚呼これ何事ぞや。地球とは何物ぞ、地上の王國とは何物ぞ。我れ相愛し而て生活す、……死とは此身の自然の事變なるのみ。我れ能く血を流し、又た能く我名をして死と同一ならしむることを得べし。然りと雖我れ之を爲さず、何となれば我が一生は愛の一生なればなり。……若し人我を嫌はゞこれ我が彼等を嫌はざりしに由る。若し人我に反逆せば、これ我が彼等を壓制せざりしに由る。嗚呼人よ、汝は笏を以て統御すべからずして、鎌を持つて支配し、草を芟るが如く芟り倒ほし、不平腐敗の徒を斷滅し、他の善良なる者を害せず、豊饒なる地を磽角ならしめざらんことを努めざるべからず』(同) [#ここで字下げ終わり] と。サルダナパルス王は生命主義に非ずして、快樂主義なり。生命主義と快樂主義とは、自ら異る所の結果を呈す。もし生命主義に據るときは、或は身躰を節制し、或は前後の思慮を要すと雖、快樂主義に在つては、快樂の感情其物こそは眞正の生命なりとするの主義にして、長命敢て願ふ所に非ず。苦痛の千年は快樂の一瞬に若かざるなり。快樂なき生命を保ちて何の益する所ぞ、若かず一意快樂を盡くして終らんには。凡て人間の身を愼み行を正ふするは、實に長命を欲するに由るのみ。されども快樂なきの長命は之を得るとも何の益する所なしとなす。支邦の快樂主義の哲學者楊朱の精神とせし所も亦茲にあり。曰く、『長生我れ敢て望ます。死後亦た知覺無きを以て望む所無し、只だ現在あるのみ。性に從ふて快樂を盡くさん。太古の人の生の短くして死の忽ちに來るを知る、故に心に從て自然に違はず、死後の名譽、生命の長短を心に介せず、以て己の欲を肆にす。生は遇ひ難く死は及ひ易し。豈に過ひ難きの生を以て及び易きの死を待つべけんや。又た禮義を以て情を矯めて可ならんや。若し快樂を肆にせば、何ぞ長生を求むるを要せん、一日も一月なり一月も一年なり、一年も十年なり。然るに戚々として禮義に拘泥せば死するに若かず、千年万年我に於て益する所無し』と。 只だ一心に快樂を盡くせ、飮食色、これ人生の求むる價値あるものなり。生命の安危名譽の好醜、我に於て何かあらん。人我生命を圖るとも、彼等の爲すに任せんのみ。 此くてサルダナパルス遊興酒宴を止めず。愛妾ミラ、その身の危きを憂ひて謀叛者ありと告ぐるとも、王は之を事ともせずして云ふて曰く [#ここから2字下げ] サルダ『用事は明日。 ミラ『然らば死は今夜。 サルダ『喜悦、歡樂、愛情の眞最中、死よ突然來れ。我れ枯れ凋む所の薔薇たらんより、寧ろ摘まれて碎くるものとならん』(サルダナパルス一の二) [#ここで字下げ終わり] と。これ純粹の快樂主義の言なり。バイロン『ドン、ファン』の篇中、フアンの愛女たる、可憐なるハイデーが、父の爲めに情夫フアンと引き離され、遂に熱病に死したる其の状を謂て曰く [#ここから2字下げ] 『此く活き此く死せり、彼女の容貌には悲しきことも耻も無し。彼女は、年月に由て生息し、冷淡なる心情となり、年老ふるに至るまでも尚ほ地上に生を保ち、内部の苦痛を忍ぶやう造られざりき。彼女の生きたる日月も亦其爲したる快樂も、其時間は短しと雖、快樂のみにて滿ちしなり。』(ドン、ファン四の七二) [#ここで字下げ終わり] と。然り人生の人生たる價値は、年月の長短に非ずして、其實質の如何にあり。若し唯だ長生のみを求むとせば、始めより無生の木石たるを可とす。緑の松も呉竹も、人は稱すと雖我れ好まざるなり。たとひ夕影待たぬ花なりとも、朝顏の華やかなるに若かず。苦痛なるか、或は單調無味なる千万年よりも、寧ろ快樂にして一瞬を生くるの勝れるに若かざるなり。元來時間とは何ぞや、實在とは何ぞや永久とは何ぞや。永久も實在も全時間も、實は一瞬間の現在なるのみ。一瞬過ぐれば既に無に歸す、現瞬の未來は又た無なり。現一瞬これ全時間、全生命、全實在なり。故に一瞬の苦痛は全生の苦痛なり、一瞬快樂にして死せんには、吾人は一生快樂なりしものと謂ふ可し。歡樂戀愛の最中突然死來るとせば、實にこれ吾人の最大幸福にして我一生は快樂にして、我が本躰は快樂なりしものと謂ふ可し。 然りと雖死は吾人の願ふ如く突然快樂中に來るものに非ずして。我れ一と思ひに死すること能はざるなり。或は疾病あり、或は貧苦あり、或は人に排斥せらるゝあり。或は飢渇あり、不平あり苦痛あり、然る後死は徐々に來り、吾人をして炎熱の床に臥さしめ、時に黯※[#「黯のへん+甚」、第4水準2-94-61、黮]恐怖の念、雲の如く叢り來り平常賢明なりし人をも疾病的、宗教的の迷ひと恐れとを生せしめ、七轉八倒せしめ、然る後に死は其事を全ふす。 人若し強大なる決斷力を有し、よく自己の生命を左右するの力あらんには素より可なり、大快樂、大歡喜、大戀愛を盡くし、生理上及び其他の苦痛の來らざるに前立ち、直に短刀一閃の下に倒るとせば、彼れサルダナパルスの快樂論を實得せるものと云ふべし。ストア哲學派は往々此種の人を出す。其説に曰く、若し彼れ世界を惡なりとせば死すとも可なり、死は生得の大權なり、我は我身の主人なり。然りと雖、窮迫して死すべからず、大怛なる勇氣を以て見事なる死を遂げざる可からずと。ツェノーよりセネカに至るまで、皆な此く自殺して死したり。バイロンの海賊「コンラド」此精神を有す。曰く、 [#ここから2字下げ] 『夫の老廢の身に戀々せるの輩は、病褥に平臥して重き呼吸をなし、病ましき頭をもたげ苦しむ。然りと雖我等の臥床は新鮮なる浪花飛玉なり。熱病の床に非ず。彼等の死するや一瞬毎に暗黒に行くと雖、吾等は一躍一苦痛、以て死苦の束縛を脱することを得るなり』(海賊一) [#ここで字下げ終わり] と。人もし此勇氣あるときは何をか云はん、若し快樂の馳塲にして、其最終點に爆裂彈の備へあらんには、我れ亦此馳塲に入り、我乘る馬の手綱を弛るめ鞭打を加へて全量の速度を以て進むべし、─終る所は突然の死なればなり。突然の死は死無きに等し。エピクーロス曰く『吾人死を恐るゝは眞に愚なり。吾人は決して死に出逢ふものに非ず。生ける間は素より死無し、死來るときは吾れ既に在らざればなり』と生ける間は歡樂のみ、死の來りし瞬間は我れ既に知覺なし、從て苦痛有るに由無し。『死よ歡樂中に突然來れ』これ我全希望なり。此に至りて正面の敵たるストア學派とエピクロース學派とは兩々手を携へて進むことを得るなり。サルダナパルスは眞に聖哲なるかな。 彼れ反亂人の征討に出づるや、甲冑の輕きものを着して出陣し、又た立ち歸りて『鏡』を取りて己の姿を寫し見る如き、美麗異常の快樂主義と云ふべし(サルダナパルス三の一)其敵に面するに當つても、少も恐るゝ所無く『歡樂の時の如く』戰ひて無心なり。バイロン、ミラの口を借てサルダナパルスを嘆美す。ミラはグレシアより獲たる奴隸にして、サルダナパルスの愛妾なり。曰く [#ここから2字下げ] 『耻に非ざりき、妾が王を愛せしは耻に非ざりき。妾は以前に思はざりしと雖、今や思ふ、王のグレシア人にてありしならんにはと。……王は幼きより成年に至るまで深宮に在て婦女子の如く養育せられ玉ひたり。然るに其一旦奮起し玉ふや酒宴より勇進して戰塲に打出つること、宛も愛の床に行き玉ふが如し。實にグレシアの女子は王の情婦となり、グレシアの樂師は王の樂師となり、又たグレシアの墓は王の紀念碑たるに足るなり』(サルダナパルス三の一一) [#ここで字下げ終わり] と。これ文化のグレシアより、未開のアッシリアを稱したる語にして、サルダナパルスの能くグレシア人たるべき文化の王たるべき價値あるを嘆美せるものなり。バイロン又た王の外戚宰相サレメネスをして言はしめて曰く、 [#ここから2字下げ] 『他人の眼には彼れ爲すこと無きの人と見ゆべしと雖、我眼より見るときは王は尚或物たるなり』(サルダナパルス一ノ二) 『彼れの軟弱なる胸中には、尚ほ腐敗せざる勇氣有て存す。潜伏せる勢力はたとひ境遇の爲めに壓迫せらるゝと雖。決して滅盡せるに非ざるなり。彼れ若し鄙の農夫に生れしならんには、必ずや勇壯なる男子となり、進んで王國に達すべし。若し帝王に生れしならんには只だ名聲を殘すの外、一物の遺す所あらざるべし。彼は人の難しとする所を撰べり。彼れ一國を統御するは、自己の生命を衰耗するよりも其勞少しとせるか。千軍に將とし、万馬の間に往來するは、宴席に遊興するよりも容易なりとせるか、彼は快樂を追求して汗を流し、其精神を勞するなり』(一の一) [#ここで字下げ終わり] と。此の如きはバイロンのサルダナパルスにしてバイロン之を理想となす。彼れ快樂主義を讃美して曰く [#ここから2字下げ] 『酒は精神の露の源泉なり、心情の甘露なり何物の樂みか古酒に若かん。人もし好まば隨意に説教なすべし。されどもこれ只だ無益なるのみ。酒と女、歡樂と笑謔。而して説教と「ソーダ」水とは翌朝のことなり。人間は道理的のものなり、醉はざるべからず。一生の至樂は實に昏睡の中にあり。名譽も葡萄も戀愛も黄金も皆此中に潜在す。是万人の希望する所なり、……若し醒めしときは何をか持ち來すべき、曰く、家僕を呼びて速にホツク及ソーダ水を持來らせよ、然らば汝キセルキセース大王の快樂を知らん』(ドン、ファン二の一七八、一七九、一八〇) [#ここで字下げ終わり] 此くて初めて人生の價値を知る可し。キセルキセースは、一切の快樂を爲し盡くし、新快樂を得んとして、懸賞を以て募集したることありと云ふ。『酒と女と歌ふことを好まさるものは、一生愚にて終るべし』とは又獨逸人の金言なり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十二章 女性及び愛戀觀 [#ここで字下げ終わり] 天使なるか、惡魔なるか。菩薩なるか夜叉なるか。人間なるか劣等動物なるかとは女性に就て古來發せられたる問題なりとす。女子は實に天使に非ず又惡魔にも非ず。菩薩に非ず又夜叉にも非ずして、女は女たるなり。然りと雖其女らしき女は、又一種驚くへき大勢力を人事上に有するものなることは、否むべからざることゝなす。戀愛は神聖なるものなるや下等なるものなるや、有益なるものなるや有害なるものなるや、これ亦古來議論多しと雖、紛々未決の問題たるが如し。然りと雖兎にも角にも戀愛は人性至深の所に其根蒂を有し、人事現象中には至大なる現象たり、動機たり、又動力たるものなり。嗚呼女性は一種の秘義なるかな。戀愛は至大なる魔力なるかな。詩人バイロンは人生種々の側面の事物を經驗せし人なり。其宇宙觀は實に深玄高尚にして、ドイツの大哲學者ショペンハワーの如きすら大に稱揚せる所なり。又其人生至高至卑なる兩側面の觀察に於ては、到底ミルトン等の及ぶ所に非ざるなり。殊にバイロンの貴族たりしと、又其容貌の男子らしく、而も美麗にして、才氣卓絶意志強く、又温和なる心情を有するが如きは、よく彼をして女性界に出入して實地に之を觀察し、又自ら戀愛の關係を作りて實地に其情を味はしめたり。而して其批評的の頭腦は、又よく彼をして是等の實現象中より超絶して、批評的に之を觀察することを得しめたり。是を以て女性の心理及び愛戀の哲理に於ては、吾人は、バイロンより學ぶ所甚だ多きを信ずるものなり。バイロンは實に女性心理學者なり。若し女子に關する學術ありとせば、バイロンは女學者なりと謂ふべし。其女性の眞性を知るに於ては、或はドイツのゲーテに一歩を進めたるものあるべし。バイロン先づ人生に於ける、婦人の位置を謂ふて曰く [#ここから2字下げ] 『人生の太初は婦人の胸懷より萠芽し、汝の小き言語は女の口より教へられ、汝の涙は女に由て拭はれたり。而して生命其終りに臨み、幸運我身を去るに當てや、以前に恩惠を施したる者も、今や一人として顧みる者なきの時、尚ほ汝の側を離れず、汝の臨終の語を聽くものは女なり。』(サルダナパルス一の二) [#ここで字下げ終わり] と。これバイロンの理想の賢女、『サルダナパルス』編中のミラの言にして、女性の人生に於ける、又男子に對しての位置を云へる者にして、實に千古の金言なり。女子は決して波風荒き外界に奔走すべきものに非ず、又力役に適せるものに非ず、又は政治に關係すべきものに非ずして、人の妻となり、母となり、子女を養育し、之を教育し、夫を慰め、家政を齊へ、又は病者を看護する等、これ女子の天職たるなり。バイロンの女性の至當の位置を明言せるや至れりと謂ふべきなり。此くの如き格言は實に吾人に『音樂の如く』聽ゆるなり。 男と謂ひ、女と謂ふ、其區別あり、而も亦其合一を求むる所の戀愛の情あることに就きては、古來哲學者等種々神秘高尚なる説を爲すものありと雖、要するにこれ皆心理上及ひ生理上の必要より來るものなり。然りと雖生物學的形而上學の點より謂ふときは、人間種族を繁殖せしめん爲めの方法となす。而して其説に曰く、天男女を合して其種族を繁殖せしめんと欲して、女子に與ふに嬌美を以てす。男子之を見て其美を喜び、之に銷魂し、之を愛慕し、常に其念を心中に浮べて無量の慰樂を得と。吾人は天果して人類種族を増殖せんとせるや否やは之を知るに由なしと雖、女子のよく男子を樂しましめ、又よく活動力を與ふるの如何に大なるやを知るなり。バイロン曰く [#ここから2字下げ] 『其嬌美はよく我恐懼の念を去りて希望を復活し、よく我をして再生せしむ。黄金なせる髮の毛は、雪の額に波立ちて房を爲せり。汝(女)の頬は美の模型に從ひて作られ、汝の唇はよく我をして美の奴隸たらしむ。汝の眼は又よく美術家の筆をして失望せしむ、如何なる時にも汝の容貌は實に我希望を慰むるなり』(メリーに與ふる書) [#ここで字下げ終わり] と。若し世界に女性なかりせば、世は如何に冷淡にして、又乾燥無味のものならん。人生活動の大半は、色情より來るものにして、女性は人事活動の大動機なり故に若し艱難絶望の時に際し、女性の一微笑の酬あらんには夏の炎天枯凋せる草木の雨露の惠を得たるが如く、男子の氣力勃然として興起し、再び人生の競爭塲裡に活動する者となるべし。然るに人若し婦人の愛を得ず或は之を失ふことあらんには、其落膽は如何にぞや。茲に於てか彼れ忽ちにして其活動の力を失ひ、厭世の人とならんのみ。古來無數の厭世者の中、其最も多き所の原因は、失戀にありと謂ふべし。古は愛を失ひて狂せる者あり、バイロン其狂者を憐れみて歌ひて曰く、 [#ここから2字下げ] 『彼所に人生を脱出して森林洞窟に遁世せる彼れ何人ぞ。彼れ其の所に狂妄し、風に向ひて不平を吐露し、山は愛情の告別を反響す。人世を嫌ふの情は心中の王となり、失望肢體に瀰漫して空しく愛の最後の告別を悲歎す。』(愛の最後の告別) [#ここで字下げ終わり] と。失戀は單に人を狂せしむるのみに非ず、又た最も多く人を死せしむるものなり。マンフレッドの言に曰く、 [#ここから2字下げ] 『或者は快樂に死し或者は學問に死し或者は過勞に死し或者は疲勞に死し、或者は病に死し或者は狂に死し、或者は戀愛に死す。然りと雖宿命の表中に列擧せられたるものゝ中、其最も多く人を殺すものは戀愛の絶望なるかな。』(マンフレッド) [#ここで字下げ終わり] と。然り愛能く人を活かし、又た能く人を殺す。戀を得たるものは最第一の幸福の人にして、戀せざるは甚だ愚なり。然りと雖、戀して戀を得ず、愛して愛を得ざる者は世上最第一の悲しむべき不幸の人たるなり。戀を得ず、或は之を失ひて古來厭世家となり、狂者となるもの少なからざるを見よ。戀を得ざるものと、之を失ふものと之を絶たざる可からざる者とは悲しむべき不幸の人なるかな。 戀は之を失戀に比較せよ、實にこれ [#ここから2字下げ] 『天よりの光明なり。不死の火光の輝くなり戀は吾人の生命の誤ることなき導者なり』(不信者) [#ここで字下げ終わり] 戀は生命なり、光明なり。戀を得しときは心情春の朝の如く、青草白露を帶び、花香馥郁たるが如きなり。プラトーン深く其神秘なる力に驚きたり。耶蘇の使徒ヨハネも其理の妙味を悟り、神を以て愛となし、之れを光となし、生命とせり。詩人エドマンド、スペンサー亦此點に感ずるや深かりしなり。嗚呼吾人は戀の光明を讃美し、其生々活動の大能力を頌美するものなり。 然るに一旦我戀の死するあらんか、斷絶するあらんか、生き別れあらんか、嗚呼吾人の心は闇夜の闇なり。愛女を失へる『ジアオア(不信者)』の言を聞け曰く、 [#ここから2字下げ] 『今や光明は消へ去りたり。今より何と光と頼み、我前途の暗きを照らさん。我呼吸は存すと雖、生ける人間の呼吸に非ず。前には萬物我に嬌媚の色を呈せしと雖、今や我胸中は闇夜の如し。』(同) [#ここで字下げ終わり] と。『ジアオア』及び『マンフレッド』は、愛の死に原因せる絶望的厭世を歌となし、悲哀悽愴其極に達し、心中の苦痛言語に絶し『我思ふ所言ふ能はず、汝鬼神よ、我心中を讀め』と云ふが如きの情を寫せるものなり(マンフレッドに就ては第五章を見よ)吾人は得愛の最大幸福なるを知る然りと雖、愛の死と其隔離的絶愛には一層の同意を表せざるを得ざるなり。これ只男子のみ然るに非ず、婦人に至つて又一層甚しとなす。何となれば婦人の性たるや [#ここから2字下げ] 『一意一心に愛するは唯一の術』(フアン一の一九二) [#ここで字下げ終わり] にして、其他何の思ふ所無く、只だ愛一心にあればなり。故に『ドン、ファン』中のドンナ、フリヤはフアンに向て曰く、 [#ここから2字下げ] 『妾は汝を愛し、我國、我位置、我夫、人間及び名譽等盡く之を失ふとも、毫も悔ゆる所に非ず。』(フアン一の一九三) [#ここで字下げ終わり] と。これ婦人の最も深き愛情の決心なり。然りと雖 [#ここから2字下げ] 『男子に於ては愛情と生命とは別物なりと雖、女子に取ては愛情は全生命なり。』(同上) [#ここで字下げ終わり] 朝廷、戰陣、寺院、海上、商業、劍戟、大望、榮譽等、皆な男子の胸中を充たすことを得べしと雖、女子に向ては唯だ一、愛するあるのみ。之を以て一と度其愛を失ふときはこれ眞に絶望にして其生命を失ひたるものと何ぞ異ることあらんや。 愛情の人生行爲に關係の大なること此の如く男女互に相慰安す。然りと雖男女其位置を異にし、男は活動的なり女は受動的なり、故に男子の剛朴粗大に反し、女子は柔和緻密にして美を有し、以て男子の愛を招く。美は實に人生の終局の目的にして人生の大動機なり、又た大理想なり。能く吾人を慰安して、精神を興起し、活動力を生ぜしむるものは愛なり。女子は此發動力の位置にあり、故に其目的に向て作らる─女子の顏は見んが爲めに作られたるなり、故にバイロン詩中の英雄フアンを謂て曰く [#ここから2字下げ] 『女子の容貌はフアンに向ては決して無益に作られず。彼れ教會に行て祈る時も、其白髮の古聖者を見んよりも、顏を處女マリアの美はしき肖像の方に向けぬ。』(フアン) [#ここで字下げ終わり] と。男女相愛するは心理學に云ふときは、愛情其物が目的たる快樂にして、生殖子孫等は念頭に存せずと雖、之を形而上學或は生物學的に考ふるときは、單に愛情的の快樂のみに非ずして、種族の繁殖其目的たるが如し。故に我れ子孫を生まんと欲せずと雖も、愛情の結ぶ所、必ず子孫無きを得ざるなり。これ我意決して然るに非ず。されども然らざるを得ざるなり。必ずや我以外に在て我をして之を爲さしむる所のもの在て存すべし。これ世界の『本體』たりと云ふはショベハワーなりとす。彼れの哲學に由るときは、此『本體』は盲目のものにして、愛情の錯覺的快樂に由て男女兩性を合一し、以て子孫を生殖せしむ。宇宙の目的は生殖にあり、女子は生殖機にして、『生殖』これ大目的なり。故に箇人的に非ずして普遍的なり。普遍的なるを以て輕薄にして貞操少しとなす。バイロン敢て形而上學を説かず、單に實驗に由て、女子の戀心し易きを謂て曰く、 [#ここから2字下げ] 『女子よ、一と度汝を見たる者は、汝を愛せざるを得ざることは、我が經驗の教ふる所なり。さは云へ汝の嬌媚の前に在ては、只だ汝を頌美愛慕するの外、萬事盡く之を忘却す。…………女子よ、汝は美麗なる詐僞者なり。女子は一日中にも其約したることを變ず。「汝の|誓言《ちかひ》は沙上に書かれし記録なり」とは永久不變の格言ならん。』(女子に與ふ) [#ここで字下げ終わり] 女子は深重なる所無く、時々刻々目前の感情に從ひ、淺薄些少の道理に由て動かされ、泛々浮々として|汀《みぎは》に|生《お》ふる|萍草《うきくさ》の、|昨日《きのふ》は此方の岸に咲き|今日《けふ》は彼方の岸に咲くが如し。 [#ここから2字下げ] 『女子の心中は旋風なり、又た危嶮なる深き|渦卷《うずまき》なり既婚者を始とし寡婦、處女、或は母に至るまで、何れも皆な其心を變ずること風の如し。』(フアン九の六四) [#ここで字下げ終わり] されども女子は男子の好美心、其下層には無意識に存ずる所の色情に訴へ、能く男子を擒にして自由に之を弄ぶの力を有せり。故に男子は女子に命令せられ、又た能く欺かるゝものなり。男子之を知りつゝも尚ほ女子の面前に在ては之を復讎すること能はず。故に詩人も [#ここから2字下げ] 『アンよ。汝の我に無情なるは、我が怒りに堪へざる所なり。然かはあれども女子は男子を命令し、又た欺かんが爲めに作られたるなり。我れ汝の容貌を見ては、殆[#「殆」は底本では「始」]ど汝の無情を免したり。……汝の|笑顏《ゑがほ》を見るときは、我胸中の忿怒も疑念も、みな我が誤りなりとの念を起せり。我れ汝を見るときは、汝に對する我忿怒は、忽ちにして汝の頌美と化し、我が心情に願ふ所は再び汝と睦ぶにあり。』(アンに與ふ) [#ここで字下げ終わり] と言はざるを得ざるなり。女子の男子の上に有する勢力も亦大なるかな。女子欺き我れ火の如く怒ると雖、一旦其笑顏を見るに於ては、復讎忿怒の念此の際果して何處にかある。實にこれ女子惟一の力なり。 然りと雖、これ必しも女子のみの之を能くするに非ずして、男子亦能く女子の愛情を左右することを得べし。之を爲さんは『技術』無かる可らず技術を施さんには先つ女子の心理の工合を熟知することを要す。故に若し此愛情海に乘り出さんと欲するものは、 [#ここから2字下げ] 『最も熟練なる航海者ならざる可からず。』(ジユアン六の三) [#ここで字下げ終わり] 而して航海せんと欲する者には善良なる海圖を要す。愛情の航海を試みんと欲する者は又た能く『心情的の海圖』を知らざる可からず。『愛情の海圖』とは [#ここから2字下げ] 『男子は知性に由て思慮すと雖、女子は只た感情に由るのみ、其感情は如何なることを情思するやは、神之を知り玉ふ。』(右六六の二) [#ここで字下げ終わり] 此海圖を明にして、始めて愛情の航海に成功することを得べし。此く見來るときは、男女の情愛は皆な技術的にして [#ここから2字下げ] 『男子の利己心は能く女子の技術を看破し、女子佯らば男子も佯はり、男女互に佯はると云へども、其愛情は減ずること無く、如何なる徳義も、能く此最惡たる生殖を止むること能はず、只だ餽渇のみ之を能くす。』(右六の一九) [#ここで字下げ終わり] 而して男女互に技術を用ひ、相愛し又た愛せしむ。人之を知りつゝも愛情少も減ぜざるは奇なりと謂ふべし。色情の結合力も亦奇なるかな。 人生は戰爭なり。各々其天賦の武器を以て戰ふ。男子は腕力智力金力及び脅迫等の武器を有し、以て其意志を行ふと雖も、天は女子に此かる有力強大なる武器を與ふることなく、只だ纎弱なる身體を與へたるのみなれば、如何にして人生の競爭塲裡に立つを得べきや。女子は全く武器無きか。否、否、天の女子に與へたるは剛強亂暴なる武器に非ずして、かの温和緻密なる心情及び容貌の美麗なることこれ『至強の武器』たるなり。而して其命令の偉大なるは、遙に一二の武器腕力智力等に勝り、能く萬軍を死せしめ又た能く一國を傾く。トロヤ十年の激戰は一淫婦ヘレンより起りたるものなることを思へ。詩人曰く [#ここから2字下げ] 『女子の紅涙の、其恐るべき愛らしさ形容すべからず。これ眞に纎弱なる女子の武器にして、之を以て其身を助け又た敵を服せしめ、同時に矛たり又た楯たるなり。之が爲めに古來徳義を失ひ、知識を誤り、國家を滅ぼし併せて天國をも失ひたるものそれ幾何ぞ。』(海賊二の一五) [#ここで字下げ終わり] と。又曰く [#ここから2字下げ] 『若し女子の若かくして、容色艶に美なるときは、王位も世界も全宇宙も、彼女の爲めとし云はゞ何かあらん。假令天上よりは星辰を振ひ落さんとも、假令我身は自由を失ひ心緒錯亂することありとも、又た假令彼女は惡魔(有りとせば)なりとも、此情一旦熾るときは、帝位も世界も棄てゝ顧ること無けん。……アントニーはクレオパトラの眼に由てアクチウムの戰に敗北せり。さらばクレオパトラの眼は、セザルの勝利と平均せりと謂ふべきか。』(フアン六の三) [#ここで字下げ終わり] と。美の有せる力此くの如くそれ大なり。 グレシア古代の傳説に、愛情を示すに弓矢を以てす。ソクラテス之を解して、曰く、美は遙かに隔つと雖我心に力を及ぼすを以てなりと。それ然り。愛は又た能く人を『盲目』ならしめ、又た小兒たらしむ、故に曰く [#ここから2字下げ] 『愛して同時に賢こからんことは難事なり。』(右一の一一七) [#ここで字下げ終わり] 『アントニーは五十歳にして四十歳のクレオパトラの爲めに死せり、』もし彼等にして、『二十歳と十五歳の頃ならんには、富貴も帝位も世界も盡く遊戯の如きのみならん然るに此年齡にしては尚ほ此の如しグレシア人が愛情を小兒に比せしも其理由無きに非ず。 『大シーザーは戀の口説者なり。チトスは其主人なり、アントニーは奴隸なり。サツポーの墓上には、中性的の者集まるべし』(ジユアン二の二〇五)如何に嚴正の容貌を裝ふ人なりとも、尚且つ戀愛することありと思へば、彼等の嚴正は却て滑稽の情を喚起す。詩人曰く [#ここから2字下げ] 『あゝ戀愛よ。汝は貞固なる婚縁を不安となし、又た「能く偉人の額を弄玩す。」シーザー、ポンペー、マホメッド、ベリサリウス等、彼等は、歴史の女神に筆を執らせ、動功偉績を記るさしめたり。彼等の經歴及び運命は、變化甚た多くして、此く價値ある歴史上の時代は、再び見ること能はざるべし。然れども此等の四人には同一なる三事あり。乃ち彼等等しく英雄なりしこと、勝利者なりしこと、而て其妻不貞なりしこと是れなり、』(右二の二〇六) [#ここで字下げ終わり] 嚴格武骨の人と雖、戀愛に關しては軟化して骨無き如く勇者勝利者なりと雖、必しも婦女の愛情を乘り取る能はず。爲めに『偉人の容貌を弄び、以て之を滑稽にす。』古來英雄にして女運の拙なりし人少なからず。又た女子に嫌はれたるの反動を以て、大業を成したる者少しとせず。盖し愛情の生減するは、決して道理義理に由るに非ずして、只だ相互の心情及び生理組織の最も適合せるに基ひするものにして、權威富貴も戀愛の情を起すものに非ず、學才ありと雖も未だ必しも婦人の愛を得ること能はず、恩愛を施こすとも、愛情の報恩は期すべきに非ざるなり。一と度愛情ありし者と雖、其退潮に當てや人力亦之を如何ともすること無し。『愛情は自然なり、』人間の手中に有るものに非ず。故に愛情は之を起さんとして起るものに非ず。退くに當てや、止めんとして止まるものに非ざるなり。『千代變らじと契るとも、これはた何の益か有らん。一時偶然の出來事は、全く我等を分離せしめ、又た死せしむるに至ることあり』愛は自然に生じ、自然に去る。故に『海賊』篇中のザイドの妻、其夫に對して愛情無く一見の海賊コンラッドを愛して自ら情を説きて曰く、 [#ここから2字下げ] 『愛は自由と共に存す、(壓制して情起るものに非ず)妾の今の状態は愛せらるゝ奴隸にして、彼(夫)の光榮を共にし、外より之を見るときは、實に羨ましく思はると雖、其實情はさに非ず。胸中に自問して「汝は彼を愛するや」と云ふときは、烈しく「否」と答ふるなり。理由も無くして夫を嫌ふの情を去らんとすれども其の効無く、彼れ妾の手を執れども、妾は與へず又た拒まず、胸の動悸は遲くなる無く又た速くもならずして、只だ冷然として靜なり。彼れ妾の手を放せば生活無き者の如く|懸垂《ふりさか》るのみ。』(海賊二の一三) [#ここで字下げ終わり] と。權力も愛情を左右し能はず、起らざる愛は起す可らず、去り行く愛は止むべからず、バイロンのサルダナパルス曰く [#ここから2字下げ] 『我情愛は我手中に無し。』(サルダナパルス四) [#ここで字下げ終わり] と。耶蘇曰く『夫婦は神の合はせ玉ふ所なり』と。これ愛情は人力中に無きを云へるものに非ずや。日本にては縁は出雲の神の結ぶ所と云ふ。戀愛の發生するは奇妙なるものにして、又た意外なり。同は同を知り、愛は愛の語を有す。無言の言無聲の聲。『壇浦兜軍記』に曰く『なれにし人は山鳥の、尾張の國より永々しき、野山を越へて清水へ、|毎日《ひごと》/\の|徒《かち》まふで、下向にも參りにも道は變らぬ五條坂、互に顏を見知り合、いつ近づきになるとなく、羽織の袖のふくろび一寸、時雨のから傘お安ひ御用、雪の朝の烟草盆、寒ひにせめてお茶一ぷく[#「一ぷく」は底本では「ぷ一く」]、それが高じて酒一つ……』 バイロン同じく『戀愛の發生』を云ふて曰く [#ここから2字下げ] 『媚目は秋波を生じ、秋波は嘆息を生じ、嘆息は情願を生じ、情願は言語を生じ、言葉は何時しか雁の翼に文を添へ、情を互に相通ず。さて其後は如何なる痴事の起るやは只神之を知り玉ふ。』(ベツポの一六) [#ここで字下げ終わり] 愛の言葉は言語よりもよく目に發表するものにして、 [#ここから2字下げ] 『言語よりも雄辯なり。』(フアン二の一五〇) [#ここで字下げ終わり] 愛の生滅此の如くそれ自然のみ。婚姻の儀式如何に嚴肅にして、末變らじと約すとも、これ決して頼むべきに非ず。去り行く愛情は止むべからず。 [#ここから2字下げ] 『愛情よ、汝は貞固なるべき婚姻も、又た不安の状となす。』(二の二一六) [#ここで字下げ終わり] と。然り愛情の性質たる [#ここから2字下げ] 『其内已に變化の萠芽を有す、豈他あらんや。自然萬物によりても之を推知するを得べきなり。急激なるものは疾く止む。雷霆豈永久天に轟かんや。』(一四の九四) [#ここで字下げ終わり] 花は自然に美色を得又た自然に之を失ふ愛情も亦之に同じ [#ここから2字下げ] 世の中の人の心は花染めの [#ここで字下げ終わり] [#ここから8字下げ] うつろひ易き色にぞありける─(よみ人知れず) [#ここで字下げ終わり] [#ここから2字下げ] 色見へてうつらうものは世の中の [#ここで字下げ終わり] [#ここから8字下げ] 人の心の花にぞありける─(小町) [#ここで字下げ終わり] 愛情は自然に生滅す。サルダナパルスが『愛情は我手中にあらず』と言ひ、『マンフレッド』中の運命神が『我手は人の心情を左右す』と云へるも同一にして、耶蘇の語も亦之れに外ならず、耶蘇も亦た情を解せる人なるかな。茲に於て『愛情と婚姻』との問題起らざるを得ざるなり。而してバイロンは結婚と愛情とは一致するものに非ずとなす。婚姻中には時に自然ならざるものあり、或は義理の壓制に由ることあり或は名位富貴に婚することあり、或は婚姻したる後不快の感情生じ、爲めに我が好まざる人と夫婦たらざるを得ざることあり。されども亦他に愛情と婚姻との一致せざる理由無きに非ず、人性之を然らしむるなり。 [#ここから2字下げ] 『花の|香《かほり》を愛する人は、摘み取て之を其胸に置く、されども花は此に凋まん。』(三の二) [#ここで字下げ終わり] これ婦女の愛情を云へるものなり、精解せば [#ここから2字下げ] 『凡て婦人の情として、其初つ戀には戀人を愛すと雖、次には人の愛を愛す。婦人の初つ戀は一人の男子のみ、其後は多くの内より男子を撰ぶものなり。』(三の二) [#ここで字下げ終わり] と云にあり。婦人の愛情中、已に搖動的の種子あるを知る、 [#ここから2字下げ] 『愛情と婚姻との一致することの稀なるは、實に人生の弱點にして、憐れむべき罪たるなり。』(三の五) [#ここで字下げ終わり] 且つ婚姻中には思慮の分子を包有し、後來の利害及び義理如何等を考ふるを以て、全く純粹の愛に非ず。何となれば愛は盲目にして利害を思ふものに非ればなり。故に若し單に愛情のみに由て結婚するときは、これ實に眞正愛情的の結婚なりと雖、遂に盲目的の愛たるなり。而て [#ここから2字下げ] 『愛情よりの結婚は、酒より酢を出し、辛酸勞苦は時を歴て益々其味を強くすべし。』(右) [#ここで字下げ終わり] 嗚呼思慮的の婚姻には愛情無く、愛情的の婚姻は苦に終る。愛情と婚姻とは遂にそれ一致すること能はざるか。故に一家を持つに至らば情愛の夫婦も今や情愛的とならざるものなり。人も亦家内の愛情は嚴格となし、夫婦間には戀愛の情無きを常なりと認むるが如し。故に [#ここから2字下げ] 『情人なりし時の情は、人稱して名譽の如く云ふと雖、夫若し妻のことを美として語るときは、人稱して|情痴《のろけ》と謂ふ。』(三の六) [#ここで字下げ終わり] されば [#ここから2字下げ] 『小説は兩人戀愛の點を艶にし、筆を極めて描くと雖婚姻に至て、茲に擱筆するに非ずや。』(三の八) 『凡ての悲劇は死に終り、凡ての悲劇は結婚に終る。著者若し其の後を寫すときは前段の美を害すればなり。』(右) [#ここで字下げ終わり] 愛情と婚姻とはよし兩立せざるとするも、之に由て人間男女愛情の源泉は涸れしに非ず。源泉を決すべし、愛の水は滾々として流れ出でん、雪下の種子は春に逢へば再び緑にもえ出づべし。其春風を吹かせ又た其停滯を決するの所行、吾人之を何とか謂ふ─私通─不貞。 愛情無きの夫婦には幸福無し。若し幸福無きに於ては、婚姻の結繩及び道徳の性質に疑念を生じ、遂には『道徳と幸福との衝突』を感ずるに至らん。而して人は幸福を求むるが天性たる以上は、其之を得ざるに於ては遂に徳義を破るに至るべし。詩人格言を爲して曰く [#ここから2字下げ] 『此高尚なる世界に於て、時には罪が幸福たり又た幸福が罪たるは、實に悲むべきの至なり。』(フアン) [#ここで字下げ終わり] 人或は愛情は神聖にして、理性的、道徳的の者なりとするあらん。此くの如きを『プラトーン的の愛』と稱す。バイロンは人性及び婦人の内情を實驗せり。故に若年の男女間及び有夫の婦人との友情等、決してプラトーン的の者無きを熟知せり。彼れ之れを證するにドン、ファン(年齡十六)とドンナ、フリア(人の妻、二十三歳)とのことを以てす。フリア、フアンを見て愛情を起せり。されども夫ある身のかりそめにも此の如きことあるべからざるを感じ、又た宗教の爲め、名譽の爲め、及び徳義の爲め、以來決してフアンを見ること無しと誓へり。されども亦思ひ返へすらく [#ここから2字下げ] 『苟も貞操なる婦人たらんには、能く誘惑に抗抵し得て、始めて眞の貞操堅固と云ふ可きなり。誘惑を恐れて之を避くるが如きは卑怯なり。』(一の七七) [#ここで字下げ終わり] と。然り歳寒ふして松柏の凋むに後るゝを知る、フリアの決心や健氣なり、殊勝なりと謂ふ可し。而て [#ここから2字下げ] 『神聖純潔光明なる愛ありて、天使之を純潔なりと認め、母たるものも危ぶまざる男女の愛ありと思ふ人あらん。これプラトーン的の愛にして、フリアのフアンに於ける愛情は、眞に此の如きものなりと思ひたり。』(七九) [#ここで字下げ終わり] 此理想を以て彼女フアンと交はる [#ここから2字下げ] 『其愛情や無心にして毫も危險無くして存するを得べし。初めは手と手を握り合ひ、次には互に接吻す。此點までは罪あること無しと雖、もし此點を超ゆるときは罪となるべし。此の適當なる範圍内に愛せんとはフリアの無邪氣なる愛情なりき。』 [#ここで字下げ終わり] これプラトーン的の愛なり、一時我邦に流行したる所謂情交なるもの即ちこれなり、美なりと謂ふべし。されども遂にバイロンをして [#ここから2字下げ] 『あゝプラトーン、プラトーン、汝は深遠なる想像を以て不徳の橋を渡したり。』(一の一一六) [#ここで字下げ終わり] と、云はしむるに至るを如何にせん。人或は精神的と謂ひ、情交と謂ひ、或は神聖なる愛と謂ふ、其終る所は肉躰的に非るは無し。殊に婦女子の如きは感情的のものに非れば好まざるに於ておや。『肉情は短時間なりと雖、よく愛情を結びて鞏固ならしめ精神的不變の愛を生ずるものなり』とは詩人の言へる所。 凡て人は平和なるのみを以て快樂となすものに非ず。不安の情及び抗抵の感覺は、快樂をして一層大ならしむるものなり。故に盜みたる水は一層の甘味を覺え [#ここから2字下げ] 『盜視の秋波は盜視者に向ては一層の快事なり。』(一の七四) [#ここで字下げ終わり] 是れ人性の單調を嫌ひ新奇を好み、自己の有する勢力を發表せんと欲するの心理に由るものにして、有夫の妻之を爲せば是を不貞と云ふ。されども若し必然論に由るときは、不貞も亦止むを得ざる必然と謂はざるべからず。此理を以て近來或種類の學者間に『自由結婚説』行はれ、愛情の存する間のみ夫婦たらんとの主義を唱ふるありと聞く。これ愛情無きの夫婦は幸福ならざればなり。愛情なき者を強ふるは苦痛なり、然るに徳義の念を以て之を壓制緊縛し、徳義の神聖は、犯す可からずとせば、今や徳義を|咀《のろ》はずして夫を咀ひ [#ここから2字下げ] 『あゝ夫にして死せしならんには……』(一の八四) [#ここで字下げ終わり] との思想起らざるを得ず。これドンナ、フリアの情なり。茲に於て私通生じ、甚しきに夫を殺さんと企つるものあるに至る。罪なるかな。されどもこれ『徳義の作れる罪』なるを如何にせん。故に若し離婚法をして餘りに嚴重ならしむるときは其實種々の弊害を生ずべし。現今耶蘇教國に於ける不便の状態を見よ、これ離婚法の不良なるに由るものなり。而して其本に溯れば耶蘇教の誤謬なる倫理思想に基きしものなり。且つ道徳家の往々にして誤れる所は、道徳其物を以て人世の目的と爲すことにあり。されども道徳は吾人の目的に非ずして方便なり、或は止むを得ざる社會上の條件のみ。故に婚姻法離別法を制定するに當ては、能く此精神を體せざる可からざるなり。されども吾人は今此處に離婚法を論ずるが主意に非ず、婦人の性質を知るにあり。而てバイロンの觀察したる所に由るに婦人は元來多情にして『貞操』を守るは其難き所なるが如し。故に [#ここから2字下げ] 『長途の旅より歸りたる夫或は父等は、其家に近づく時は、必ず一種の小疑念無くんばあらず。實に婦女子ばかりの家族程面倒なるものは有らざるなり。……妻は夫の不在中にさがしくなり、娘は父の不在中に家僕と共に奔ることあり。正直なる紳士と雖、其遠き旅行より歸りしときも、必しもユリセスの如く妻に好遇せらるゝものに非ず。又た盡くは戀慕者の接吻を拒絶するものにも非ず。』(三の二二二三) [#ここで字下げ終わり] と。バイロンは此く云へり。これ婦人の眞相なるか。若し眞に然りとせば、夫婦の愛は動搖不定のものにして、婦人は決して信ずべからず。『七人まで子を|生《な》すとも、婦人に肌はゆるす可からず』とは格言なりと謂ふべきか。然らばバイロンの説に由るときは一定の男女間には永續すべき愛情は遂に存し得べからざるものゝ如し。若し或は存し得可しとせば其愛情は果して如何なるものなるや。詩人曰く [#ここから2字下げ] 『既婚婦人と親密の友愛あること、これ最も永續するものにして、多くの交情中其最も確乎たるものなり。』(同三の二五) [#ここで字下げ終わり] と。これ姦淫不貞と稱するものに非ずや。然りと雖イタリアの如きは男女の關係嚴重ならず、夫婦の結繩亦さまで神聖に非るなり。されどバイロン敢て不貞を善なりとせず大に之を惡むと云へり。然るに愛情の生滅は自然なりとせば、亦之を如何んともすること能はず。且つ『不貞の性質』を分析するに、不貞とは [#ここから2字下げ] 『若かくして豊艶なる美が或る愛すべきものを覆へる所を頌美するに外ならず。宛も壁窩に安置しある愛らしき肖像は、皆之を頌美するが如し。此くの如きの實物頌美は、實に理想美の高揚したるものなり。これ美の知覺なり。これ無きときは人生眞に乾燥無味に終るべし。』(フアン二の二一一、二一二) [#ここで字下げ終わり] 不貞の性質此の如く男女に通じて然り。且つ [#ここから2字下げ] 『人の心情は天の一部たる空の如く又晝夜あること天空の變化の如し。』(同二一四) [#ここで字下げ終わり] 決して一物に止まるものに非ず變化新奇を好むものなりとなす。(十三章參照) バイロンは婦人の多情にして僞り多きを知れり。されども愛せざるを得ずと感ず。彼れ一日途にクエーカー宗の少女を見て、其愛らしさ忘るゝ能はず、少女の爲めに祝福を祈り、必ず幸福にして、常に新なる幸福を發見し。我が(バイロン)今汝を忘るゝ能はざる如き、胸中の苦しさを知ると有らざれ、神よ彼女を守り玉へと言へり。優さしき心情と謂ふべし。 バイロン、『男子の貞操』をコンラッドに表はす。コンラッドは海賊なり、日々美麗なる女囚に遭遇すること少なからず。されども家には妻ありて一意に之を愛す。バイロン、コンラッドが其妻に對する愛を謂て曰く [#ここから2字下げ] 『然り、これ愛情なり、變ずべからず、又た變ぜず、只だ一人のみに向て此愛あり。假令彼れ日々美麗なる女囚を見ると雖、是等には目をも止めず、心も亂さず、冷然たり。然りこれ愛なり。其温和なる思想は、數多の誘惑に試練せられ、辛苦に遭て愈々堅し。夫婦久く別るとも水天遠く隔つとも、其愛情は確乎たり。如何に時日を經過するとも、此愛情は弛むことなし。若し人間に眞の愛情てうもの有りとせば、これこそは其愛なるべし。彼は惡漢なり、萬人の忿怒一身に集まる。然りと雖これ只だ他の一切の徳義、の彼より去りしを證すをに止まるのみ。此惟一愛すべき温和なる情に至ては、罪行其物と雖之を埋沒消滅せしむる能はず。』(海賊一の一二) [#ここで字下げ終わり] と。コンラッドの妻に對しての愛情此の如く、深切濃厚にして一切人間に對するの愛情を將て、妻の一身に集めたるものと謂ふべし。彼れ其妻に語て曰く [#ここから2字下げ] 『汝に對する愛情は、遂に人間を嫌ふに至れり。若し我れ人間を愛すとせば、汝に對する我愛は忽ち茲に消ゆべきのみ。』(海賊一の一四) [#ここで字下げ終わり] と。夫の愛情此くの如し、妻亦夫の愛に等く、樓に登りて海上を瞻望して夫を懷ひ、室に入りて悲歌を歌ふ、コンラッド歸て理由を問ふ、答へて曰く [#ここから2字下げ] 『コンラッドの不在中、妾如何でか樂まん。』(同) [#ここで字下げ終わり] と。コンラッド此他に徳とすべきの性行無く、只だ婦人全體を愛護するのみ。己が妻を愛するの情を推して人に及ぼし、敢て人の妻たるものを害ふこと無く、且之を愛護せり。故にザイドの妾夫を嫌ひ、コンラッドに戀慕するや、コンラッド諭して曰く、 [#ここから2字下げ] 『我思ふに、貴女の愛情は彼れ(夫)のものたるべし。彼れの爲めにとて我はおん身を火中に救ひたるなり。』(同) [#ここで字下げ終わり] と。己が妻を愛する如く他人も亦其妻を愛すべし。我妻の貞操なるを願ふが如く、他人も亦其妻の貞操なるを願はん。之を以てバイロンの理想たる海賊コンラッドは、決して他人の妻を害ふことを爲さず、延て女性全體に害を加ふることを爲さゞりしなり。 バイロンの觀たる所は、多くは女性不貞の側面なりと雖、竊かに自らコンラッドを理想とせるが如し。『|不信者《ジアオア》』亦然り。彼れ其愛婦を失ふや絶望の域に陷りて曰く [#ここから2字下げ] 『鳩は再度の愛を知らず、一愛死せば己れも亦死す。空氣中に飛ぶ鳥も池に浮べる水鳥も、一雄一雌に非るはなし。』(不信者) [#ここで字下げ終わり] と。鳥に由て一夫一婦の天理なるを學べるが如し。 コンラッドの妻メドラはバイロンの『理想とせる婦人』なり。 又た最もバイロンの愛したる理想の婦人は『サルダナパルス』篇中の『愛妾ミラ』なり。ミラは賢婦人なり。身は文華のグレシアに生れしと雖アツシリアに囚人となれり。されども眞情を以てサルダナパルスの愛を受け、眞情を以てサルダナパルスを善に導き、常に過無からしめんとせり。能く婦女の位置を認識し、千古の金言を爲す(此章の始めにある)一旦反亂起り危急其身に逼ると雖、確乎たる愛情毫も變ぜず、尚ほ淑然たる容姿を以て、サルダナパルスに向て曰く、 [#ここから2字下げ] 『假令王國は滅亡し、軍隊は敗北し、親友は離散し、奴隸は脱走し萬人は裏切りし、最も恩を施したる人々も、今や反て敵たるとも、私心なき我心情、今ぞ之を試むるの時なる。』(サルダナパルス四) [#ここで字下げ終わり] と。從容として王と共に火中に死せり。今ま精しくミラの言行を記るす時は、婦徳上美なるものありと雖、長きを恐れて茲に略す。 吾人の婦人論を終るに當り一言省く可からざるは、マコーレーが下したるバイロンの道徳の批評なりとす。曰く 『青年の人々はバイロンを讀みて其内より倫理説の系統を組織し、厭人主義と快樂主義とを結合し、以て二大原理を作りて言はん曰く『汝の隣人(夫)を惡み隣人の妻を愛せよ』と。或は然るが如し、然りと雖、バイロンの目的は人世の眞情を明にし、其内實を示すにある、宛も解剖學、病理學、等の爲すが如し。故にバイロン曰く [#ここから2字下げ] 『余は事實の有りの儘を示さんと欲するのみにして。其如何に有るべき筈なるやを云はんとには非ざるなり。』(フアン一一の四〇) [#ここで字下げ終わり] と。若し人生の實情にして眞に此の如きものなりとせば、嗚呼之を如何にせんとするぞ。之を書とするも又た之を書とせざるも、尚ほ事實は然るのみ。道徳家は此事實を知り、此人性を察し、以て如何に道徳を導くべきやを知り、又た倫理の學説に資することを得べし、何ぞバイロンを咎むることあらんや。しかのみならず、吾人は却てバイロンに謝する所なかる可からざるなり。何となれば彼れ實に吾人の爲めに道徳世界及び心情世界の眞圖を畫きたるものなればなり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十三章 道徳觀 [#ここで字下げ終わり] バイロン、世上事物の判斷正しからざるもの多きを歎じて曰く [#ここから2字下げ] 『吾人の道理は誤謬に充てり。生命は短くして眞理は深きを好む眞珠なり。万事盡く誤謬の天秤に由て測定せられ、憶説は万能力を有して地球を蔽ふて暗からしめ、遂に善惡を以て偶然的のものとならしむ。而て人は蒼然として、自己の判斷の世上に明になり、其自由思想は罪となり、地球は光明に過ぐることを恐る。』(ハロルド四の九三) [#ここで字下げ終わり] と。世間の毀譽褒貶、是非善惡の判斷の正を得ざるは甚しとなす。殊に道徳の判斷に於ては習慣及び憶説は万能力を有し、自由思想を以て討窮して眞理を語る者却て惡人視せらるゝこと少なからざるなり。 然りと雖『惡魔は眞理を語るものなり』(カイン一) 惡魔は大智なり。大智の人には必ず惡魔的分子存在す。バイロン自ら惡魔を以て任し、其黨派の人々は反對詩人等よりは惡魔黨と呼ばるゝを甘受し、ルシファー(惡魔)を描きては、智惠の光輪を其身邊に輝やかしめ、吾人をして轉た其端正なる威嚴を仰がしむ。 バイロン自己の發表たるドン、ファンを記して曰く [#ここから2字下げ] 『彼はアラビア人、トルコ人、及びフランク人の間を旅行し、能く各國人の利己的なるを知り又た種々の階級の人に接したり……』(フアン三の八四) [#ここで字下げ終わり] と、其の智性に於てはルシファーたり、其の行動に於てはドン、ファンたるバイロンは、人間社會を觀察して、能く其の内面の實情を知れり。多くの人間に接して、能く人性眞相の如何なるものなるやを解せり。而して屡[#「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢]々諸所に旅行して各地の風俗、習慣道徳等を觀て、之を自國の道徳、風俗、習慣等に比較して、往々其異るものあるを發見し、道徳法の決して一定不變絶對的のものに非ずして、時代に由り、土地に由りて差別變化あるを感ぜり。 凡そ人の性として獨斷よりは懷疑來り、僞善虚禮の甚しきに至る時は必ず公惡の生ずる者なり。當時英國は虚禮僞善に充滿し虚禮と僞善とを以て眞正の道徳なりと心得へ居る時代たりしなり。バイロンの反對的精神は默々之を觀過すること能はず、其の僞善に反動して、自ら公惡を言行するに至れり。嗚呼反動の勢力も驚くべきものなるかな。バイロン『海賊』コンラッドを謂て曰く [#ここから2字下げ] 『彼は能く自己の惡人なることを知れり。然りと雖、他人もみな外形の外、善なる所あらざるを知れり。而して其の善良なる者をすら、彼れ僞善者なりとして之を輕蔑す。僞善者とは大怛なる者が公明正大に爲す所を、秘密にするものなり。』(海賊一の一一) [#ここで字下げ終わり] と。これバイロンが多くの善人と稱せらるゝ者の眞相として見たる所にして、又た英國の風儀眞に此の如く實に僞善にて有りしなり。バイロン之を憤り自ら眞率の人となり、或は筆に或は言論に、又た或は行爲に之を攻撃す。バイロンの思想、言語及び行爲は、實に此僞善の風刺及び攻撃なりと謂ふ可きなり。 バイロン彼れ自身の徳行は素より善良なるものに非ずと雖、彼れ自ら内心に之を惡なりと感ぜざるなり。何となれば彼れ能く世界に一定の善惡無きを知ればなり。故に一人の善とせる所他人必しも善とせず、他人の惡とせる所必しも我れ之を惡と爲さゞるべからざるの理由を有せざるを以てなり。且つ一地方に善とする所、必しも世界の善に非ざるは、バイロンの最も能く熟知せる所にして、英國の不徳とする所、必ずしもイタリアの不徳に非ず。殊に婚姻の如きを以て然りとなす。彼れヴェネチアよりマーレーに與へたる書に曰く『此處には有夫の婦人が情夫を有したればとて、一點も道徳に違ゐたりとは信ぜざるなり』と。又たトーマス、ムーアに與へたる書に曰く『有夫の妻にして、尚ほ他に戀愛の情を輸ぶことは、啻だに之を許容せるのみに非ずして、却て之を以て名譽のことゝなせり』と。これ専ら英國とイタリアとの道徳思想の異るを示すものなり。此の如く他國に於ては其習慣の異ると共に又た其道徳を異にするものなり。人種、風土、氣候、衣、食、等種々の事情に由て、道徳に差異を生ず、英國は氣候嚴烈にして人種強硬なり。其制度は人民の自由を認め人間は活動せり。其風習は儀式を以て之を束縛し、宗教は頑固なる「ピュリタン」的の趣を有す。而して結婚は嚴重なるものにして、人々は義務及び自命的の感情を有せり。然るにイタリアに於ては氣候温和にして、政府の壓制は人民を優惰にし、宗教は想像的のものにして美的の教育を主となし、只管幸福をのみこれ求む、其英國と趣きを異にせること實に大なり。彼れ『ベッポ』を著はして南國の道徳の緩慢的のものなるを明にす。 イタリアは南國なり、氣候温和にして其美は豊艶なり。美は万物に散在して穹蒼光輝あり。風景明媚にして、人々は身躰皮膚を表はし。情、又た之を撓むることも無し。又たグレシア及びトルコ等の女室には、多くの美女は、種々の氣候より持ち來たされたる花の如く、紅白色を競ひ、皆な若かやかなる愛情を以て胸を充たせるあり。實にこれ南國の美なり。 而して美は美ならざること能はず。「ピユリタン」的嚴格と雖も、決して其美の美なることを禁ずる能はず。チゝアノの画く所は、裸躰なるを以て吾人は之を罪するか。吾人は問はん、吾人々生をして、眞に價値あらしむる所のものは、果して何ぞや。美及び高尚なる感情を得んが爲めには非ざるか。嗚呼此自然の美は如何にして之を拒むを得んや。 道徳は一に非ず、我國以外、別に種々の、道徳あり。吾人の規則は狹隘にして偏見壓制なり。人間と謂ふ所の植物は、啻に雪中にのみ生育するものに非ずして、南方風物温暖なる地にありても、又た能く美果を結ぶものなり。何ぞ必しも一氣候一地方の一道徳を以て律すべけんや。 此の如く、此等の地方に於ては、既婚の婦人情夫を有し、若き男女自由に愛情を交換す。茲に於てか儀式的英人等は、此處ぞ己等の信條及び儀式を應用すべき格好の所となさん。實に|見事《みこと》なる道徳家なりと謂ふ可し。汝此南方温和なる花の前に立ち汝の手に有せる所の汝の社會に善とせる花の標本を取り、之に比較して以て南方の花を雜草なりとし、直に苅て爐中に投すべしとなす、─誤謬なるかな。 南方と北方と其道徳を異にせること大抵此の如し。これバイロンの實見せる所なり。バイロン初めチャイルド、ハロルドとなりて歐洲の山川湖水を友となし、アルプスの巍然たるを崇拜し、ラインの岸邊には想の露を殘し、クラレスの山には深く其美を感じたり。然るに此の如き自然界に對するの感情は次第に薄らぎ去り、人世を經驗して人間の如何なるものなるやを知れり、人間果して、道徳家等の云ふが如き、高尚なる性質に富めるものなるや、人生果して肅嚴眞面目のものなるや。否々、人間の一生を觀察するに多くは時日を遊惰、睡眠、|欠伸《あくび》等に消費し、馬の如くに働き、猿の如くに遊ぶなり。チャイルド、ハロルドの如きは人世の正路に非ず。バイロン自ら云ふて曰く『ドン、ファンは眞に眞なり、余はチャイルド、ハロルドたりしよりも、ドン、ファンに生活せしこと其時多し。殊に女子は感情の裝飾なきを嫌ふものなり』と。バイロン又た瞬間を除くの外、全く自ら動物となれりと云へり。其神經、其血液、其天性、及び其境遇、是等は人間の心意及び行動を導くものにして、みな必然の下にあり。必然は人間を鞭打して以て行爲に進ましむ。 バイロン人性の弱氣を指拆し、道徳力の微弱なることを云ひ、以て道徳界の眞相を明かにし、世の僞善者を嘲笑して、之を目醒まさんとし、『パリシナ』、『ベッポ』『ドン、フアン』等を詩とせり、殊に『ドン、ファン』の長篇は實に此主旨の最も明かにせられたるものたるなり。篇中ドンナ、フリアと謂へる婦人あり、人の妻にして貞操あり、其意志又た貞操ならんとせり。美少年ドン、ファンと交はり漸く艶情起る。されども貞操ならんとする婦人にしあれば、意志を以て情欲を制壓し、以後此の少年と交はること無からんとせり。然るに又た心の中に謂へらく『苟も貞操堅固の婦人たらんと欲せば、能く誘惑に抵抗して、以て貞操堅固なるを保つに非れば不可なり、いざ我貞操の力を試みん』と。此く決して以前の如く美少年と交はれり。此に於てバイロン徳義の力の微弱なるを笑ひ、僞善者等を狼狽せしめんとして、殆と反語を嘲弄して此く言はんとせるものゝ如し、『見よ社會の畏れ、神の觀念、或は義務の思想等に基きて構成したる論法に由て、其徳義の目的を確乎たらしむる程有力なるもの他に有ることなし。何物か此の決心を動かし得るものぞ、─只だ一事を除くの外、其一事とは何ぞや。或る六月の月影明かなるの夜、密室内に於て、兩人のさし向ひこれなりと。』 嗚呼此間何事か行られたる。バイロン曰く、『知らず。只神之を知る』と。人間とは此の如きものなるか。人性の組織も見來れば實に脆きものなるかな。道徳の權威、宗教の制裁、其力某して幾何かある、思へば人世は滑稽的のものなる哉。道理は如何に高尚なりと雖、人性組織の脆弱なるを如何にせん。万物必然の下にあり人間の意志亦然らざらんや。故に一旦道徳の道に進むと雖、他の方角に向はざるを得ざらしむる所の事情(心理學者は之を動機と云ふ)來るに於ては、吾人之を如何ともするなし。且つ人の欲情は、其人の健康の状情に關するものにして。虚弱の人は概して欲情少しと雖、血氣強盛なる人に在ては、欲情破烈せん計りの勢あり。殊に色情と健康との如きは、密接なる關係を有すとなす。此にバイロン道徳を言はんとする人に、一の注意を與へて曰く、 [#ここから2字下げ] 『人躰に在て健康は愉快なるものにして、之れ眞に戀愛の實質なり。健康と遊惰とは、情欲の火焔を熾ならしむる油なり、又た硝藥なり。セレス(健康の神)及びバックス(酒神)無きときは、ヴェヌス(愛の女神)も吾等を攻撃すること能はず。』(フアン一の一六九) 『戀愛も亦吾人身躰の血液の如く、其榮養無きときは生存すること能はざるなり。セレスは食を供し、バックスは酒を注ぎ、或は「シェリー」を與ふ。鷄卵及び蠣等は又た色情的の食物なり』(フアン一の一七〇) [#ここで字下げ終わり] と。食物と情欲との關係此の如し。若し又た氣候及び[#「及び」は底本では「び」]温度の點より云ふとも、此等の 大に、情欲に關係あるを知るなり。バイロン曰く [#ここから2字下げ] 『人或は斷食し或は祈祷すと雖、肉躰は弱くして精神之を如何ともすること能はず。人間は艶事と稱し、諸神は姦淫と稱するものは、多く氣候の温暖なる國に行はる。』(フアン一の六三) [#ここで字下げ終わり] 故に南方温暖の地に生れたる人、及び其れに相當せる熱情的の人と、北方的冷淡なる人物とは、自から其徳義を異にすべし。今ま若し北方的の眼光を以て、南方的の道徳を見るときは、彼れ南方の情態を以て、直に以て不道徳となさん。而して北方的の人は自然に道徳の名稱を取ることを得ん。此に於てバイロン嘲弄的に北方人を羨やみて曰く [#ここから2字下げ] 『道徳的北地の人々は幸なるかな。其處には人皆道徳なるのみ。』(フアン、一の六四) [#ここで字下げ終わり] と。一箇人に於ても亦國民に於ても、氣候及び風土等種々の事情に由て人皆な其躰質を異にし、從て又た欲情の張力、及び幸福の理想を異にす。而して其幸福理想は、能く道徳と合躰し、其欲情の張力は、調和適度に生れし人は幸なるかな。 然りと雖も人間の欲情は必しも常に道徳と合するものに非ず。幸福と道徳とは又た必しも一致するものに非ず。之れバイロンの常に實際に知れる所にして、ドン、フアン。パリシナ。及びベッポ等の行爲は、之を證明して餘りありとす。『ドン、フアン』中にハイヂーと云へる少女と、ドンフアンと云へる少年とは、決して道徳的男女の關係には非りき、然るに彼等 [#ここから2字下げ] 『不道徳に於て幸福なりき』(フアン三の一三) [#ここで字下げ終わり] パリシナも亦た不義の關係に於て [#ここから2字下げ] 『罪ある喜悦』(パリシナ三) [#ここで字下げ終わり] を味ひたり。 茲に於て吾人は一種懷疑の情無きを得ず。─道徳果して眞價あるや。道徳と快樂との關係如何ん。今若年男女の關係に就きては此處に云はず。既婚婦人の不貞なるは人稱して不徳の大なるものとなす。バイロン亦之を知る、『曰く我れ不貞を嫌ひ、之を擯斥し之を惡む。貞操堅固なる愛情、これ我が常に喜ぶ所』と。されども彼れ不貞の哲理を説明せんとして進て曰く [#ここから2字下げ] 『されども昨夜假裝會に於て、一箇の美婦人を見たり、而て我心中一種の情起る。』(フアン二の二〇九) [#ここで字下げ終わり] 嗚呼これ罪なるかな。耶蘇曰く、『女を見て、色情を起すものは心中既に姦淫を行ひたるなり』と。然りバイロンよく其道理を知れり、故に此の情起りしときを謂て曰く、 [#ここから2字下げ] 『哲學直に來りて我耳にさゝやきて曰く、「汝神聖なる婚縁の結繩あることを思へ」と。余曰く「余之を思ふ、されども彼の女の白き齒鳴呼其の眼の美しきを如何にせん。彼の女は人の妻なるや或は處女なるや、我れ之を知らんことを欲す─只だ好奇心のみ」。哲學曰く「默せ」。余其言の如く默したり。されども不貞と云ふものゝ如何なるものなるやを思はん……。』 [#ここで字下げ終わり] 不貞は惡なり、然りと雖、不貞の性質如何ん。 [#ここから2字下げ] 『人の不貞と稱する所の者は、只だ或る愛すべき物を、自然の豊艶なる美が覆へる所を頌美することに外ならず。宛も壁窩に安置しある愛らしき彫像は吾人皆な之を頌美するが如きものにして、此の如きの實物頌美は、實に理想美の高揚したるものなり。 『これ即ち美の知覺にして、吾人の官能の一種の擴大なり。此美たるや實にプラトーン的、宇宙的且つ驚くべきものにして、天上の諸々の星に其源泉を有し、諸天を濾し通して人界に來りしものなり。若し此美なきときは人生は極めて乾燥無味のものたらん。短言以て之を蔽へば、之れ吾等自身の目を用ゐ、而して、一二の小感官の之れに加はりしものにして、我等の肉躰は熱氣ある塵埃より形成せられたるを暗指するものなり。』(フアン二の二一〇、二一一) [#ここで字下げ終わり] と。而して嘲笑的口調を以て云ふて曰く『若し吾人永久一人の婦人に滿足し得るとせば、如何に吾人の心も肝臟も喜ばしきことならん』と。 此處に於て人必ず道徳上一種の感を起すこと無きを得ざるべし [#ここから2字下げ] 『實に人間は驚くべき現象にして知る可からざるものなり、其驚くべきこと量る可からず。此高尚なる世界に於て、快樂時に罪行たり、罪行時に快樂たることは、豈に悲むべきことに非ずや。』(フアン一の一三三) [#ここで字下げ終わり] 嗚呼道徳は善きものなりと聞く、然るに快樂と衝突するは如何にぞや。不義は惡しきものなりと教へらる、されども我に快樂なるは如何にぞや。此愉快なる快樂を吾人何が故に惡と信ぜざるべからざるや。毫も其理由あるを見ざるなり。 然らば我が意見を以て我善とする所を善とし、惡とする所を惡とせば可ならずや。可なるのみ。然るに吾人之を爲さゞるは其理由如何ん。只だこれ權力に壓せらるゝか或は多數に壓せらるゝのみ。我自ら善と信ずと雖他人之を惡と云ふ。されども一箇人の善惡はこれ純粹無雜の善惡にして、快樂苦痛これなり。道徳上の善惡は不純にして其の善とする所に我苦痛あり、其の惡とする所に快樂あり、道徳の眞の性質は強者或は多數たる社會が、一箇人に對して『しかあれ』と命令する所のものにして、一箇人に取りては受動的のものなり。故に必しも我快樂と合するものに非るなり。人が道徳を行ふを難しとし、自ら好で之を爲さず、假令之を爲すと雖一種苦痛の念あるは、全く他より壓制して爲さしめらるゝに由るものなり。カントの如きは道徳を自發的のものなりと云ふと雖も、彼れ心理の何たるやを知らず、從て道徳の何たるを明にせざるなり。然るに多くの學者彼を崇拜す、誤れりと云ふべし。道徳とは此くの如く社會的のものにして、多數或は強者の命のみ。之を以て懷疑派の人々は徳義を輕んじ善惡何物ぞと呼ぶに至る。バイロン道徳宗教を笑ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『人或は余が土地の信條及び道徳に反對して、奇態なる意匠を記するを咎むるならん……されどもプルキは勳武の尚ほ行はれたる時の空想、勳爵士、節婦、巨人及び壓制王等を嘲笑せり。』(フアン) [#ここで字下げ終わり] 此等を笑ひたればとて何かあらん。されども人みな此る言をなすものを窮迫す。之を以てバイロン嘲弄的に自己を辯護するの口調を以て云ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『然りと雖万事の外見虚空なるを笑ふともこれ罪に非ることを希ふ人は余─余即ち此詩の著者たる余を咎めて、此詩は人間の力及び徳義を卑ふし、之を嘲弄するものなりとなす。されども余は其然るを知らず、只だダンテ、ソロモン及びセルワンテス、スウィフト、マキヤベリ、ロシュフーコー、フェネロン、ルーテル、プラトーン、チロットソン、エスレー、ルッソー等の言ひし所を云へるのみ。彼等皆な人生は甘藷よりも價値無きことを知れり。』(フアン七の二、三、四) [#ここで字下げ終わり] 嗚呼之れ全然人生を輕視し、道徳を笑ひ去るものなり。然りと雖、バイロンの主義たるや、單に万事を有るがまゝに記るすに在りて、一種の主義を立てゝ之を矯正し、之を導かんとするに非ず、故に曰く [#ここから2字下げ] 『余はカトー(ローマの嚴重なる道徳矯正家)たらんとせず、又たヂオゲネス(グレシアの犬儒派の哲學者にして快樂を卑しみし人)たらんともせず、たゞ生きて死せんのみ。』(フアン七の四) [#ここで字下げ終わり] 『生きて死す』。之れ人生なり。人生實に空なるかな。バイロン此く觀じ、生きて、死に至るの間は快樂を専らとすべしとなす。此に於て道徳一手引き受け主義的の言には借す耳を有せざりしなり。否之を笑ひしなり。何となれば道徳は人生の目的に非ずして、快樂これ絶對の善なり、人生の目的たればなり。(而してバイロンは、道徳は社會形成上必要の條件と云ふことを論ぜざりしなり)。 バイロン此く人生を輕視せり、道徳の絶對に非ざるを觀て、僞善者等を笑ひ去れり。然るに世上善惡の名稱ありて、吾人之を承認せざる可からざるものあるなり。而してバイロン之に對しては權力説を爲し、自らサタンとなり、プロメテオスとなり、ルシファーとなり、或はコンラッドとなりて此問題を解釋せんとせり。而して茲にバイロンの道徳論即ち善惡の哲學は『海賊及びサタン主義』となるなり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十四章 海賊及びサタン主義 [#ここで字下げ終わり] 何をかバイロンの海賊及び「サタン」主義と謂ふ、曰く、 權力世界の眞相を啓示し道徳の實性を明かにせんとするバイロンの哲學思想これなり。希臘古代の哲人エソツプは、よく權利哲學を會得し、紀元前三四世紀に於て、其、狼と羊、及び獅子と驢馬との「はなし」に於て、強者が權利及び善を作り得ることを吾人に教えたり。近來權利哲學及び道徳の性質等は、或一方の學者には明になりしと雖、他の倫理學者及び哲學者等の間には未だ十分に其眞を得ざるもの少なからずして、權利義務、自由、或は道徳等の言語、名稱は實力あるかの如く心得、口に權利と云へ我れ權利を得、口に自由を唱へば我れ自由を有せる如く心得、眞に是等の幾何の價値あり、幾何の力あり、又た如何なる範圍まで有効なり得るやに至ては、知識甚だ淺薄にして、其實性を知らず、其有効の範圍を窮めず、以て哲學を組織し、以て道徳を論じ、或は活動世界に動んとす、愚なりと謂ふ可し。實に人生の活動界を權力的、重學的に觀察し、權利、義務、善惡等の強者の實權に由て定めらるゝことの哲學を得たる者は、既に活動界に處するの一大覺悟を得たる者と謂ふ可し。 詩人バイロン詩中數々此思想を歌へり。世人此思想を稱して海賊的及び惡魔的と謂ふ。 其、強者は絶對的の權利を有し、弱者は強者の前に立ちては決して權利と云ふものなきを言ふに、『マンフレッド』篇中の惡神アリマネスの讃頌を以てす、曰く [#ここから2字下げ] 『天地の主彼れ呼吸せば暴風起り、海震蕩す。彼れ語れば雷霆轟き、彼れ睇視すれば日光飛ぶ。彼れ動けば地は震動して破裂し、彼れの足下には火山生ず。彼れの影は惡疫なり。彗星彼れの途を前驅し、彼れ忿怒すれば遊星灰燼となる。戰爭は日々其朝貢を爲し、死は其租税を輸す。生命は無限の苦痛を内包して彼れの有なり』(マンフレッド一の三〇) [#ここで字下げ終わり] と。これイスラエルの經典ナホム書の口調に倣ひたる者なり。其書に曰く『エホバは妬み且仇を報ふる神、エホバは仇を報ふる者、忿怒の主、エホバは己に逆ふ者に仇を報ひ己に敵する者に向ひて憤恨を含む者なり、……エホバの道は旋風にあり、大風にあり、雲は其足の塵なり。彼れ海を|指斥《いまし》めて之を乾かし、河々をして盡く涸れしむ。バシヤン及びカルメルの草木は枯れ。レバノンの花は凋む。彼れの前には山々ゆるぎ嶺々溶く。彼れの前には地噴き起り世界及其中に住む者皆ふき上げらる誰れか其憤恨に當ることを得ん、誰か其燃ゆる忿怒に堪ふることを得ん、其震怒の注ぐこと火の如し、巖も之れが爲めに裂く』と。此かる強者に向ては、吾人何の權利を有するを得べきか、此くの如き者に向て吾人何の義務を責むるを得ん。宜なり耶蘇教反對家が、該教の神を以て壓制の暴君と稱するや。此くの如きの強者は人間界に於ては暴君と稱する者なり。然りと雖暴君の所行の如きは、之を天地の暴戻に比する時は眞に微小たる也。然るに人は暴君を咎むると雖、神(天地)の爲せる暴行は之を咎めざるは其理由如何ん、唯これ強者の大權力に反抗し得ざるを諦めたるに非ずや。知るべし強者は弱者に對して一義務なく、弱者は強者に對して一權利なきことを。暴君は無意識的に此哲理を識り、以て自意を遂行して憚るなし、而て自ら他人の權利を破れりとは信ぜざるなり。何となれば彼れ他人の權利を認めず、自己に義務あるを感ぜざればなり。バイロン暴君に同情を表し、其暴戻を權力的に許容せり。曰く [#ここから2字下げ] 『暴君虜囚となりて王座より引き墜され、一人獄中に呻吟し、人亦之を忘却す。我れ(運命)彼れの眼を醒まし鐵鎖を破り、衆を集めて彼をして暴君たらしめたり。』(マンフレッド一の三) [#ここで字下げ終わり] と。 強者に對しては弱者全く權利なし、然りと雖も必しも強者の意志を奉せざる可からざる義務もなし。權して輕重を知り、角して強弱を知る、強者たりし者も永久に強者に非ず。何ぞ永久に恐るゝを爲さん。又何ぞ自ら卑むを要せん。所謂強者の權利を認めざると同じく、所謂弱者も亦強者の權利に心服するの要なし。故に意志の強大にして、自重心を有せるものは決して人の下風に立つを甘んぜず。彼れ膂力を以て我に壓伏すと雖、我精神は敢て屈せず。ミルトンのサタンの如き即ちこれなり。彼れ天上の戰爭に敗を取りしと雖、其意志は毫も屈せず、膂力に於てはエホバは勝者なりしと雖、其の他何の貴ぶべきものやある。彼れ膂力を以て我を壓す、我亦膂力を以て戰はんのみとして曰く『我權力は我物なり、我右手は何人が我と同等たるやを證明し、以て我至高なる行爲を示さん』(パラダイスロスト五)と。意志の強大なるもの大抵此くの如し。 權利と謂ひ義務と謂ふ、もとこれ人爲的法律以内のものなり、故に一旦法律の外に立つに當てや、其關係は權力的となり、強者と弱者との爭ひとならん。多くの倫理學者及び哲學者等此點を悟らずして、或は天賦の權利を唱へ、或は先天的の義務ありと謂へり、誤れりと謂ふべし。故に若し強大なる實力を有するに於ては、他人を以て器械となし、我欲望の足臺となすに於て何の憚ることかあらん。暴君の壓制はこれ暴君の權利なり、之を王座より引き降して取て之に代るも亦其人の權利なり、如何んともすることなし。かの『天我に縱する武を以てす、我天下を取るに誰かよく之を禦がん』との語は、權利哲學の格言なり。強者の壓制も、反亂者の反亂も、其哲學は同一たるのみ。 若しそれ道徳的の感情を去り、單に權利の點のみより云ふ時は、吾人は君主權に同情を表すると同じく、又反亂者をも咎むるを要せざるなり。バイロン亦此點を感じたるが如し。彼の自尊心強大にして、敢て人後に立たざる氣象は、常に反亂的、自由の精神を歌へり。甞て曰く『人若し自國の自由の爲めに戰ふの要なき時は。他國の爲めに戰ふべし』と。 此後の事なりき、バイロン、イタリヤの自由の爲めに助力せんとして曰く『彼等は壓制を破らんとして我を頼めり、我焉んぞ辭せん。只進め。我とは何ぞや、曰く自由の元氣を擴張するものこれ我なり』と、此後又希臘の獨立戰爭を助けて戰陣に在りし時、バイロン一米人に向て曰く『余はアメリカを愛す、これ自由の地、神の緑野、壓制を破らざるの地なり』と。バイロン又た自由のために戰ひたるワシントンを好み、亦世界を蹂躙したるナポレオンの大意志を愛す。實にバイロンは自由の大精神なり。故に壓制に向ては反亂的なり。昔、希臘にプロメテウスと云へる神あり、仁惠と自由との神なるが、人民を愛し其利を計り、太神ゼウスの命に背きたり。是を以てゼウスを命じて捕へて之を高山の岩角に繋がしむ。鷲は來りて其肉を啄ばみ、霜雪、烈風肌を裂き、結氷其身を刺し苦痛骨髓[#にくづきの髓]に徹す、然るに彼よく之を忍び、毫も壓制の暴神に屈せず、『我は我身の君主なり』とし、人間の愛の爲めに其身の迫害を甘受せり。故にプロメテウスは後世、剛毅、堅忍、愛情、自由、反亂、義侠の神と稱せらる。バイロンの性質亦此くの如し、故にプロメテウスを愛す。 バイロン、『マンフレッド』篇中、惡神アリマネスの幕下たる妖靈、人間界にアリマネスの意志を行ひ、海上に在て船舶を覆へし、人を溺らす。其遭難者中、其意に適ひたる者を言ふて曰く [#ここから2字下げ] 『我れ(妖靈)をして留意せしむる價値あるものは唯一人のみ、我之を助けたり、彼は陸上には反逆人たり、海上には海賊たり』(マンフレッド一の三) [#ここで字下げ終わり] と。反亂者及び海賊、共に或權威に反抗し、自ら其權威の位置を取り、或は別に一獨立國を海上に建てんとするものにして、何れもよく我の我たる所を保ち、能く自己の力を信じ、又能く其意志を決行するの勇氣あるものに非るはなし。バイロン此勇氣を愛す、故に一概に反亂人を惡とせず、又海賊は其大に好む所。兎にも角にも我に權力あらんには、我意志を行ふに於て何の憚ることかこれあらん。他人の自由を侵害するや否や我關せず、天我に道徳を命ずるや否や我知る所に非ず、人若し運命の如何を星卜せんと云はゞ、バイロン「サルダナパルス[#「サルダナパルス」は底本では「サルザナパルス」]」篇中の反亂人たるアルパセスと共に劔を按じて云はん、 [#ここから2字下げ] 『我運命は此の鞘中に在り、これ我運命の星なり、一度び輝く時は彗星をも眩惑させん』(サルダナパルス二の一) [#ここで字下げ終わり] 天もし我を罰すとせば、サタンと共に我れ天と戰はん。兎にも角にも己の意志の遂行を勗めよ。血性的たれ、熱情的たれ。苟くも男子らしき男子たらんと欲せば、 [#ここから2字下げ] 『只一箇の硬顎を有し、一撃以て敵を破碎せよ。苟も又女子たらんと欲せば一箇の紅唇を有し、地球の南極より北極迄を接吻し盡せ』(ドン、ファン六の二七) [#ここで字下げ終わり] 暴君たれ、逆人たれ海賊たれ又大望の女子たれ、皆此哲理を奉ぜるものなり。ナポレオンの如きは隱然此哲理を胸中に形成し、以て自己の意志を行ふ。其目的に向ては萬物を犧牲に供して悔ゆるなく、無數の蒼生を自己の欲望の足臺となして憚るなく、以て歐洲の天地を蹂躙す、其意志決行の勇壯なる、又其榮枯の速かなる、實にこれバイロンの崇拜したる所にして、バイロンの神たりしなり。我國秀吉の如きも亦此くの如き人なり。其明國征せんとして其道を朝鮮に借らんとする時、朝鮮王に與ふる書に曰く、『それ人の世に居るや。古より百歳に滿たず、安んぞ能く欝々として久く此に在らんや。吾道を貴國に假り、山海を超越し、直に明に入り、四百餘州をして盡く我俗に化せしめ、以て王政を億萬期年に施こさん』と。壯快なるかな。世界は優勝劣敗の戰塲なり、弱者の強者に制せらるゝは止むを得ざるの必然なり。而て強者が弱者を使役するはこれ強者の權利には非ざるか。強者の權力に種々あり、膂力あり、金力あり、美力あり、されども其最大なる魔力は實に精神力、智力なりとす。而て之を以て強者は [#ここから2字下げ] 『自意のまに/\弱者の心意を形成し、彼等の手もて事を爲さしめ、其結果を我に取り、而も彼等は之を悟らず。彼等至大なることを成しつゝも、自ら之を爲せしに非ず、其主領の功なりと思へり。』(海賊一の八) [#ここで字下げ終わり] 人事皆此くの如し、 [#ここから2字下げ] 『日の下に於ては皆これなり。又未來に於ても然るべく、衆弱は只一強者の爲めに勞役せざる可からざる可し。』(海賊一の八) [#ここで字下げ終わり] 一人の榮名を飾らんが爲めに數千茲に死し(チヤイルドハロルド一)一將功を成さんとして萬卒骨を原野に隱す。劣者の心精眞に憐れむべし。されども亦如何ともするなし。 バイロン『海賊』篇(The Corsair)あり、主人公をコンラッドと謂ふ、世間一切の人に向ての愛情を絶ち、之を其の妻の一身に集注し、世間一切の道徳を顧みず、只妻に對する惟一の愛あるのみの人なり、而て強大なる意志を以て海賊の首魁となり、部下の衆心を歸服せしめて海上に一帝國を作り、海を以て領土となし、意の向ふ所に出沒す。 [#ここから2字下げ] 『我船我劒。』(海賊二の一四) [#ここで字下げ終わり] 家には愛する妻あるのみ、其の他一物の有するものなく、以前は心中神ありしと雖、早くより之を棄てたれば神も亦コンラッドを棄てたりと謂ふ。只『我船我劒』、之を持て無限の海洋に漂ふ。人間の自由此處に存す。 コンラッドの率ゆる海賊等の歌に曰く [#ここから2字下げ] 『渺々たる碧海の上、 我思想は無涯にして我精神は自由なり。 軟風遠く吹きて見渡す限り波浪沫立てり。 こゝに我等の帝國を眺め我等の家を望む。 是れ我等の領土にして版圖際限なし。 我等の旗は凡て遭遇する者に向つては君笏なり。誰か服從せざる者あらん。 我等の生活は喧噪中に於ける粗宕の生活にして、 而も勤勞の後には休息あり、變化毎に喜悦なり、 誰か我等の快樂を知らん。 汝等波に頭を病ます如き驕奢の奴輩の知らざる所。 汝等安逸放恣にして、 睡眠を以て息ふ能はず、快樂も以て樂しむ能はざる虚飾の輩の知らざる所 誰か我等の快樂を知らん。─たゞよく其心膽を試練し、 渺々たる海洋に在つて精神跳躍し、 感覺昂騰し、脈搏鼓動し、 以て其精神を旺かんにし 好んで近づく所の戰鬪を求め、 人々等の危險とする所は却て之れに喜悦を感じ、 怯懦なる輩の避くる所は 非常の熱心を以て之れを求め、 薄弱なる徒の氣絶する所は、 よく高漲する胸臆に於て中心之れを感じ、 其希望は覺醒し、其神氣は舞揚する者のみ我等の快樂を知り得ん。 死何ぞ恐れん、我等の死する時は、敵も共に死するなり。 死は睡眠よりは聊か趣味なきものに過ぎず。 死來らば何時にても來れ─我等生命の生命は手中に之れを有せり。 若し放ちて之れを生かしむるも病苦と紛爭との外何者か之れを顧みるものあらん。 彼等の殘衰の身に戀々して匍匐せる輩は、其病床に執着して數年病み續づけ、 重き呼吸を爲し、麻痺せる頭をもたげつゝ死せしめよ。 我等の床は新鮮なる浪花飛玉なり、熱病の床には非ず。 彼等の死するや、一呼吸、一喘息、其靈魂を放失すと雖 我等は一苦痛─一飛躍、以て死苦の制御を脱す。 彼等の屍體は美しき葬壺及び狹隘なる窖を誇り、 彼等の憎惡せる僞善の人等は、飾りて彼等の墓を輝かすと雖、 我等の死するや、太洋は、我等屍體の蔽布たり、又た墳墓たり。 我等の爲めには、人數はたとひ少しとも、流す涙は皆眞心より出づるものなり。 我等勝利して獲物を分配する時、 死せし勇敢なる友等今若し生きてならんには如何に喜ぶならんと叫び、 各々顏見合せて悲しき記臆を喚起する時、 我等は宴席に於ても尚其記臆を飾る所の、紅の酒杯中には 友人の死のかなしき追悼の意、 及び危難なりし日の簡單なる碑銘あるなり』(海賊一) [#ここで字下げ終わり] 此情態こそは眞正の自由にして。獨立の帝國なり、帝王なり、海賊を海王と云ふは眞に當れり。而てコンラッドは [#ここから2字下げ] 『血赤色の旗を飜へして、勝利を博し、以て海上に號令す。』(同) [#ここで字下げ終わり] 斯かる主義を有する者に向ては劍力は權利なり、世上の紛々何ぞ心に介せん我意を行ひて快を得るのみ。世人は所謂道徳の法則に從ひて他人の權利を侵かさず、よく自己の義務を守り、敢爲決行の所爲なく、法度の天地に跼蹐し、規矩の區城に言行し、一以て世評に逆ふ無からんと欲す。其心事憐れむべし。然るに海賊的意志は思へらく、我等は自由なり、國家の法度も我上には力なく、社會の道徳も之を蔑如して有る無き如く、 [#ここから2字下げ] 『我等は富に由て得る所の快樂を羨やまず、弱者の金錢を以て買ふ所のものは、我等は劔を以て之を得ん。窈窕たる新婦鬢髮雲の如し、我獲て之を我物とせん多くの美女等も母の胸より奪ひ去らん。』(チヤイルドハロルド二の七二) [#ここで字下げ終わり] と。劍力は權利なり、劔光閃くの下、善惡何の區別あらん。權利義務亦何ぞ頼むに足らん。人常に自由と呼び權利と叫ぶと雖彼等は未だ自由を知らず、又權利を悟らざるなり。 [#ここから2字下げ] 『波に住せるバルガの海賊は、蒼白なるフランク人に、奴隸の何たるやを教へたり。』(同) [#ここで字下げ終わり] 海賊の情態豈これ眞の自由に非ずや。彼の平凡の生活に滿足し、好みて社會の法規に束縛せらるゝ者の如きに至ては未だ眞正の自由を知らず、又自ら奴隸となりて悟らざるなり。 壯なるかな海賊や、昔者スカンヂナビア人の勇壯なる、劔戟鮮血を好み、猛烈剛壯を喜ぶ所のトール及びオヂン等の神を尊信し、國民擧て海賊を業となし、其勇氣禦ぐ可からず。艦隊を構成して海洋に横行し、沿岸を抄掠す。紀元九百零一年、佛國海岸に出沒して佛王チヤールスを惱まし、遂に一箇の新侯國を建てゝノルマンヂーと號す。此後ノルマンヂー侯ウイリアム、海賊的の意志を以て英國に侵入し、遂に英國の王位に登れり。バイロンの祖先はスカンヂナビアの海賊にして、バールンと稱せしが、ウイリアムに從ひて英國に攻め入りし後、ロバートデバイロンの時に至りバイロンと呼ぶ。譜代の貴族なり。バイロンの祖父ジヨン、バイロン、祖先の海王たりしことを追懷し、奮起して海軍に入りて提督となれり。詩人バイロンは其孫なり。海賊を好むも亦道理なり。 或時バイロンの友人、バイロンを評して海賊的なりと云ふ。而てバイロンは心中之を喜び居たり。又若し機會も有らば『コンラッド[#「コンラッド」は底本では「コランツド」]』たらんとの志も有りしが如し。 古、我國、一時、倭寇と云ふ海賊群ありて大に支那の沿岸を惱ましたり。然りと雖其規模狹小にしてスカンヂナビア人等の如く一國を奪はんとするが如きの壯圖なかりき、嗚呼我國人は欲望小なるかな。されども其元氣や人心を鼓舞するに足るなり。然るに今やこれすらも無し、啻にこれ無きのみに非ずして我國は海賊の犯す所となれるなり。何をか我國を犯すの海賊となす、曰く北海に來りて密獵する外國人はこれ海賊には非ざるか。然り彼等は跋扈せり、而て我は之を拒ぐこと能はざるなり、悲しいかな。されども之を拒ぐには道あり、曰く我亦海賊隊を作るにあり。以て彼を拒べく、又進みては我れ能動の海賊となるとも可なり。吾人は此くの如きものに向ては對外海賊の尊稱を與へんと欲す。聞く、近頃或人々は、義勇艦隊と謂ふものを組織し、大に通商貿易の發達を計るありと盛擧なりと謂ふべし、これ吾人の意を得たるものなり。 世界の海面、今や海賊と云ふ海賊はあらずと雖、却りて恐るべき猛烈なる海賊の横行せるは忘る可からざるなり。かの堅牢壯大なる軍艦を有し、大量なる噸數を有せる海軍國、これ一種の海賊には非ざるか。彼れ其大噸數の軍艦を以て弱者に向て無禮を加ふ。されども之を如何んするなし。權力の前には議論も道徳も力なし、彼權力を以て來らば我權力を以て之に應ずるあるのみ。實に歐米基督教國の人民は文明なりと誇れりと雖、其内部は破裂せん計りの欲望に充てるなり、唯それ欲望あり、之を以て強大たるなり、其利己心の大なるや、他の苦痛に同情少く、自己の利欲性に氣付くことなく、劍光をも神の光と説かんとす、彼等の正義は我欲のみ。彼等の道理は權力のみ。之に向て道徳を責め權利義務を説くは、宛もエソツプの狼と羊とのはなしの如きのみ。故に若し彼等の傲慢を怒らば、我實力を養成して之を懲らすにあり、然らずんば默するあるのみ。苟も我大權力を有すとせんか、我欲望は善たるなり、我意志は他に向て法律たるなり、』 バイロンの『ドン、ファン』の篇中にハイデーと云へる可憐なる少女あり、其の父は惡人なり、元と一漁夫たりしが後に海賊を業とするに至りしものなり、バイロン彼を云ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『彼はグレシア人なり。其罪行に由て得たる所より美麗なる家を造り、甚だ安樂に生活せり。神は彼が獲たる所の財寶、貨物及び其の流したる人間の血量を知れり。汝若し好まば彼を呼びて悲しむべきの老漢と稱すべし。』(ドンフアン) [#ここで字下げ終わり] と。掠奪し、殺人す、悲むきの老漢なり。然りと雖道徳を破るに二種あり、一は社會の内に在りながら之を破るものなり。二は社會の外に在て其社會の法則を破るものなり。海賊の如きは社會國家の外にあり、故に社會の法則を守るべき義務なきものなり。ハイデーの父なる海賊は、社會國家の制裁の及ばざるの位置にあり、他人の毀譽の如きは痛痒を感ぜす、神明(若し存在せば)の賞罰の如きは其恐れざる所。只自意を行ひて快樂となし、以て幸福なる生活を爲せり。強大なる意志の者に向ては宗教の威迫虚喝の如きは毫も益なし。社會の善惡は社會の善惡なり、神の善惡なり、我の善惡は我れ之を決するに於て何の不可か之れ有らん。 人は常に善と云ひ又惡と云ふ。然りと雖も善惡の性質に至りては、大抵知り顏にして之を知らず。只世俗の言ふがまゝに行爲し、自己に善良無害の人を以て善良の人と云ひ道徳家となすに過ぎず。倫理學者中先天、直覺論者或は世間に所謂道徳家等は多くは善惡の實質道徳界の内面に就ては、甚だ無學なるものなり。バイロンの理想の惡魔ルシファー曰く [#ここから2字下げ] 『他の神(とは耶蘇教の神のことにして、自己も亦神なりと信ぜる故此く言ふ)は其天使に向て我を稱して惡魔と謂ふ。憐れむべきは天使なるかな、彼等は淺薄なる智識の外に一事の知れることなく、耳に聽へたる所をのみ崇敬し、善と教へられたるまゝを善となし惡と教へられたるものを惡と信ず。』(カイン二の一) [#ここで字下げ終わり] 世の道徳に付て深く考へざる者は大抵此の如し、只世間の判斷に雷同し、世間の毀譽を大明神と心得、人は先天的に或は是非とも道徳ならざる可らざるの天命ありなどと信ずる者あり。されども道徳の性質に就て一考したる者は、必ず思ひ至るならん─即ち世の所謂道徳と我快樂或は我意志とは往々相衝突して、道徳は我好む所を禁じ、我嫌ふ所を命することを。我快樂とする所、道徳來りて惡なりと云ひ、我苦痛とする所、道徳命じて義務と云ふ。 [#ここから2字下げ] 『實に人間は驚くべき現象にして、其驚くべきこと測る可からず。此高尚なる世界に於て、快樂、時に罪行たり、罪行、時に快樂なるは、豈悲しむべきの至りならずや。』(ドンフアン一の一三三) [#ここで字下げ終わり] 道徳は命令す、然るに苦痛なるは如何んせん、快樂は惡なりと稱せらる、然るに我に快樂なるは如何にぞや。一切の快樂は我に善なり、然るに或快樂は道徳之を惡となす。されども吾人は何が故に我快樂を惡と呼ばれざる可からざるか。其理由如何ん。只これ權力に壓せらるゝのみ。道徳は社會と云へる強者が、吾人に對して命令禁止する所のものなり。故に道徳と我快樂とは常に必ずしも一致せるものに非ず。快樂は箇人に取ては純粹無垢の善にして、道徳は社會の善なり、故に我に取ては時に苦痛たるなり。道徳の必要あるは社會多數の利害と箇人の利害と衝突せるの時にして、眞の道徳たる道徳(義務)と、吾人一箇人としての幸福とは決して合するものに非ず。苦痛の存する所即道徳の名稱の存する所。人か道徳を難して、自ら好みて之を爲さず、假令之を爲すと雖も、一種苦痛の感あるは、道徳とは他より命令せらるゝ性質のものなればなり。道徳を以て|自己命令《オゝトノミー》と説くが如きはカント者流の淺薄なる倫理學者なるのみ。 プロタゴラスは希臘古代の大哲學者なり、倫理上の善惡を説明して曰く『正たり邪たり天然に存せるに非ず、只人々の意見の一致なるのみ。故に永久不變の眞理あるなし、又素より一定の善あるなし、法律とは只其都府、或は國の法なるのみ。其都府に。其意の存するの間、其都府に限りて尊敬せらるべきものゝ如し。一切の法は皆意見の一致なり。而て其一致とは其國の強き部分に由て制定せらるべき筈なり、即多數の意志なり。正義とは強者の利益の爲めのものなり』と。道徳上の善惡とは又此くの如きものなり。故に余は云ふ道徳と云へば一見高尚優美の如しと雖、其裏面に於ては理想と理想と戰爭し、之に伴ひて制裁存し、只強者の理想は生きて弱者の理想は殺さる。如何に高尚優美なりと雖、道徳の名稱ある以上は尚これ戰爭たるなり。實に道徳的善惡は感情上の力學問題に歸するものとす。 バイロンの惡魔主義とは善惡の性質を論ずるものなり。其『カイン』篇は即之を歌とせるものなり。バイロンの惡魔主義實に此に存す。而て當時の人々バイロンを目するに惡魔を以てせり、而てバイロン却て此を名譽とせり。『カイン』篇のルシフアーは善惡の哲論者なり。ルシファーとは「バイブル」中の惡魔にして又サタンと稱す。始めエホバ神の前に在て、天界第一等の天使なりしと雖、一旦大望を起し天上に在て反亂を企て、敢て神命に抗抵し、其徒黨を集合し、エホバの天を奪ひて自ら之に君臨せんとし、大に天上に戰ひたり。然るに不幸にして戰敗れて天上より陰府に墮され、陰府を以て本據となす。これイスラエルの傳説なり。『カイン』篇の主人公たるカインは人間の祖先と稱せらるゝアダムの長子にして、弟アベルを殺したる、世上の最初の惡人なり。此篇の云ふ所に依れば、天上に敗を取りたるルシファー、或時地球に來りてカインを誘説し、人生、生死、善惡等を論ず。時にカインとルシファーとの問答に曰く、 [#ここから2字下げ] カイン『汝はエホバと共に住せしに非ずや。 ルシ『共に住せしに、非ずして、共に支配し居たり、されども我住所は破られたり。 カイン『目的の同一は一致を生ずるに非ずや、然るに汝靈體無限なるの身にして、尚且分離す、其理由如何ん。 ルシ『支配せんが爲めなり、我等兩者同時に支配せんとするが故なり。』 [#ここで字下げ終わり] 兩者同時に絶對的に並立すること能はず、並立すること能はざれば衝突なきこと能はざるべし。カイン又問ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『剛愎なる靈體よ、汝此く傲慢なる言語を爲すと雖、汝は尚奉戴すべき上位者を有せるに非ずや。』 [#ここで字下げ終わり] と。ルシファー此に於て。善惡なるものゝ權力的、力學的に定まることを言ふて曰く、 [#ここから2字下げ] 『否、我天地に誓て否と言はん、我は實に我に勝ちたる強者を有せり、然りと雖奉戴すべき上位者は之を有せず。彼れエホバ、萬人より讃媚を得ん、されども我のみよりは一語だも之を得ざる可し。我天上に戰ひたるが如く、尚何處に於ても戰へり。全永遠に於て、陰府無限の深底に於て、空間無限の際に於て、又無限の時間中に於て、徹頭徹尾彼と戰へり。大千世界も星辰も全宇宙も此戰爭の止まざる以上は、其衡平を得んとして震動すべし。されども此戰爭は永久に止むこと無けん。何となれば我身體は不死にして、彼と我とは永久に調和すべからざる怨恨あれはなり。彼れ勝利者として、敗北者たる我を惡と云ふと雖、我若し彼に勝ちしとせば、彼れの事業は惡となり、善惡所を代ふべきのみ』 [#ここで字下げ終わり] と。善惡強弱に由て判し、勝敗に由て定まる。道徳をして道徳的權威あらしめんには其制裁として強力を要す。虚名の善惡何かあらん。カインの神に供物を捧げし時の祈祷を聞け、曰く [#ここから2字下げ] 『神よ、我れ惡ならば我を罰せよ、汝は全能なり、誰かよく汝に敵せん。若し我善ならば或は罰し或は愛せよ、只汝の意に任せん。善と謂ひ惡と謂ふ、其物自ら力を有せず、只汝(強者)の意志に由て力あるが如し。我全能者に非ず、又全能者を判斷するを得ず、是を以て何れか善たり、何れか惡たるやを知ること能はず、只命ぜられたる所に從ふのみ』 [#ここで字下げ終わり] と。無力の善惡何かあらん、羊は獅子に向て仁義を説くとも何の効かこれあらん。莊子の盜跖はよく此哲理を知れり。彼れ心は湧泉の如く、意は飄風の如く、從卒九千人、以て天下に横行す。此くの如きは人必ず大惡人と云はん、然り大惡人なり。然りと雖盜跖は敢て自己を非とせず、又聖賢をも是とせざるなり。加之孔子彼を説論せんとして來るや(これ偶言のみ)盜跖大に怒りて曰く『それ規るに利を以てすべく、諫むるに言を以てすべきものは、皆愚陋恒民の謂ひのみ』と。強者に向ては世上の善惡は全く意味なきものなり。 人皆掠奪、強暴、殺人等の如きは自明的の惡なりとなす。然り吾人の道徳及び法律の制裁の下に在るの間は惡たるなり、一旦此範圍を出づるに當ては、必しも惡に非ざるなり。強食弱肉は弱者に取ては自明的惡なりと雖、強者に向ては惡に非ず。強者の上には法あるなく、生殺與奪只意の向ふ所、權力なきの權利は空想なり、實力なきの自由は虚名なり。制裁なきの道徳法は無在なり。 或哲學者等は、宇宙は道徳的目的を有す、其目的に合するやう行爲するは善なりと説く者ありと雖、畢竟これ空想のみ、世界の理想は世界の理想なり、一箇の人格を有し、一箇の意志ある人間の目的には非ず、彼哲學者輩の迂なる、一に何ぞ此くの如きや。人須く大洋に行きて權利哲學を學ぶべし、バイロンのチャイルド、ハロルド、シンプレガデスの海に面して思念すらく、 [#ここから2字下げ] 『深玄なる大洋激浪逆卷き、數千の戰艦泛々として又遂に爲す所爲し。人間の權威は漸く陸上に行はるゝと雖、海岸に至て此處に止まる。渺々たる大洋汝獨其處に主權して荒暴す、人間の如きも此に至ては煩悶して泡を吐きつゝ深きに沈む、何ぞ雨滴に異ならん。葬るに墓なく、吊ふに鐘なく、遺骸を收むる棺もなし。地上の破壞も之を蔑如し、汝怒濤は人を九天の上に揚げ、忽ちにして之を狂瀾の中に沈む。 巖々たる要害の都府を攻撃し、帝王及び人民をして、其都城に戰慄せしむる所の大砲、武器、及び堅牢なる肋骨を有せる軍艦は、泥[#「土へん+尼」、坭]土たる人間をして自ら海上の主權者なりと思はしむと雖、汝に向ては只これ一箇の玩弄物にして、忽ち波濤に溶解すること雪片に異ならず。』(チャイルド、ハロルド四の一七九─一八二) [#ここで字下げ終わり] 陰風怒號し、濁浪空を排し、日星耀を隱くし、天地爲めに動搖す、此くの如きに當ては、權利、義務、善惡の如き、何の意味する所ぞ。而て海は無言を以て其意志を決行し、論ずることなく辯ずることなし、人力又如何んともするなし。然るに一旦風靜まり波平ぐに當てや、碧海漫々として鏡の如く、朝は旭日紅を流がし、夜は肅々たる星辰燦として映ず。權利哲學此にあり。バイロンの海賊主義サタン主義此にあり。 [#改ページ] [#ここから2字下げ] 第四編 英雄バイロン [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第十五章 イタリアの秘密政黨及びグレシアの獨立戰爭 [#ここで字下げ終わり] バイロンは以上に述べたる如き遺傳あり、境遇あり、經驗あり以て隱然一箇の人生觀を胸中に組織せり。彼の詩や悲壯なり、慷慨なり。諷刺する所あり、怨訴する所あり或は失望する所あり忿怒する所あり。彼れの精神は自由なり、獨立なり。一種の生氣活々として火山の如く、暴風の如く、劔の如く鷲の如く其詩力を有し、人をして憤發興起する所あらしむ。世上の文學者等が徒に文辭を弄し花月に睡り、山川寺院を詠じて詩人の能事終れりとなし、或は妄りにあはれを歌ひ宗教家を氣取る如きの比に非ず。常に『反對的の精神』を以て、劔を手にして、万人を敵とせるの慨あり。實に詩文世界のナポレオンに比すべきなり。 バイロンの心情や壓迫すべからず、不斷に活動して休むこと無く、内部に欝勃たる感情其度を高め、漸く之を文筆に漏らすが如きは「じれったき」を感す。此處に於てか行爲に於て自己の感情を發表せんとの傾向を生じ、人たる以上は世界に在て必ず一事業の爲す所無かる可からずとなせり。今やこれサルダナパルスの醒めたるものなり。バイロン豪遊の日に當り、若し彼を見るの明を有せる者あらんには、宰相サレメネス、が、サルダナパルスを謂ひたると同一の言を爲せしならん、曰く [#ここから2字下げ] 『彼れ他人の眼には爲すなき者と見ゆべしと雖、我眼に於ては尚或る者たりと見ゆるなり。彼れの柔弱なる胸中には、腐敗も之を消滅せしめ能はざる大怛なる勇氣あり。潜伏せる勢力はたとひ境遇に由て壓迫せらるゝと雖、決して滅盡せるには非るなり』と。 [#ここで字下げ終わり] バイロンはサルダナパルスなり。ミラが『サルダナパルスを愛したるは耻に非ず』と云ひしが如く、吾人も亦バイロンを此處に叙述するも耻に非ずと感ず。彼れ一旦醒るに當ては從來の優々たるサルダナパルスに非ざるなり。バイロン一旦奮起するや、決してドン、ファンに非ざるなり。バイロン今や文筆を投じ、劔柄を握て起立せり。 當時イタリアは獨立を失ひ、祭司小諸侯、及びオゝストリヤに壓制せられ、人民自由を失へるの秋にして、其壓抑を破らんとして「カルボナリ」と云へる秘密政黨起りたり。 バイロンは自由を以て主義となせる人なり、默然之を坐視する能はず、私かに秘密政黨に加はり、以てイタリアを自由にし、獨立の體面を回復せんと謀る。人に與ふる書に曰く『彼等は此處に反亂して、壓制の權力を破らんとなし、我を迎へて頼みとなす、我焉んぞ背を示さん。彼等の勢力及び熱心に於ては、我れ其不充分なるを知らざるに非ず。然りと雖、只だ進め。我とは何ぞや。一人或は數万人の謂に非ず、自由の元氣を擴張するものこれ我なり。此かる時に當て自利的の計算は爲すべきに非ず。イタリアを自由にするは大事なり。イタリアの自由を思へ』と。而て獨立黨を助けて力を添へ、金錢を以て彼等に助力し自己の家に武器を藏し、或は其徒の隱れ家となす。然るにバイロン一日巡査を爭ひたるより、端なくも其家は彼等の注意する所となり、又た暗殺せらるゝの恐れ無きに非ず。されども彼れ敢て之に恐れず、常に爲し居たる所の乘馬出遊を減することなく、依然として近傍の林中に入て短銃を練習せり。自ら曰く『余は日々暗殺に狙らはれて生活す、されども余は之が爲めに寢らざるに非ず、又た乘馬出遊を減ずることなし』と。其位置たる、實に玉込めせる大砲の口に立ちて今や發砲を待てるが如し。其感情や偉大なり。 一千八百二十一年、オゝストリア兵の爲めに秘密政黨打破られ、全く成功の望みを絶てり。然りと雖其精神は消ゆべくも非ずして、却て之が爲めに反動を養成し、英國詩人又た貴族たるバイロンの激勵と容貌とは、能く煙りながらも革命一致の火を持續せしめ、以て後來マツチニを扇動しカプールをして之を實行せしむることを得て、一千八百二十年の夢想を遂げしめたり、バイロンの功績豈少しとせんや。 バイロン「カルボナリ」に失敗せしを以て、再び思想、歴史、諷刺、及び雜誌等に向ひしと雖、彼の眞の目的とせる所は、尚ほ實行に向て新に爲す所あらんとするにあり。甞てムーアに謂て曰く『余にして十年の餘命あらんには、汝等我の今の儘の人に非ることを見んこれ文學上に付て云ふに非ず。必ずや或一事の爲す所あるべし。文學は慰樂のみ。余が詩人となりたるは他によきこと有らざりしが爲めのみ。これ第一のことに非ず。詩人とは何ぞや、多言者なるのみ』と。 機こそ到れ。グレシアは獨立戰爭を開きたり。バイロンの溢るゝ所の勢力を實働せしむるの原野は、今や彼れの前に開かれたり。バイロン甞て歌て曰く『人若し自由の爲めに自國に戰ふの用なきときは、他國の爲めに戰ふべしこれ勇武なることなり』と。今や之を實行するの時となれり。 バイロン、グレシアを愛す。其思想は常に之に向へること、宛も磁針が北斗を指すが如し。然るにグレシアは當時全く自由を失ひ、トルコの版圖となり、其壓制する所となれり。バイロン之を惜しみ、之を悲しみ、之を憤り、如何にもしてグレシアを獨立せしめ、古代の威嚴ある、光榮あるグレシアたらしめんことを希望せり、之を以て詩中屡[#「尸+婁」、第3水準1-47-64、屢]々グレシアを詠じ、往事の光榮を追懷して涙をそゝぎ、或はグレシア人を罵りて奴隸と云ひ、或は之を鞭撻して、以て憤起せしめてトルコ政府に叛きて獨立せしめんとせり。 『|不信者《ジアオア》』の詩中にグレシアを詠じて曰く、 [#ここから2字下げ] 『此くの如きは此海岸の景色なり、 これグレシアなり。されども活けるグレシアは今は亡し。 ****** 忘られざる勇壯なるものゝ天地よ、 其地は原野より岩窟に至るまで、皆盡く自由の住したる所、又光榮の墓なりき。 又偉大なるものゝ祭壇よ、 此くの如き(奴隸の情態)は凡て汝の遺物なるや。 臆病にして土地に匍匐せる汝等奴隸よ、近よれ、 此處は昔のテルピライには非ざるか、答へよ。 嗚呼汝等自由の|後裔《すえ》なる奴隸よ、 汝等の周圍に波打つ青き水── 此海如何なる所ぞ、此岸如何なる所ぞ── これサラミスの灣、サラミスの岩。 是等の景色是等の話し、汝等之を知らざるに非ざらん。 起て、起ちて再び是等を汝等のものとせよ。』 [#ここで字下げ終わり] と。バイロン又た酒宴の席上に於けるドン、ファンの口を借りてグレシア人を激勵 して曰く、       一 [#ここから2字下げ] 嗚呼グレシアの諸島、嗚呼グレシアの諸島。 此地は熱情なる女詩人サツポーの戀を爲し又た歌ひたる所。 此地は戰爭及平和の技術の發達したる所。 此地はドロス及びフオイボス諸神の榮えたる所。 とこしへの夏は今も尚ほ此地を飾ると雖、 ただ其太陽を除きては、萬事凡て沒し去れり。       二 ヒオス及びテオスの詩人、 英雄の立琴、戀人の笛の音── 是等は此地に名聲を博したりと雖、汝の海岸は拒みて之を受けざりき。 是等の生れし故郷は沈々默々、 汝等の父祖の祝福したる土地よりも 尚ほ西方に向て是等のひゞきは傳はりぬ。       三 山はマラトーンに向ひ、 マラトーンは海に向ふ。 我れ暫く此の所に立ちて思念すらく、 グレシアは尚ほ再び自由の國たるを得べしと。 我れペルシア軍の墓上に立ちて。 如何にするとも我等自ら奴隸に終るべしと思ふこと能はず。       四 昔、ペルシア王、サラミス灣に面せる所の岩角に 其坐を占めて灣内を一望す。 戰艦數千列を整へ、 率ゐる所の諸國の兵士、是等は皆ペルシア王のものなりき。 王は朝に之を觀閲して誇りしが、 夕に至れば是等の戰艦、是等の兵士、嗚呼果して何所にかある。       五 是等果して何所にかある。 而して嗚呼我國よ、汝は今果して何所にかある。 汝のしづけき海岸には、今は勇ましき歌は聲なくなり、 勇ましき氣象は其胸にあることなし。 而して久しく神聖なりし汝の琴は、 我が如き者の手に落つるまでに墮落したるよ。       六 たとひ名譽を失墜し、又束縛されたる民族中に數へらるゝとも、 尚ほかづ/\も愛國者の耻辱を感じ、 我が歌を歌ふ時我をして赤面せしむるは、なほ頼もしきものあるなり。 あゝ何の爲めに詩人は此に殘されしか、 グレシア人には赤面を與へ、グレシア國には涙を流さんが爲めなるのみ。       七 我等、今に比べて、まさりし過去を追懷して、徒らに泣かざるべからざるか。 我等、祖先が血を流して立てし|績《いさを》に對して、たゞ徒に赤面せざる可からざるか。 あゝ、地球よ、 汝の胸よりスパルタの勇死者の生き殘りたるものを送り返へせ。 三百人中、只三人のみにて可なり、 而して新なるテルモピライを爲さしめよ。       八 如何なれば尚ほ寂として聲なきや、如何なれば萬物沈默せるや。 ああ、否々死者の聲は 遙かに瀧の音の如くひゞきて曰く、 『一人の活ける所の首領 ただ一人起つものあらば、我等共に與にせん』と。 然るに聲なきは生者なるかな。       九 無益なり、無益なり。我れ他の弦をかきなさん。 なみ/\と我杯にサモスの酒をつぐべし。 戰爭の如きは之をトルコの蠻族に一任すべし。 我はヒオスの葡萄の血をながすことを爲さん。 卑陋なる招きに應じて、人皆聲を和し 大膽なる酒宴の歌は盛にひびき聽ゆなり。       十 汝等ピロ王の舞踏は今尚ほ之を有すと雖、 ピロ王の方陣は今果して何處にかある。 汝等この兩教科中 如何なれば其高尚にして且つ勇壯なる方を棄て去りしか。 汝等カドモスが與へたる文字を有せり、 こは奴隸の用に供せんが爲めなりと汝等思ふか。       十一 なみ/\と我杯にサモスの酒を注ぐべし。 我等かゝる悲壯の事を考ふることを止めん。 酒はアナクレオンの歌をして神聖ならしめたり。 彼れ専制君主ポリクラテースに事へたり。 されども當時の君主は たとへ専制なりしと雖、尚ほ我國人にてありしなり。       十二 ケルソネソスの専制王は 自由の最も良き、又最も勇敢なる友なりき。 此専制王は、ミルチアデース其人なり。 ああ此現時に於て、 願くは此種の専制君主出でよかし。 其鐵鎖は必ずよく人心を一統することを得ん。       十三 なみ/\と我杯にサモスの酒をつぐべし。 スリの巖上に、又たパルガの海岸に、 ドリア種類の母系を引ける如き 勇壯なる血統の者の遺れるあらん。 又必ずや其の所には、 ヘラクレースの血統の種子は蒔かれて存するならん。       十四 フランク人等の所謂自由は信ずるに足らず、 彼等は商買を爲す所の王を有せり。 自國の劔及び自國の軍隊、 此に勇氣の唯一の希望は懸る。 然りと雖トルコ人の軍隊とラチン人の奸策とは、 汝の楯は如何に廣く大なりとも、 必ず之を撃破すべし。       十五 なみ/\と我杯にサモスの酒をつぐべし。 我國の乙女子等は、木蔭にたのしく舞ひ遊べり。 我れ其すゞしき黒き眼の美しきを見る。 されど花の如き是等の乙女子を見る毎に、 彼等の乳は奴隸を養育せざる可からざることに思ひ至りて、 我兩眼には熱涙の湛へ來るを禁ずること能はざるなり。       十六 我をしてスニウムの大理石の絶壁の上に在らしめよ。 其處には波と我との二人のみにして 彼と我とは、互に私語を聞くことを得ん。 其處に白鳥の如く、我は歌ひて死なんことを希ふ。 奴隸の土地は我の住むべき土地に非ず。 サモスの酒杯は之を床上に投げて碎かん。」(ドン、ファン三齣八十六、一より十六) [#ここで字下げ終わり] 一千八百二十三年「ロンドン、グレシア義會」より、バイロンに、グレシア獨立に助力せんことを委托せり。バイロン素よりグレシアを愛すと雖、當時の墮落の情状を見ては、多少失望の趣なきに非ざるなり。チャイルド、ハロルドの旅行の時にもグレシア人を罵りて『世襲の奴隸』と云ひ、『自由の後裔なる奴隸と』と云ひたる如きありて、多少グレシア行きを躊躇したりと雖、グレシアは救はざる可からざるなり。又た其愛婦テレサ、ギッチョリと暫時別るゝは、甚だ悲しきことなりと雖、又た勝利して歸り來るとの希望なきに非ず。テレサも自ら共に軍に從はんとの意ありしと雖、男子に取りてすら困難なる事業なるを以て女性に向ては到底實行され得べきことに非ざるなり。 バイロン、グレシア獨立義會の委托を承諾し、グレシアに到ることに決す。 出立するに望みブレツシントン伯及び夫人を訪問して告別す。時にバイロン曰く『吾等今ま此所に一處にありと雖、此後何時か再び相會することを得べきならん。我が胸中には一種の前徴の如きものありて、グレシアより再び此處に歸ることなかるべし』と、ソーファに倚りて潜然として泣けり。暫くしてバイロン漸く氣を取り直ほして辭して歸へれり。 一千八百二十三年七月十五日の未明ピエトロ、ガンバ(ガンバ伯の子)。トレローネー。「ドクトル」ブルーノ。「キャピテン」スコット及び其他八人の僕と共に、百二十「トン」の兩扼船「ハーキュールス」號に搭じてゼノア港を解纜す。搭載する所は十分是等の人々の必要を充たすに足るの武器、彈藥、西班牙の一万弗、爲替券の四万弗及び一千人の一年間に必要の藥品等なり。而てガンバ伯、トレローネー、及びバイロン自己の兜併せて三領を作る、而して自己の兜には頭飾を施したり。ゲーテ全幅の同情を以て詩を以てバイロンの出陣を祝福す。バイロン大に喜び、散文を以て謝辭を述べ以て之に答へ、若し事終えて歸る時には、ワイマーに至りてゲーテに面會すべしと云ひ送れり。 ゼノアを出帆してより風波惡しく、五日にして、レゴールンに着す。彈藥及び必要品其他未だ準備なきものを此所にて搭載し、七月二十四日此港を解纜して十日の後、ケファロニア島に着す。然るにグレシア人等の計畫する所十分ならず、バイロン爲めに空しくケファロニアに滯在すること五ヶ月。其間數々グレシア人の墮落を云ひ此くの如くにして、此墮落より再び興起せしめんには容易の事に非ずとなせり。之れが爲めに自己の名は、グレシアの必要なる又た永遠の利益と結合して存すること能はざるを感ぜり。然りと雖、グレシアは救はざる可からず、たとひ自己を其進路の犧牲に供するとも厭ふ所に非ず、これ止むを得ざるなり。波若し岸邊に打ち上げて其達すべき點に至るまでは、多くの波は中途にして破れ碎けざるを得ざるが如きなり、「我」とは何ぞや、曰く「若し一點の火光にして、價値あらんには、そを後代に消えしめずして、持續するにあるなり」と。此くの如きはバイロンのグレシアに盡くさんとする感情なり。一方には人民の墮落に失望し、又た一方には犧牲の精神を以て盡くす。其精神や偉なりと云ふべし。 バイロン、イタリアを思ふなきこと能はず、書をギッチョリ夫人に送りて曰く『吾等尚ほケファロニアにあり、余はグレシア義會より委任されたる事を完うせば、イタリアに歸るべし。願くば心靜かに快活にあれ。事若し終へば吾等イタリアに歸り吾等、殊にピエトロ(ギッチョリ夫人の兄弟)の冐嶮談等を爲すを樂しみとなせり。航海及び旅行中の奇聞珍談多しと雖、暫時にして、吾等おん身に再會する時を期し、笑ひ語らんが爲めに、報道は之れを後日に取り置くべし』と。 グレシアは獨立せんとせり。然りと雖其内情は紛々亂々秩序なく統一なし。バイロン政府に忠告して曰く『若しグレシア人にして、能く秩序と統一とを保つに非ずんば、決して何事をも成すこと能はざるべし。若し自ら内部をすら統治すること能はざらんには、グレシアに敵意を有せざる諸外國は來りて、内政に干渉し、グレシア人の希望を水泡に歸せしむるに至るべし』と。 アレキサンドル、マウロコルダート公は最も眞實なる愛國者なり。バイロン書を與へて曰く『大佐スタンホープ、ロンドンより來る、我と共に動かんとするなり。グレシアの運命は今や三途を撰ばざる可からず。一は則ち勝にあり、二は則ち歐洲列國の命令に從ふにあり、三は則ちトルコの屬國となるにあり。内部の分裂は此内後の二者に行くの道なり』と。 バイロン尚ほケファロニアに滯まる。人々速かにメソロンギに來らんことを待ち望めり。マウロコルダート公書を以てバイロンを促がして曰く『余は如何に閣下の速かに來らんことを望めるやは、今此處に云ふを要せず。閣下の來着は人皆待ち望めり。閣下の忠告は神托の如く聽かるべし』と。大佐スタンホープ氏も亦ミソロンギより書を送りて曰く『閣下を迎へんとして送りたる船は歸り來れり。人々閣下の未だ來られざりしに失望せり。マウロコルダート公は非常に憂慮し、水師提督は憂欝し、水兵は怨言せり。余は今夕市街を歩行せしに、人皆余に問ふて曰く、バイロン卿は如何になりしと。』スタンホープ又たロンドン義會に宛てたる書に曰く『人皆バイロン卿の到着を待つこと、宛も「メシヤゝ」(救世主)を待つが如し』と。 人々の此くバイロンを待つの非常なるは、素より種々の理由ありしと雖、彼等の最も急を感ずるは軍需金なり。これバイロン寄與を約束したるに由る。彼等此金を得て、軍艦水兵等に支拂はんとするなり。獨立軍の窮状見るべきなり。 ケファロニアにあること五ヶ月、此間に於ても、バイロンの行爲は見事なるものにして、ケファロニア人は勿論、其地にある英國人、グレシア人、其他如何なる人と雖、彼れに接せし人は、バイロンの一擧一動皆尊敬の念を以て語らざるなく、其恩惠を施したる、其判斷の明晰なる、皆人の感ずる所たりしなり。 彼れ又た貧困なるものある時は之に惠與し、單に一時之を救助するのみに非ずして、或者の如きには毎月定額の恩給を約束して與へたることあり。 バイロンのミソロンギに向つて出發を遲延せしは。グレシア軍の内情の十分に知れざるものあると、又た目的地の十分確定せざりしとに由りしなり。 バイロンはミスチコ號に搭じ、ガンバ伯は乘馬及び重量の軍需品を積める大船ポンバルダ號に搭じツァンテ島に寄港して金錢及び必要品を積み込み、十二月二十九日の夕、ミソロンギに向て出帆す。 翌朝未明バイロンの船は前面に一大船を認めたり、其距離「ピストル」彈の及ぶ所にあり。初めはグレシアの軍艦なりと思ひしも、彼トルコの軍艦なるを知り、計を以て其注意を避けて遁るゝことを得たり。然るにガンバ伯の乘り込める船は、之をグレシアの軍艦なりとして歡聲を發したるより、端なくも其捕獲する所となり、トルコ海軍指令部のある所のパトラスに引き行かる。尋問の後免されて一月四日ミソロンギに着す。 然るにバイロンの乘れる船は風波に逢ひて中途の島陰に錠泊して天氣を待ち、漸く四日の夜晩く、ミソロンギに着せしと雖、翌朝上陸することゝなせり。 ミソロンギにては今や海陸軍とも餓え且つ疲れ居るなり。而してバイロンの到着は知られたり。彼等實に救世主の天降りたるが如く歡びたり。ミソロンギの全人民は濱に出でゝバイロンを歡迎せんとして群集す。堡壘よりは發砲して其來着を祝せり。全軍隊及び朝野の名士は、マウロコルダート公を頭として、バイロンの上陸を迎ふ。バイロン人民の歡聲、種々の音樂、及び砲兵の祝砲の響の中を導かれて、其準備せられたる館に至る。ガンバ伯時の状を云ふて曰く、『吾人は此光景を觀て、感極まりて落涙を禁ぜざりき』と。 バイロン八日間海路種々の困難を經來れり。到着せば聊か息ふ所あらんとせり。然るに此地の人民全躰の、彼を依頼せるを見ては、又た一身を思ふの念なきなり。 バイロン上陸して何をか見たる。陸海軍共將に饑えんとせり。到る所に不和不穩の情あり。十四隻の軍艦はミソロンギの援助に來り、トルコ軍艦の倍數に抗抵し居たるも、其給料を與へざるより、九隻は失望してハイドラに歸り去り、殘る五隻も不平を以て艦を捨てゝ今や陸に上りて怨言せるのみ。此地の住人は却て其防護者の爲めに掠奪せられて苦しみ。當時西部グレシア獨立軍を組織せんとして會合せる議會は不統一を以て紛亂して其結果あるなく、マウロコルダート公の率ゐる五千の兵士の如きすら給養十分ならず、水夫等よりも一層の窮乏の状態にありて、命令行はれず紛爭容易に生ずるの勢なり。 バイロンのミソロンギに上陸したる時は、ミソロンギは實に此くの如きの状態にありしなり。 グレシアを救はんとの精神や已に高尚なり、貴重なり。而してバイロン單に精神を以てグレシアを救ふに止まらず、又た金錢を以てグレシアを援けたり。實に此時グレシアは一切の事物に窮乏の時にして、獨立政府の金庫は空乏にして、バイロンの所持せる金錢を頼みとせるなり。バイロン自己の信用を以て能ふ限り軍費を募集し、以てグレシアの軍需を充たせり。又たグレシア政府が外債を英國に募らんとするに當ても、其成功は全くバイロンの名の信用に由りしものなり。彼れ實に詩人たるのみに非ず、大將たるのみに非ず、又た大藏大臣の位置にありたり。グレシア内情の不和亂離は素より種々の原因ありしと雖、其内大なるものは實に財政の困窮にありしなり。其大なる所を授けたるのバイロンは、又たグレシアに取りては至大なる恩人たるなり。バイロン私費を以てスリオーテの傭兵に一年間の給料三千弗を前金にて拂ひ、又た政府の兵士其他にも、私費を投じて諸拂を爲し、尚ほ必要あるに於ては、私債を募りて其急に應ぜんとせり。若しバイロンにして金錢を以てグレシアを援助するに非ずん西方グレシア政府は瓦解し了りたるのみ。 一千八百二十四年一月二十二日の朝即ち彼れの最終の誕生日に當り、スタンホープの室に來り微笑しつゝ曰く『君は余が近來詩を作らざることを語る、我れ今一詩を得たり』と、而て讀み始めて曰く [#ここから2字下げ] 『〔前略〕兵士の墓の最も汝に善きものを求め出せ。發見せらるゝよりも求め出だすは甚だ稀なり。周圍を回顧して汝の地を撰び、而して汝休みに就け』 [#ここで字下げ終わり] と高尚偉大なる感情と謂ふべし。其心情全くグレシアの獨立を助成せんとするにあるなり。大佐スタンホープ、ロンドンのグレシア義會に報告して曰く『バイロン卿は、グレシアの光榮ある革命運動の主要なる部分を働く一切の方法を有せり。彼れ才智あり、自由主義を宣言せり、金錢を有せり、義侠心に熱せり、而して二個の善良なる方策を以て事を初めたり、第一はグレシア人の統一を言ひ、自己の何れの黨派にも屬せざることを明かにせり、第二には私費を以てスリオートの傭兵五百を養ひ、自ら其首領として働けり。是等は共にバイロン卿をして名望あらしめ、又た其事業を成功せしむる善良なる方法たるなり』と。 バイロン有らゆる方面に其精神を用ゆ。彼れ戰爭の慘怛たるものなるを感ず、又たトルコ人の殘忍なるを知れり。之を以て成らん限り、之を輕減せんと欲し、書をトルコの將軍ユッスフ、パシヤに與へて曰く『閣下。曩に余の友人及び余の家財を乘せたる船の、閣下の軍船に由りて捕へられし時、閣下は之を放免したるは余の感謝する所なり。否な英國の中立旗を樹てたる船舶を放免したるは當然の事にして別に謝する所に非ずと雖、閣下が余の友人を厚遇し、親切に扱ひたるは余の感謝する所なり。實に戰爭其物は已に殘酷なり、他の事に於ては成らん限り此殘酷なることを輕減せんことを希ふ。今後若しグレシアの兵士にして、閣下の軍隊の手に落つることあらんとも願くは寛大の所置を與へられんことを。我等兩軍相互の間に成らん限り殘忍なること勿らしめんことは余の切望する所なり』と。之れが爲めにトルコ軍の殘忍なる行爲を禦ぎ、捕虜の如きは、互に之を變換することゝなれり。バイロンの人道上の功亦た看過すべからざるなり。 バイロン素より上下の信頼する所にして、又た自ら、獨立運動上主要なる部分を働けりと雖、未だグレシア政府より正式の任命を受けざりしが、一千八百二十四年一月の末に至りて、獨立政府はバイロンを總督に任じ、民事及び軍事の全權を委托し、同時に有名なる將士より成立せる所の軍事評議會をしてバイロンに伴はしむ。 作戰の計画はレパントの攻撃にあり。バイロン軍事上の熱心と義侠の情とに燃え、レパントの攻撃に從はんとせり。然るに攻撃諸機械の準備整はず。又たドイツより來れる砲兵等も用を爲さず、スリオートの傭兵等は紛擾を引き起せり。此等の種々の理由を以てレパントの攻撃は遲延せられ、バイロンは不快切齒に堪えざるなり。實にスリオートの傭兵等は、甚だ惡性の徒にして、バイロンの富有なると、寛大なると、又た其事業の成功には彼等の必要なるを覺知せるを以て、之に乘じてバイロンに向て種々不當の要求を提出せり。而して聊かなりとも不滿の事ある時は直に反亂の勢を示めす。一月中旬の如きは彼等甚だ不穩の行爲に出て、大にバイロンの心を痛めしめたり。 此く種々の困難と不快とのあるにも關はらず、バイロン毫も其目的とせる所の意志を弛むることなく、失望するなく、落膽するなく、レパントの攻撃は、彼に向て如何に些少の名譽を與ふるものに過ぎざらんとも、之れ彼れが犧牲として從來盡くしたる所の唯一の報酬なりとして滿足すべきなり。 卑劣なる心情は單にスリオート人等のみに非ず、グレシア人の内にも亦種々の劣等の徒ありて、スリオート人を誘惑して、又た種々の不滿をバイロンに訴へしめたり。バイロン激怒し、グレシア人たる彼等の根性の腐敗を罵る。二月十四日、スリオート等又々破裂したりと雖、遂にバイロンに説伏せられ、再び服務することゝなれり、されどもバイロン此くの如きの徒を信じて事を成さんとするは、遂に能ふ可からざることゝなし、正規兵の組織せらるゝまではレパント攻撃を見合せたり。 是等の事情は已に十分バイロンの心胸を煩悶せしめ居るなり。之に加ふるに降雨はバイロンをして外出して運動せしめざりしより、バイロンの神經の煩悶は一層其度を加へたり。二月十五日午前八時頃、バイロン、スタンホープの室に於て、一兩名と共に談話し居たるに突然頭色變じ來り痙攣して身躰の自由を失ひ、一時非常の事とならんとせり。然るに種々醫療を盡くして、殆ど一週間にして、稍々快復して、乘馬して出遊するを得るに至れり。二月二十五日には出版書肆マーレー氏に書状を發せり、之れバイロンがマーレーに與へたる最後のものたりしなり。マーレー氏は書肆なり、されどもバイロンとの交際は久しく、其交情甚だ密にして、互に其内密の事をも明かし居たりしなり。其書状にはバイロン自己の近況、病状及びグレシアの事件等を記るせるものなるが、又た其中に一種可憐なる記事あり。曰く『余はトルコの捕虜男女及び小兒等大凡二十八人を放免して、トルコ軍營の所在地パトラス及びプレヴェサに送附せり。然るに其内八歳の少女ありて、余の許に留まることを希望せり。余(若し生命あらば)は此少女と其母とを、イタリア若しくは英國に送り、此少女を余の養女とせんと欲す。少女名をハト、又たはハタゲーと云ふ、甚だ可憐の少女なり。此少女の兄弟は皆グレシア人に由て殺されたれども、此少女は、年甚だ少なるを以て死を免れたるなり』と。バイロンの柔和にして親切なる情見るべきなり。此くの如きは久しく親密に交はりし友人に宛てたる最後の書状なりしぞ、悲しと云ふ可けれ。 スリオートの傭兵等尚ほ其亂暴を止めざるなり、バイロンの病中にも亂暴してバイロンの心を痛めしめたり。此に於て一般の平和の爲めに彼等を除くの必要あり、バイロンに取りては多少損耗に歸せしと雖、バイロンよりは一ヶ月の給料前金を支拂ひ、政府よりは其未拂の分を拂ひたるより、是等亂暴なる武人等は、皆此都府より退散せり。從てレパント攻撃も亦遂に全く望なきに至れり。 此くバイロンの目的は失敗に歸せしと雖、彼れ再び二箇の企圖を立てたり。一は即ちミソロンギの堡壘の修築なり、これ防禦の爲めなり、他は新に軍隊を組織することなり、これ、由て以て最初の目的を達せんとするの方便たりしなり。而して彼れ其健康を回復し、天候亦定まり、而して戰爭始まるに及びては、自ら戰塲に赴かんことを期せり。 實にバイロンの一生中、此時ほど此くの如く大政治家の資を有せし時はあらざるなり。彼れ革命の中心に來り、イタリアにありし時の如く不斷の危險に面し、諸將間の衝突を調和し、自己を以て模範として人道の觀念を鼓吹し、募集さるべき外債は、能く國家の財源を啓發するの方法を考窮し、ミソロンギの堡壘は十分に之を修築して敵に備へ、又は印刷上の無制規を制限する等、皆な自ら之を力めたり。此くて其の義侠の名聲は彼れの詩人としての榮譽と同じく、又た永久に不滅なるべし。 然りと雖、彼れの一身には日々一箇人的及び金錢上の問題は四方より雲集して、彼れの身心は益々煩悶を増すのみ。且つ獨立軍中の黨派の分裂は最もバイロンの心を惱ませる所たるなり、殊にマウロコルダート公と、東部グレシアの將士との不和は最も憂慮すべきものにして、バイロン、如何にもして之を調和せんとし、マウロコルダート公と共に、東方將士とサロナに會し、和協して攻撃及び防禦の策を定めんとせり。時に大陸グレシア(モレア半島及び諸島を除く)に於ては總督を置かんとし、バイロンをして總督たらしめんとせり。バイロン答へて曰く『余は先づサロナに至り、然る後、政府の命に從ひて總督ともなり、又は命令せらるゝものともなるべし』と。 此くする内危難は内外より起り、ミソロンギを脅かせり。トルコの艦隊は灣内より來りてミソロンギを封鎖せんとし、モレア人の獨立黨に對して不滿なるものは、トルコ軍の攻撃に内應して蜂起してミソロンギに迫らんとするあり。之に加ふるに三百のスリオート武士等は、已にミソロンギ港要害の地を占領せりとの風説あり。而して一切の商店は閉され、勸工塲は人影だにあるなく、全市寂寞たるに至れり。 バイロンは泰然たり。人々に令して十分に武裝を繼續せしめたり、されども黨派の紛爭には堅く中立を守らしめ、以て此の迫り來る危難に面せんとせり。 バイロン二月疾病に罹りしより彼は數々眩暈を生じ、神經大に衰弱せり。之れ素より、一箇人の事情、及びグレシアの國事の困難なるものあり、爲めに過度に神心を勞したるに由るべしと雖、又た他の原因としては、バイロンの住家は沼地の中央にあり、其のグレシアに來りしより、衣食非常に質素にして、肉食を斷ち、日々燒パン、野菜、乾酪、オリーブ油及び小量の酒を使用するに過ぎざる等、これ等は皆身躰を衰弱せしむるものたりしなり。而して是等の種々の原因は複合して、遂にバイロンの死を早めたり。 之れより前殆ど三ヶ月バイロンと共に居りし一米人あり此後バイロンとの對話を出版す、其内に曰く、バイロン曰く、『余はアメリカを愛す、之れ自由の地、神の緑野、壓制を被むらさるの處なり』と。一日某米人にアービングの『スケッチ、ブック』中「戀愛絶望、」の編を讀ましめて之を聽く。讀みて悲哀の所に至ればバイロン涙を流して曰く、『君、余の泣くことを見るならん、アービングも亦た泣かずして此文を書かざりき。余は世上の艱難に當ては、未だ甞て泣きたること有らずと雖、戀愛の絶望の爲めには常に泣けり。余はアービングを見んと欲す、されども遂に能はざるべし。彼れは實に天才なり。余はアメリカに行かんと欲するの五つの理由あり、一は、アービングを見んが爲めなり。二は米國の壯大なる景色を見んが爲めなり。三はワシントンの墓に參詣せんが爲めなり。四は生ける所の自由を見んが爲めなり。五は君の本國の政府が希臘の獨立を認め得ることの爲めなり』と。彼は自由の精靈なり、プロメテウスなり。寤寐にもグレシアの獨立を念頭に止め、米國人と談話しては米國がグレシアの獨立を認め得るの日を期し、自ら彼國に至りて新グレシアを顯はさんものと想像せしならん。然るに哀れむべし、彼れ此望を達する能はざるの事情となれり。 [#改ページ] [#ここから4字下げ] 第十六章 バイロンの死 [#ここで字下げ終わり] 此の不快極まる時に於て、聊かバイロンの心を慰めたるは、公事に關してはグレシアの外債募集の進行の好都合なりとの報道を得たることなり、私事に於ては、久しく音信なかりし姉より其身及びアダの無事の報知を得たることゝなり。之れ一千八百二十四年四月九日なり。 バイロン心大に勇み、天氣未だ十分に定まらずと雖、久しく雨の爲めに室内に閉ぢ込まれたるに欝し、此日ガンバ伯と共に乘馬して出遊す。然るに驟雨忽ちに至りて其濡ほす所となる。 家に歸りて二時間の後、バイロン發熱してリウマチス樣の疼痛を發す。其夜八時ガンバ伯バイロンの室に至る。バイロン、ソーファの上に横はり甚だ憂欝に沈み居れり。ガンバ伯を見て曰く『余は苦痛に堪へざるなり。死は恐れずと雖、此苦痛は堪ゆべからざるなり』と。 翌朝平常の時間に起床し、事務を見、又た乘馬して外出す、尚ほ神經の異常を感ずるや甚しく、食欲亦た欠損せり。 十一日の夜より再び發熱して病症日に重くなり、醫師は種々其法を盡くすと雖、快方に向はざるなり。 十五日バイロン事務を見、又た數通の書状を閲す、其内トルコ軍より來れるものあり、トルコの捕虜を返へしたる其厚意に對する感謝、又た將來の希望を述べたるものなり。バイロン喜ぶ。 十七日に至るも病症依然として良しからず。ガンバ伯足を痛めて歩行すること能はず、爲めに此一兩日バイロンを見舞はざりしが、此日方法を設けて漸くバイロンの室に達す。後、時の情状を人に語りて曰く『バイロン余の方を向きて、力なき微かなる音聲を以て、余の怪我に就きて親切に語りて曰く「足下の足に注意を加へよ、余は實際經驗して、足疾の苦しきものなるを知る」と。余は此言を聽きて萬感胸に迫りてバイロンの傍に居ること能はず、其室を去りて落涙して泣き伏したり』と。此くてガンバ伯も、從僕フレッチャーも、バイロンの病状を見ては、たゞ泣きくづるゝのみなりき。 十八日は「イースター」祭の日なり。軍隊は發砲して此日を歡祝するを例となすと雖、銃はバイロンの神經を興奮せしめ、一層病を重くせんことを恐れ、一指揮官は之を率ゐて遙かの距離に至りて發火せしめたり。又た市街の巡邏は布令して恩人バイロンの爲めに、成らん限り靜謐を保たしめたり。 此日午後よりバイロンの病状一層惡くなれり。バイロン初めて其死の近づきつゝあるに心付たり。 醫師ミリンゲン、從僕フレッチャー及びチタ等バイロンの床側にありしが、悲哀に堪へずして室を出て涙にむせびたり。チタはバイロン其手を取れるを以て室を出づること能はず面を背けて涙を押へたり。 此くする内バイロンは言を始め高聲に談話し、宛もレパントを攻撃するの夢想を有せるものゝ如く、半ば英語、半ばイタリア語を以て『進め──進め──勇氣──我に習て進め』と叫べり。 後暫時常に歸りて一二の語を發し、側に立てるフレッチャーに向て曰く『汝及びチタは、日夜我側にありて看護したれば、必ず疲れたるならん、我之を感謝す』と。嗚呼バイロンの人を愛しいたはる、何ぞ其情の貴きや。 バイロンの死は愈々近づけり。フレッチャー遺言を記るさんが爲め筆紙を持ち來らんかを問ふ。バイロン曰く『否々、時なし、時已に過ぎたり。我姉に行き──話せ。バイロン夫人に行き、面會して話せ──』と。 此に言語暫く中止し、後又た殆ど二十分間低聲にて獨語せり。其調子たるや極めて熱心なるが如しと雖、言語不明瞭にして他人には解すべからず、たゞ時々、『オゝガスタ』『アダ』『ホッブハウス』『キンネアード』(友人)等の名を解すべきのみ。而して終りに『余は凡て言ひ終りたり』と。フレッチャー曰く『余は閣下の言を了解せざるなり』とバイロン殆ど苦しめる容貌を以て云ふて曰く『了解せずと云ふか。嗚呼。已に晩し』と。フレッチャー曰く『否、然れとも神意は成されたり。』バイロン曰く『然り。然りと雖余の意は成されざるなり。』其語數語を發せんとせしと雖、言語不明瞭にして、たゞ『我姉』『我子』等の語の聽へしのみなり。 其後數度の間斷を以て彼れ曰く『憐れむべきグレシア、──憐れむべき都府、─我が憐れむべき從者』『余は何故に此事を今少し早く悟らざりしならん。』『余は終は來れり。死は厭ふ所に非ずと雖、此地に來るの前、何故に一度英國に歸らざりしならん』と、又たグレシアに就て云ふて曰く『余はグレシアの爲めには、我が物、我が時、我健康を與へたり。今や又た我生命をも與ふ。此他余は何をか爲し得ん』と。 此日夕六時に至り、バイロン『余は寢らん』と云ひつゝ彼等に向きて眠りたり。嗚呼これ再び覺めざるの眠りなり。此後二十四時間運動も、感覺もなくしてバイロン横はり、たゞ時々窒息するが如き呼吸をなせしのみ。翌十九日朝六時十五分バイロン一度眼を開きて、又た直に之を閉せり。醫師其脈を診せしに已に終れり。 嗚呼ドン、ファンたり、又たサルダナパルスたりしバイロン、今や異郷の軍中に死す。優しき女子の、傍に在りて看護するものなく、涙を流すものもなしと雖、偉大なる心情を有せる憂國の志士は、眞率、純潔なる熱涙を流したり。彼の周圍には或は英語、或は佛語、或はイタリア語、或はグレシア語を語る人々のみにして、互に言語通ぜず、たゞ眼と眼とを見合せて悲哀の情を語るあるのみ。 バイロン死せり。ミソロンギの人民の悲哀は直に全歐洲に擴まりたり。 回顧すれば曩にバイロンのグレシアに來るや、威風堂々、赫々たる英名は其身邊に光輝を放ち、一度其強力なる天才の觸るゝに於ては、成功必ず可しと信ぜられしに、凡て皆な一夜の夢と消え去りたり。 實にバイロンがグレシアに來りしは、グレシアの榮譽なり。其死するの前夜市街に群集せる人々は、皆なバイロンの容躰如何を問ふ。而して其死するの時雷鳴ありしかば、人皆之を以て『偉人の死』の徴候なりとせり。 マウロコルダート公は、バイロンの死は、グレシアに取りて最も痛はしきものなるを知れり。其國家の爲め、又た其自身の爲めの無二の良友を失ひたる二重の悲哀を感じ十九日の夜、悲しむべき布令を發してバイロンを惜しむの情を述べ且つ令して曰く [#ここから2字下げ、折り返して6字下げ] 第一條、明朝大砲臺より三十七發の大砲を放つべし、之れ高貴の死者の年齡たるなり。 第二條、一切諸官署は勿論、裁判所をも、三日間罷休すべし 第三條、商家は食品店及び醫藥店を除くの外は盡く休業閉店すべし。諸興業、音樂及びイースター祭の諸行事は嚴重に之を禁ず 第四條、國民喪は二十一日間務むべし。 第五條、祈祷及び葬禮儀式等は凡ての寺院にて行はるべし。 [#ここで字下げ終わり] [#ここから3字下げ] 一千八百二十四年四月十八日ミソロンギに於て [#ここで字下げ終わり] [#地付き]ア、マウロコルダート [#地付き]書記 ジヨルジ、プライヂス グレシア全國皆な此くの如くなせり。ガンバ伯曰く『バイロン此く異郷に死す。然りと雖人皆誠實に彼を愛し、誠實に彼を悲しみたり。此くの如きは敬畏と熱心との合したる愛情にして、能く其四周の人々を感化し、彼れの爲めとし云はゞ、吾等をして如何なる危難をも辭せざるに至らしめたり』と。 大佐スタンホープは時にサロナに在り。バイロンの訃音に接して嘆じて曰く『英國は其最も光輝ある天才の士を失へり、グレシアは其最も高尚なる友を失へり。バイロン假令欠點を有したりとも、又た十分之を償ふの徳を有せり。彼れは壓抑を被れる國民の爲めに其慰樂、財産、健康及び生命を供けたり。彼れの記憶は名譽を以て敬せざる可からず』と。 トレローネー曰く『余はミソロンギに來らんとして途中に人に、ミソロンギの状況を問ふ。聞く所はたゞ「バイロンは死せり」とのみなり。余は悲哀に沈みて路を進めり。……世界は最大の人物を失ひたり。余は最上の親友を失ひたり』と。 從僕フレッチャー、及びチタ等は、寧ろバイロンを以て主人と思はんよりも父の如く思ひ居たり。其悲哀や父の死の如し。 バイロンの病中武器を以て彼に給料を要請せしスリオートの傭兵等も、バイロンの死後三日にして彼の柩前に來り眞情の熱涙を注ぎて泣けり。 トレローネー、バイロンの名の偉大なる勢力を云ふて曰く『余思ふにバイロンの名は、外債を募集するにも偉大なる勢力を有したりしなり。マーシャルなる人あり毎年八千磅づゝ拂込まんとしてコルフまで來りしと雖、バイロンの死を聞きて歸り去れり。數千の人民は集まり來り、或者はコルフまで來りしが、バイロンの死を聞きて曰く「我等は我等の財産をグレシアに托せんと欲せず、又は獨立運動其物に利害の心を以てするに非ず、只だ高貴の詩人の爲めに盡くさんと欲するのみ」と。歸り去れり』と。 パリー(友人)も亦記して曰く『余のツァンテに在りし時一紳士ありて余を訪問して、バイロンに關して精密なる質問を爲し且つ曰く「余はアンコナに在る十四人の英人の一なり。今ま遣はされてバイロンの状況を聞き、歸り報じてバイロンの下に働かんとするなり。吾等はバイロンの護身騎兵隊を組織し、我等の勤務と收入とをグレシア獨立の爲めに捧げんとす」と。されどもバイロンの死を聞きて彼等亦去れり。』 葬式は四月二十二日ミソロンギにて執行せらる。されども單に式のみにして、柩は之を家に持ち歸れり。 或者はバイロンの遺骸は之をミソロンギに葬らんことを請ひ、或者は之をアテーナイのテシウスの神社内に葬らんことを主張せしが、遂に英國に持ち歸りて葬ることに決せり。 五月二日遺骸は英國に送られたり。親戚等遺骸をウエストミンスター寺(古來大人名譽の人の葬りある所)に收めんことを願ひたるも許されず、一千八百二十四[#「二十四」は底本では「二十二」]年八月十六日、バイロン家歴代の墓所たるハックノルの村寺に葬る。されども此大詩人の遺躰は長き送葬の列を從へつゝ、徐々に北方に向て進み、古來の大詩人の休める墓地─其墓地の門は、バイロン卿の遺躰に向て拒閉されたる墓地─を後にしつゝ行きしことを思ふときは、吾人は轉た感慨無きを得ざるなり。 姉レー夫人碑銘を作る。 バイロンの誄辭を書きたるものは、八方より捧げられ歐洲各國の言語は殆ど無き者あらずと云ふも過言に非ざるなり。其内見事なるものはバウルス氏の誄辭なり。曰く [#ここから2字下げ] 『此くチャイルド、ハロルドの最後の旅行は終りたり。 グレシアの海岸に彼れ立ちて|呼《よば》ふらく、「自由よ」と。 而して世々に名高き其海岸 スパルタの森及び巖山等は答ふらく「自由よ」と。 然るに彼れの側なる幽靈は、 嘲けりつゝ立ちて其矢を弓に番ひて彼を射れり。 彼れ尚ほ壯なる年に於て斃れたり。 スパルタ。汝の巖山は他の叫を聞けり。 而して古しのイリッソスは嘆息す─「死せ、寛大なる追放人、死せ」。』 [#ここで字下げ終わり] [#改ページ] [#ここから2字下げ] 餘論 [#ここで字下げ終わり] [#ここから4字下げ] 第十七章 バイロンの人物及び文學概評 [#ここで字下げ終わり] バイロン此く生き此く死せり。其生活したる年數は僅かに三十六なりしと雖、此短命なる彼の一生に於て、彼れの動作し、彼れの經歴したる所は、極めて變化多きものにして、決して尋常一樣の文學者等の傳記の比に非ざるは、余の以上に述べし所を以て知るべし。其天才、其感性、其意志、是等は種々の活動を生じ、又た好みて種々の境遇を經歴せしめ、彼れの一生をして愈々變化多からしめたり。 吾人バイロンの一生を觀察するに、彼れは常に『吾れは反對なり』と云ふことを以て題目として言行したるものゝ如し。之を以て其詩の題とし、主旨とせる所のものは、皆「力」のものなり、強きものなり。又た皆自己崇拜にして戰爭的に非ざるはなし。故に『アビドスの新婦』『不信者』『海賊』『ラゝ』『パリシナ』『コリンス攻城』『マゼッパ』及び『シロンの囚人』の如き皆此種のものなり。之れ皆バイロン自己の反映なり。 此等を以て我國今日の文學者等の作に對照せよ。我國今日の文學者等は『泣病』にかゝれり。『涙垂れ』疫に犯され居るなり。蟻が死せば泣き、木の葉が落れば泣き、花に泣き、鳥に泣き、人に泣き、世に泣き、女に泣き、男に泣き、其弱々しきこと如何にぞや、今日我國の文學者に強意の人物なきは素より此現象を生ずる大源因なりと雖、亦之れ一種の流行たるなり。嗚呼、何ぞ弱々しきの甚しきや。バイロンの『海賊』を見よ、『パリシナ』を見よ、『アビドスの新婦』を見よ、彼等容易に泣かずして、凛然たる意志を持して如何なる困苦にも面す。而して其泣くに當りてや心の全幅を以てするなり。外面皮相の淺薄の泣啼に非ず、よし會々我國の文學中男子らしき悲壯の言を爲すものなきに非ずと雖、其態度心事に至りては、決して眞率なるものあるなく、自家の不規律放蕩を以て一身の生計を亂り、而して世間より文學者に向けられたる迫害なりと自稱し、自ら欺きて文學上の天才を氣取り、時に白々しくも一身の不遇を訴ふるなどのことを爲す。而して社會亦其言に欺かれて或は然るかと信ぜんとするあり。而して遂に眞の天才なるものあらざるなり。 バイロンの人物及び其詩は、皆眞率にして切實なり。故に其の詩は活々として物見る如く情眞に迫れり。暴動破船海賊或は激怒の顏等を書き。之に對照するに天使の如き美麗婉夭なる女子を以てし、之に加ふるに|魔《マヨハ》すばかりの景色を以てす。アルプスの山色、地中海の金波、グレシアの日光、トルコの樹蔭等、現として吾人の眼前に浮び出づるなり。 此くて吾人をして此等の景色中に住するが如きの情を感ぜしむ。何となれば、彼れ其記する所の感情を實知すればなり。彼れアリパシヤの「テント」に在て具さに海洋の辛苦を甞め、野蠻の所作を味へり。彼れの死に面したる其幾度なるや數ふべからず。モレアに於ては獨り寂寞として熱症に罹り。或はスリアに難船し、マルタ、英國、伊太利にては決鬪の危きに面し、或は一揆の暴動に與みし不意の襲撃を試み、或は海上に、或は馬上に、兵器、暗殺、負傷、或は苦悶等の自己に接近せるを見たること夥しかりしなり。而して彼の詩は全く自己の實驗に基きたるものなるが故に人心に感應するや眞實的にして決して空想に非るなり。又た其批評の鋭利なるに至ては、或は一箇の哲學者と見做すも可なるなり。 バイロンは其性過激にして、若しくは善若しくは惡其極端を行ふて一世を驚動する者を以て眞人なりとなす。若しカーライルの云へる如く眞率なるを以て英雄とせば。バイロンは確かに一箇の英雄として待遇せらるべきなり。然るにカーライルはバイロンを善言せざるは獨り何ぞや。而て曰く『汝のバイロンを閉ぢ、汝のゲーテを繙け』と。我れカーライルの言の如くゲーテを繙かんか、ゲーテ何をか云ふ。『バイロンを讀め』とは之れゲーテの言に非ずや。然らばカーライルの言は遂に消滅に歸すべきものなり。ゲーテが如何にバイロンを稱揚するやを見よ。彼れがエッケルマンに英語を學ばんことを勸めたるとは、果してこれ何が故なるぞ。只だバイロンの名作たる『カイン』篇を讀ましめん爲めなるのみ。而て曰く『此偉大なる人物は吾人已前に無き所にして又た此後とても有らざるべし─古來未曾有空前絶後。「カイン」の美は世上又た之に次ぐもの無し。バイロン宛も海波中より出づるが如く常に新鮮なり。余は彼にヘレナの愛の紀念を呈せんと欲す。余は現世紀の代表者となすべき者は彼を措ひて他に有らざるへしと信ず、彼れ實に現世紀の至大なる俊傑たるや疑ふべからず』と。又曰く『バイロンは實にレバノン山の松柏を灰燼にするの火箒なり英人如何に彼を評するとも可なり、到底彼に比すべき詩人を今此處に指出すること能はざる可し』と。エツケルマン又問て曰く『バイロンには純潔なる教化的のものあるや』と。ゲーテ答て曰く『余は汝の言に反す。何となればバイロンの剛膽にして雄大なるは實に教化的に傾向すればなり。吾人は常に純潔或は道徳等を意に介することを要せず。凡そ雄大にして堂々たる所のものは之を知ると同時に必ず教化的に向はしむるものなり』と、ゲーテは尚美的道徳の主義に由れり。よくバイロンを評するものと云ふべし。大人に非れば大人を知ることを得ずゲーテにして初めて能くバイロンを見るを得べし。小批評家小道徳家等のよく知る所に非るなり。 バイロンはゲーテと同樣の性質を有す。ゲーテの性質は小世界的にして、兩極端を有するなり、『自己を尊大なるものと信じ、獅子の威嚴を保ち、鹿の敏捷を有し、イタリーの中心に跳る所の熱情あり、之と同時に北地の剛毅不屈の氣象を存し。高尚なる志想には下等なる情を結合し。青年の熱情を以て戀愛し、之と同時に冷淡なる道理の教示に從ひ─此くて兩々其反對を調和せよ』(ファウスト)と。これゲーテの主義とする所なり、バイロン亦之と同じきものあり。甞てバーンスの遺稿を見て曰く『バーンズは兩反對の心情を有せり─柔和と粗剛─緻密と粗略─精神的にして又た肉情的なり─高上的にして又た匍匐的なり、─神聖なるあり不淨なるありし皆相互ひに混合せり』と。バイロン亦此の如し。凡そ俊傑と稱せらるゝものは大抵皆これなり。バイロン金錢に關し、或は精細なるあり或は寛大なるあり、海に出てゝ風浪激しく舟人皆戰慄せりと雖、彼れ能く獨り甲板に安眠す。然りと雖其乘馬するや注意至らざる所なし。彼れ迷信を笑ふと雖、尚迷想する所あり。高尚なるあり卑猥なるあり。朋友に信あり、家僕に愛せられ、儕輩に對しては忍耐寛容に過ぐると雖、敵に對しては一歩も借す所有らざるなり。 詩人としての位置に付き、ドクトル、エルツはバイロンを以て英國四大詩人の一となす。それ然り、然りと雖バイロンの詩や、決して顯微鏡的に字句の妙あるに非るなり。もし大詩の大詩たる所は言語字句のみにありとせば、バイロン或は小詩人なるべし。バイロンの詩を作るや、思を練り、精を凝らし、長々と日月を費やし、役々として汗に流して爲すに非ず。只其天才の撥動に從ふあるのみ。其ヴェネチアに在りし時、マーレーに宛てたる書中に曰く、『足下及びフオスコロ君は、余に大作なるものを爲さんことを勸むとかや。恐くは之れ叙事詩の如きピラミツド的のものを云へるならん。然りと雖余は勞力多きことを好まず。七年或は八年を要すと云ふが如きは余の爲さゞる所なり。若し人時日を最も善く用ゐずして、汗を流がして詩を作るが如きならんには、其人は詩人よりも土方となるを當然となす、之れ甚だ多く汗を流すものなればなり、「チャイルド、ハロルド」の如き、短時日の間に成りしものは、足下等價値なしとするか。耗り減らし、疲れ切ツたる器械を運轉して作りたる詩に非ざれば、價値なき詩と云はざるべからざるか。余は「チャイルド、ハロルド」三齣を引き延ばして二十齣となすこと能はざるに非ず。若し余にして書物製造の意あらんには、其内に含める種々の感情を、一々ドラマに組み立て得ざるに非ず。足下等若し「長き」ものを好まば、余の「ドン、ファン」は五十齣となる豫定なるを以て、十分滿足なるべし。 『余は英國人等の批評は心に介せざるなり。彼等若し余の詩を以て愉快なりとせば、余は彼等の好む所に任かすのみ。余は彼等の好む所、彼等の誇る所に阿ることを爲さず。余は「婦女子の讀みもの」或は「俗物」の讀みものを書かんとは爲さゞるなり。余は余の全心を以て、全感情を以て、全意志を以て、又た多くの精神を以て、書けるなり。決して彼等の柔さしき聲を聞かんが爲めに非ず』と。 其精神此くの如し。之を以てバイロンの一語一句は盡く呼吸せり。又た其思想は火焔の如し。よしや言語精ならず、字句或は撰ばずと雖、これ英國人のみの云ふ所にして、吾人の主とする所は彼の詩人たるの思想に在り。言語は時に由り國に由て變化あらん、然りと雖思想は普遍にして永久に續くべし。思想或は時勢に由て解すべからざるに至ることあらん、然りと雖彼の確乎たる眞率なる『人物』に至ては永久に不死なるべし。 實にバイロンが全歐洲の嗜好感情及び知性上に及ぼしたる勢力は非常なるものにして、一度『チャイルド、ハロルド』を著はせし以來、其名聲赫々として現今に至るとも衰ふることなく以後亦減退すべしとも思はれず、却て増加するの勢あり。而て他の當時の詩人等は、僅に英國内に其讀者を有するのみなりと雖、スコツト、及びバイロンの兩人は、全歐洲の大陸にまでも多くの讀者及び崇拜者を有せり。而して英國の文學が歐洲大陸に知らるゝに至りしは、全くバイロンの力にして、英國文學の名聲のバイロンに負ふこと亦僅少に非るなり。 バイロン人後に立つことを好まず、自ら期する所は韻文界の大ナポレオンたるに有り。而て彼の願ひたる如く之を得て、世界に有名なる人物と爲れり。其文學上の成功に至ては、光輝赫灼として一世ナポレオンの榮盛に異らず、只だ其事業の範圍を異にせるのみ。一は政治界に雄飛し、他は文學界に北斗たり。彼等の爲せし功業遺烈、及び精神上に與へたる感化は、十九世紀の政治史及び文學史上に昭々たり。人若しバイロンに接し、或はバイロンを讀みたるときは、彼れバイロンを愛すると惡むとを問はず、必ず一種の深き感動の印象を腦裏に殘留せざる者なし。反對詩人ロバート、サウゼーはバイロンを以て惡魔の化身となし、ギッチヨリ夫人は大天使なりと謂ひ、テインは當時詩人の絶頂に達したるものなりとなし、ゲーテはシエクスピーア以後の一等詩人なりとし、言を極めて稱揚せり。殊にゲーテの養女の如きは大にバイロンを崇拜し、ゲーテよりも上なりとせり。 トーマス、ムーアがバイロンの傳記を出版したるの時、マコレー之を評して曰く、 『バイロンは十九世紀の英國中、最も有名なる人物なり』と。彼れ又た外國を感奮興起せしめたること少なからず。ゲーテの如きすら、大にバイロンに感化されたる所あり。哲學者ショペンハワー亦バイロンを愛讀せり。詩人ハイネは獨逸バイロンと稱せられたり。バイロン又た獨逸の革命的氣運を助け、或はイタリアに獨立の刺撃を與へたり。又其詩に由てイスパニアの既往の榮華を吊ひたるより、カステラー氏感謝の意を表して曰く『イスパニアはバイロンに負ふ所少なからず、彼の口よりは希望と畏れの情來る、彼れ其血を以て吾人を洗禮せり。又た誰か彼の歌を其精神中に織り込まざるものあらんや。彼の一生は實に吾人の墓の葬燈なり』と。バイロン又たイタリアに盡したるや甚だ多し。夫の愛國者たるマッヂニ、亦たイタリーに就いてカステラー[#「カステラー」は底本では「スカテラー」]と同一の語を爲せり。バイロン東洋に友を有す、彼れ印度ベンゴールの者バイロンを愛讀して殆んど暗記せりと云ふ。 バイロンが世人に向て如何なる印象を與へたるやを見るは、又た最も興味あることゝなす。英、佛、獨、伊、葡等の諸國に於て、バイロンの人物に就き、又た其の詩に就きて種々の人物等に比較さるゝを見るに、曰く──ルッソー、ゲーテ、ヤング、アレチン、アテーナイのチモン、ダーンテ、ペトラルカ、臘石の器物中に火を點じたるもの、サタン、大天使、シェークスピーア、ボナパルト、チベリウス、エスキロス、プロメテオス、ソフオクレース、エウリピデース、ハルレン、滑稽子、ステンホルド、ホプキンス、幻燈景色、鷲、ヘンリー八世、シェニエー、ミラボー、小學校生徒、ミカエルアンジェロ、ラファエル、ヂオゲネース、チャイルドハロルド、ラゝ、『ベッポ』中なる伯爵の君、ミルトン、ポープ、ドライデン、バーンス、サヱーヂ、チャッタートン、詩人チャーチル、俳優キーン、アルフィエリ、ドンファン、コンラッド、マンフレッド、サルダナパルス、雷霆、地震、暴風、火炎等、──バイロン實に是等に比較さるゝなり。其人物の多樣多種なる見るべきなり。而して皆なこれ一種の『キャラクター』あるものに非ざるはなし。 人往々バイロンを評して不道徳なりと云ふ。 然り、バイロンは多くの婦女を愛したり、又た多くの婦女に愛されたり。之れ素より嚴格なる道徳より云ふ時は不道徳なり。されども多くの婦女を愛し、多くの婦女に愛されたればとて、何故に、彼れに向て此くばかり激烈なる攻撃を加へざる可からざるか。男女の愛情は左程に重大なる惡なるか。情の事は關係極めて緻密のものなり。道理一律を以て論ずべきに非ず、其非常に惡結果を生ぜざる限りは寛容なる眼を以て之を見ざる可からざるなり。然るに僞善の社會は此點に向て殊に非常の嚴格を用ゆ。寧ろ之れ嫉妬と云ふべきなり。 彼れ多くの婦女を愛し、又た多くの婦女に愛されたり。然りと雖、毫も柔弱化せしことなり、不正を行ひしことなし、賄賂を貪りしことなし、人を酷待せしことなし、正義を誤りしことなし、信を缺きしことなし、虚僞を言ひしことなし。然り、彼れや、多くの婦女を愛し、又た多くの婦女に愛されて而も堂々男子の勇氣は人に優れり、其義侠や人に優れり、其判斷や人に優れり。 其重大なる徳義に於ては、彼れ毫も其道を誤らざるなり。而して世間は其重きものを見ずして其輕きものを見、彼れの徳の大なるを徳とせずして、其小疵を大不徳なりとして攻撃す。何ぞ誤れるの甚しきや。 此くて社會は此大天才に向て攻撃の雨を降らし、自國より放逐し、他國にまでも追跡し、而して偉大なる事業に斃るゝに及びて初めて其敬すべき天與の大才なるを感ず。社會の愚と盲と、一に何ぞ此くの如きや。 世のバイロンを以て不道徳なりと云ふの輩、小道徳家等の批評に雷同することなく、直接にバイロンを研究し、若し彼れバイロンの女子の關係の外、眞に所謂不道不義なるものあらば、正に堂々と之を指斥せよ、徒に雷同して人を判す。之れ士君子の爲すべき所に非ず。且つ心ある人は却て此くの如きの輩を笑ふて云はん、曰く「彼れ醜夫なり、美人に愛せらるゝの姿格なきなり、彼れ男子らしき男子に非ず、故に美人に愛せられざるなり。己れ愛せられざるを以て嫉妬の情を以てバイロンを惡言し、中傷するのみ」と。男女の關係の如き決してバイロンを輕重する者に非ず。バイロンは餘り多くの當時の所謂文士なるものと交際せざりしなり。自ら其事を言ふて曰く『余は彼等を嫌ふに非ずと雖、彼等と會見して一言彼等の近作を稱せし後は、何を言ふべきやを知らざればなり』と。之れ其阿諛[#「諛」は底本では「譯」]追從を好まざるを示めす言たる なり。バイロンの最も親しく交はりたる、詩人は、スコット、ムーア、及びシェレー等なりき。 バイロンの友情に就きて一言せざる可からざることは、其種々の過誤缺點あるに關せず、一度友としたる所は、一生之を失はざりしことゝなす。其朋友たり、師傳たり、從僕たり、皆バイロンの死すまで、能くバイロンに愛着せしなり、殊にバイロンが成熟したる愛情を與へたる女子は、皆な終までバイロンの名を神の如く思ひて之を愛着し、之を敬したり。 ウイリアム、ビー、スコット、バイロンに對する感情を述べて曰く『今や時を隔つと雖、バイロンに就て語るときは、吾人は困難畏懼謙遜及び大なる敬意無くんばあらざるなり。而て太初に起る所の感情は尊敬なり。彼の想像的の發明、透視的の批評、壯麗なる雄辯及び無盡藏の才智等の天才に對しての無限の敬意と喜ばしき認識是なり。これ皆なバイロンの書中に存する所なり。然るに一旦バイロンの壯麗にしてナポレオン的の容貌の、小兒の如く又た大人の如きを見たる後は、彼れが行爲に發表したる所の經歴、一身の境遇、英國貴族としての光榮、及び其祖先をも知らんことを幾ふに至るべし。殊に其判斷力の健全なる、道義の雄偉尊大なる、性質の自治自命にして而も寛容なる、言語眞實にして且廉耻を重ずる等、彼の内部の實性を知るときは、其文學上の才能技量の如きは、殆ど※[#「火+嚼のつくり」、爝]火の日光に於けるの感なき能はず。而して吾人をして敬意を有せずしてバイロンに就て語ることを耻辱と感ぜしむるなり』と。眞にバイロンを知れるの言と謂ふべし。 此くの如きはバイロンの人物及び其詩の性質なり。而して吾人はバイロンは日本に輸入せざるべからずとなす、我國今日の如き弱々しき文學者の多き時代に於ては、炎々たる烈火の氣力あるバイロンを要するなり。 自稱天才、僞文士等の多き時代に於て、是等を耻かしむる所のバイロンを要するなり。 阿諛、※[#「言+稻のつくり」、第4水準2-88-72、謟]侫、僞善、嫉妬、中傷の盛なる時代に於て反抗的精神のバイロンを要するなり。 今日我國に於ては、義侠の如きは全く人心中にあることなし。此時に當りて義侠の精神に燃ゆる所のプロメテオス的バイロンを要するなり。 社會万般の事物の陳滯し、人間の腐敗せる時代に於て、之を郭清し、之を一掃する暴風的人物たるバイロンを要するなり。 バイロンは日本文學者輩の如き腰拔けならず。 バイロンは文士保護を云ふが如き、乞食論を爲さゞりしなり。 バイロンは社會の風潮に媚び俗人の嗜好に阿り、婦女子等を喜ばせんとして筆を執らざりしなり。 バイロンは言ふべきは之を言ひ、攻撃すべきは之を攻撃し、反抗すべきは之に反抗し、決して左顧右盻せしことあらざるなり。 實にバイロンの精神は活動せり。又た決して壓伏すべからざるなり。バイロンは斃れて起き、起きては斃れ、斃ると雖自己の精神を救ひ、滿足を得ること能はざる以上は其戰爭を斷念せざるなり。實に彼は戰爭精靈の化身なり、彼の言語は挑戰の喇叭なり。進軍吶喊の響なり。其詩文は正規なる嵌工に非ずと雖、言々語々生氣を呼吸して、一箇消すべからざる所の『バイロン』と云へる印象を有す。彼れ實に人物なり。確固不拔の人格を有す。彼の爲に自然万有は起立して、世界に向て證言して曰はん『此れこそは「男子」なり』と。 [#改ページ] [#ここから2字下げ] バイロン年譜 [#ここで字下げ終わり] [#ここから改行天付き、折り返して1字下げ] 一七八八年。一月二十二日倫敦ホルレス町に生る 一七九〇―一七九一年。母と共にアバーヂーンに住す。 一七九二―一七九五年。アバーヂーン小學校に入る。 一七九六―一七九七年。ハイランドに移住す。メリーダッフ孃を戀ふ。 一七九八年。貴族の爵を繼ぐ。ニューステッドに移る。 一七九九年。作詩の萠芽。ロンドンに移る。ダルウィッチのグレンニー氏の生徒となる 一八〇〇―一八〇四年。マーガレット、パーカー孃を戀ふ。詩を作る。ハーロウ小學校に送らる。チヨーヲース孃を戀ふ。 一八〇五年。ケンブリッヂ大學に入る。 一八〇六年。詩集を印刷す。後之を燒き棄つ。 一八〇七年。『閑散漫詩』を出版す。ヲーヅヲースの詩を批評す。 一八〇八年。『閑散漫詩』に對する諸評。印度旅行を準備す。『英國詩人及びスコットランド批評家』を出版せんとす。 一八〇九年。ニューステッドに有名なる人となる年齡に達す。貴族院に入る。此時彼殆ど友なし。英國出立を決心す。チャイルド、ハロルドの旅行を爲す(リスボン、セウィール、カヂス、ジブラルター、マルタ、プレエサ、チッツァ、テバレーン等に到る)アラ、パシヤに面會す。アルバニアに在りし時『チャイルド、ハロルド』を書き初む。アリチウム、エコポリス等に到る。トルコ軍艦にて難船して殆ど死せんとせり。アカルナニア及びエトリアよりモレアに至る。ミソロンギに達す。パトラス、ヴォスチョツア、パルナッソス山、デルヒ、レパント、テペス、シテロン山を見物す。クリスマス祭日アテーナイに達す。 一八一〇年。アテーナイの諸古跡を歴遊するに十日を費やす。スミルナに到る。エペソに至る。スミルナにて『チャイルド、ハロルド』第二齣を書き終る。四月スミルナよりコンスタンチノープルに至る。トロアッドに至る。セストスよりアビドスに泳ぎ渡る。五月コンスタンチノープルに至る。六月ボスポルスより黒海に至る。七月コリンスに至る。八九月モレアに至り、アテーナイに歸る。 一八一一年。『ホーレス評譯』『ミネルヴァの咀ひ』を書く、英國に歸る。書肆マーレーを知る。母死す『チルザ』成る。トーマス、ムーアと交を初む。 一八一二年。二月二十七日初めて貴族院にて演説す。二月二十九日『チャイルド、ハロルド』第一第二齣を出版す。此書の版權をダラス氏に與ふ。『英國の詩人スコツトランドの批評家』は第五版に達せしも絶版に決心す。攝政に面會す。 一八一三年。『ワルツ』無名にて出づ。五月『不信者』を出版す。レー、ハントを知る(ムーアの紹介)。東洋旅行を準備す。アビシニア旅行を企つ。十二月『アビドスの新婦』を出版す。ミルバンク孃に結婚を申込みて否まる。 一八一四年。一月『海賊』を出版す。四月『ナポレオンボナパルト沒落の詩』を書く。五月『ラゝ』を出版す。再びミルバンク孃に申込みて承諾を得。十二月『ヒブリユー國風』出づ。 一八一五年。一月ミルバンク孃に婚す。四月スコットを知る。財政大困難に迫る。七月『コリンス攻城』出づ。九月『パリシナ』を書く。 一八一六年。一月バイロン夫人離縁を決心す。三月『告別』『スケツチ』を書く。五月英國を出立す。ブルッセル及びワートルローを過ぎ、ヂオダッチに寓す。六月二十七日『チャイルド、ハロルド』第三齣を書き終る。六月二十八日『シロンの囚人』を書く。七月『シエリダンの死』『夢』『暗黒』『オゝガスタに與ふる書』『チヤーチルの墓』『プロメテオス』『レーマン湖』『マンフレッド』の一部等を書く。九月ベルンのアルプスに旅行す。シエレーと交際す、十月イタリアに至る。マルチニー、シンプロン、ミラノ、ヴェロナを過ぎ、十一月ヴェネチアに住す。マリアンナ、セガチ事件。 一八一七年。二月『マンフレッド』を書き終る。四月フエラゝに至り、『タッソの悲哀』を書く。ローマに短時日の旅行を爲す。ローマにて『マンフレッド』の第三齣の新なるものを書く。七月ヴェネチアにて『チャイルド、ハロルド』第四齣を書く。十月『ベッポ』を書く。 一八一八年。マルガリツタ、コグニ事件。七月『ヴェネチアの詩』を書く。十一月『マゼッパ』及び『ドン、ファン』第一齣を書く。 一八一九年。一月『ドン、ファン』第二齣を終る。四月ギッチョリ夫人と交際を始む。六月『ポー河短詩』、十二月『ドン、ファン』第三、第四齣を書く。ラヴェンナに移る。 一八二〇年。一月ギッチョリ夫人と同居す。二月『モルガンテ、マッジョーレ』を譯す。三月『ダーンテの預言』を書く。『リミニのフランセスカ』を譯す。四月より七月の間に『マリーノ、フアリエロ』を書く。十一月『ドン、ファン』第五齣を書き終る。 一八二一年。五月『サルダナパルス』を書く。七月『二人のフォスカリ』。九月『カイン』十月『天地』『審判の幻像』を書く。ピサに移る。 一八二二年。一月『エルネル』。七月『ドン、ファン』第六、第七、第八齣を書く。『醜人の美化』を書く。私生女アレグラ死す。九月ゼノアに移る。 一八二三年。一月『眞鍮時代』、二月『島』『ドン、ファン』の續きを書く。三月『征伐』なる叙事詩を書き始む。四月眼をグレシアに轉ず。ロンドングレシア義會より委托を受く。五月グレシアに行くことを申出づ。金錢等必要品を此目的の爲めに捧ぐ。六月十四日グレシアに向けて出帆す。ケファロニアにてグレシア軍艦の來るを待つ。グレシア政府に書を與ふ。 一八二四年。一月五日ミソロンギの着す。『余が三十六年』を書く。レパントを襲撃せんと計画す。遠征軍の惣督に任ぜらる。スリオート人の擾亂。最後の疾病。 一八二四年。四月十八日午後六時死。 [#ここで字下げ終わり] バイロン文界の大魔王終 [#改ページ] 底本:大学館「バイロン文界之大魔王」1902 http://kindai.ndl.go.jp/BIImgFrame.php?JP_NUM=43056480&VOL_NUM=00000&KOMA=1&ITYPE=0 George Gordon, Lord Byron(1788年〜1824年) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%B3 木村鷹太郎(1870年〜1931年) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E6%9D%91%E9%B7%B9%E5%A4%AA%E9%83%8E Ver.20120318